「女性運転解禁」に踏み切ったその理由とは?(写真 : Steve Allen / PIXTA)

女性の自動車運転が禁じられている世界で唯一の国であるサウジアラビアで、来年6月に運転が解禁されることになった。サウジでは現在、100万人以上の女性が毎日、職場への行き帰りのために運転手を雇用したり、タクシーを利用したりするのを強いられており、労働生産性に悪影響を与えているとの意見が上がっていただけに、今回の決定に国は祝賀ムードに沸いている。

ツイッター上では、「サウジで運転できるようになるなんて信じられない」とか、「サルマン国王のすばらしい決定」などと歓迎するツイートがアップされている。2011年に運転する動画を投稿して逮捕された経験を持つマナル・シャリフさんは、ツイッター上で、「もうサウジは前のサウジには戻らない」と、国王の決定を歓迎するとともに、伝統衣装を着た女性がハンドルを握るイラストを投稿した。

法律はないが、免許を発行してこなかった

戒律の厳格なイスラム教ワッハーブ派を信奉する保守的なサウジは今、若者らの意識変化に政治や社会の変革が迫られているという事情がある。また、次期国王の最有力候補と目される、若きムハンマド皇太子兼国防相が主導する経済改革構想「ビジョン2030」の実現に向け、石油依存体質からの脱却や民間部門の育成を推進するための意識改革を進める狙いもありそうだ。

メッカ、メディナというイスラム教2大聖地を擁するサウジの一勢力にすぎなかったサウド家は、18世紀半ばにワッハーブ派という宗教勢力との協力関係を樹立。世界最大級の石油資源を独占的に管理する政治的、宗教的な正統性を得てきた。このため、サウジ王室は、宗教保守派に配慮する必要があり、イスラム教や伝統文化に絡む大胆な改革を実行するのが難しいという事情を抱えてきた。

女性の運転に関しては、女性を保護の対象と考えるイスラム教の保守的な解釈や、女性は育児や家事に集中すべきだとの考え、女性が運転すれば不倫など男女出会いの機会が増えるといった意見から、イスラム聖職者らが解禁に反対してきた。だが、サウジの一部の地方では、必要不可欠な交通手段として女性の運転が一般的に行われているほか、都市部でも子どもの送り迎えに苦労する親の不満が高まり、運転禁止の弊害が目立つようになっていた。

サウジでは運転を禁止する具体的な法律は定められていないが、女性に対して運転免許証を発行しないことで、運転が禁止されてきた。保守的なイランやほかの湾岸諸国でも女性の運転は禁じられておらず、国際的な人権団体やメディアがサウジの保守性や特異性、男女平等意識の欠如を批判する材料となってきた。

女性の運転に関しては1970年代にいったん論議が起きたものの、宗教界からの反対で解禁に向けた歩みは停滞。この動きに弾みがついたのは2010年末からの中東の民衆蜂起「アラブの春」である。

エジプトのムバラク政権など専横的な体制が相次いで打倒され、サウジでも王室の支配や保守的な政治に国民の厳しい眼差しが向けられるようになった。2013年には首都リヤドなどで女性が運転する動画が相次いでインターネット上に投稿され、国際免許証を所有する女性たちがサウジ各地で運転するキャンペーンを展開、国民の間ではこうした過激な行動への支持も集まった。

こうした中、アブドラ前国王の時代から徐々に女性の社会進出を促す政策が実行されてきた。2009年には、サウジ初の男女共学大学としてキング・アブドラ工科大学を設立。2013年には、国政の助言機関である諮問評議会(定数150)に初めて女性30人を任命した。2015年の自治評議会(地方議会)選挙では、初めて女性に選挙権と被選挙権が認められるなど漸進的な女性の社会進出を容認する政策が進められてきた。

イスラム教の価値観に対する意識変化

女性の社会進出の動きには、保守的なイスラム教の価値観に対する意識の変化がある。サウジは旅行など海外から訪れるのには厳しい制限が設けられている国だが、サウジ人女性らは海外留学や海外旅行に積極的で、インターネットの普及率も高くて西側の情報や価値観にも接している。

あるサウジ人女性は「イスラム教の保守的な価値観を重視していない女性も増えている。宗教界は伝統的な価値観を守るのに必死になっている」と話す。

もっとも中には「女性の権利拡大の障害になっているのは女性自身だ」(サウジ人女性弁護士)との声もある。金銭的に恵まれた層では運転手や、家事・子育てを担う家政婦を雇い、あえて社会で活躍しなくてもいいという女性側の意識が少なからずある。また、女性が男性に従属させられてきた歴史的要因があるとの指摘も出ている。

サウジが女性の権利拡大に急ぐ背景には、石油依存体質や公的部門に偏る経済の構築が急務という台所事情もある。サウジはアラブの春後、不満を抱えた国民を懐柔するため補助金拡大などの大盤振る舞いに踏み切ったが、原油価格の低迷も重なって、財政赤字が拡大。人口増加や石油消費の拡大で、2020年代には石油の国内消費が輸出を上回るとの予測もある。人口増加によって補助金がさらに増加することになり、財政状況の悪化が懸念されている。

こうした危機感を背景に、ムハンマド副皇太子(当時)は2016年、兼務する経済開発評議会議長として、「ビジョン2030」を発表。その中では、非石油政府収入を1630億リヤルから1兆リヤルに拡大、民間部門での45万人の雇用創出、国際競争力指数を25位から10位に向上、労働力に占める女性の割合を22%から30%に引き上げるといった経済改革における野心的な目標を掲げた。運動やスポーツの促進、平均寿命を80歳に向上させることも掲げ、物心両面での豊かな社会の構築を目指す意向も表明した。

こうした経済改革を実現するには、女性の社会進出拡大は欠かせない。サウジでは高等教育に進む割合は女性のほうが高いが、通学手段に苦労するなどして卒業に至る割合は男性よりも低い。女性の運転解禁によって、女性の社会進出や自動車の購入拡大をはじめとした消費の拡大にもつながりそうだ。

ツイッター上で出回っていた憶測

実はサウジでは最近、何らかの重大発表があるのではないかとツイッター上で憶測を呼んでいた。


サウジアラビアではムハンマド皇太子への権力集中が進んでいる。Saudi Press Agency提供(写真:ロイター)

中東専門家は、サルマン国王からムハンマド皇太子への早期の権力移譲の可能性もあるのではないかとの見方も示していた。こうした憶測が流れるほどにムハンマド皇太子への権力集中が進む中、野心的なビジョンをまとめ、改革を矢継ぎ早に実行する皇太子への国民の信頼も高まっている。

ムハンマド皇太子はかねて、運転解禁に賛成する考えを示しており、国王の決定ながらも、皇太子の功績としてもみなされる可能性がある。運転解禁に向けた決定は、皇太子への権力移譲を視野に入れた環境づくりという意味合いがあるとの見方もある。

一方、サウジはイスラム教の宗派間対立が深刻化する中で、シーア派の大国イランとの関係悪化が長引くほか、カタールとも6月に断交。軍事介入したイエメン紛争は泥沼化の様相を呈している。

シリア内戦でも、イランやロシアが支援するアサド政権の存続が確実な状況になっており、外交的には厳しい立場に置かれている。革新的な政策を果敢に進めるカタールなどほかの湾岸諸国から政策面では遅れを取っており、国力向上やイメージアップのためにも、女性問題や人権分野での改革が迫られていた。決定は、原油資源の上に胡座をかいてはいられないサウジの厳しい内外の環境を示すものともいえそうだ。