『「好きなことだけやって生きていく」という提案』角田 陽一郎 アスコム

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 野村総合研究所が2015年の末、今から10〜20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業が、AI(人工知能)やロボットなどで代替することが可能になると報告しました。また先日は、ロイヤリティフリーのBGMが1分程度で作れるAI作曲システム「Amper Music」を使用して、世界初の音楽アルバムが制作されたという報道も。

 同研究所のリポートでは、一般事務員やIC生産オペレーターなど、特定の知識やスキルが問われなかったり、データの分析や体系的操作が求められたりする職業は比較的に代替されやすいと伝えています。さらに、最近では音楽や小説など、抽象的な概念を創出するための知識が要求される芸術方面の仕事にも、AIやロボットの力が侵食しているようです。

 もはやどんな職業についていても、「他の何ものにも代えられない自分」というものを突きつけられる時代。その遠くない到来を予期し、自らその嵐の中に一足早く飛び込んで現場を伝えているのが書籍『「好きなことだけやって生きていく」という提案』(アスコム)です。

 著者の角田陽一郎氏は、1994年にTBSテレビに入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『オトナの!』といったバラエティ番組を手がけてきた人物です。同時に、映画監督や東京大学で専攻していた世界史の知識を活かしたベストセラー『「24のキーワード」でまるわかり!最速で身につく世界史』(アスコム)を執筆するなど、会社員の枠を越えた活動でも知られてきました。そして、2016年末に同局を退社し、現在は「バラエティに富んだことをやる」という意味で"バラエティプロデューサー"として、フリーランス活動を行なっています。

 同局での快進撃の裏で、組織の中では、個人は決して「かけがえのない存在」にはなれないということを感じたとという角田氏。今回の独立にはそこからの脱却という思いもあったそうです。しかし、いざ独立して角田氏が気づいたのは「組織を出て、自分の名前で勝負することは、実は組織の中にいたとき以上に、取り換え可能な『かけがえのある存在』になることだったのです」(『「好きなことだけやって生きていく」という提案』(アスコム)より)ということでした。

 きっかけは、翻訳について語った村上春樹氏と柴田元幸氏の共著『翻訳夜話』(文春新書)を読んだこと。組織に所属せず、ノーベル文学賞にも席巻する世界的作家として知られる、まさに「かけがえのない存在」の代表格ともいえそうな村上氏。しかし、同書の中で村上氏は、小説家としての自分を「かけがえのない存在ではない」と語ります。「自分が死んでも、日本の文学界が混乱を来すわけではない」と。

 村上氏を偉大な作家として心からリスペクトしている角田氏。それだけに上記の発言にはショックを受けたようですが、最終的にそれは芸能人や、ミュージシャンについても同様だと思うに至ります。ある人がいなくなっても、別の誰かがテレビに登場し、別の誰かの音楽が聴かれるようになるだけ、だということです。

 しかし、角田氏の考察はここで終わりません。同書における村上氏の、「僕以外にカーヴァーを訳せる人がいっぱいいるし、あるいは僕以外にフィッツジェラルドを訳せる人もいる。しかし僕が訳すようには訳せないはずだと、そう確信する瞬間があるんです」発言に言及。いくらでもかけがえがあるようにも思える翻訳者の仕事にこそ、村上氏がかけがえのなさを感じているということに注目します。

 「結局、自分がやっている行いが、自分のためであっても、周りのためであっても、自分自身がそれを『かけがえのないもの』だと感じなければ、それは『かけがえのあるもの』にすぎません。(中略)会社勤めをしていても、会社を辞めても『これは自分の強みだ』と思えるものができたとき、あなたは本当の意味で『かけがえのない存在』になれるのです」(『「好きなことだけやって生きていく」という提案』(アスコム)より)

 世界的作家の言葉に角田氏が見出した、「かけがえのなさ」という問いに対する"答え"。同書では他にも、今まで当たり前にされていたことを疑ったり、あるいは当たり前とされていることの美点を見直したりと、"バラエティプロデューサー"ならではの多様性に満ちた指摘が随所に見受けられます。混迷の時代に、一つの答えが欲しくなったらぜひ手にとってみてはいかがでしょうか?