その言葉は日本人の精神を示してくれている 近現代PL/AFLO

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 2017年は、西郷隆盛が西南戦争を起こしてから140年にあたる年。いまも広く愛される“西郷さん”は一冊の著書も遺していないが、その言葉は『南洲翁遺訓』で読むことができる。皇學館大学文学部教授の松浦光修氏が、“唯一の著書”である『南洲翁遺訓』について解説する。

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「あの時、西郷先生は『戦いは勝てば、それでもう終り。あとは同じ日本人、新しい日本をつくる同志ではないか』と仰った」。

 明治22年、明治天皇から「正三位」を与えられ西郷さんは「逆賊」の汚名を晴らしました。そこで荘内藩(現在の山形県・庄内地方)の人々は、西郷さんに直接会った人々に呼びかけて、それぞれの人が聞いた珠玉のような西郷さんの言葉を記録し、編纂・発行するという事業を開始します。

 こうして翌明治23年に完成したのが、『南洲翁遺訓』です。荘内藩の人々は、その本を風呂敷に背負い、全国に配布してまわるという、涙ぐましい努力をつづけました。まさに「昨日の敵は、今日の友」です。そのような武士道の精神が、わが国には、今も一部に生きています。

「鳥羽伏見の戦い」が起こり「戊辰戦争」へとつながっていき、明治元年9月、荘内藩は攻め寄せてきた新政府軍と戦って敗れました。荘内藩と薩摩藩は一年前に起きた江戸・薩摩藩邸焼き討ち事件で、薩摩藩士40人が討ち死にしたという因縁がありました。事情が事情ですから、荘内藩は、どれほど厳しい降伏条件をつきつけられるか心配でなりませんでしたが、それは意外なほど緩やかで、軍門に下った藩主も丁重に待遇されました。

 明治2年、荘内藩の菅実秀は東京で、薩摩藩の寛大な措置について黒田清隆に礼を言います。すると黒田は、「あれは私の処置ではなく、西郷先生の指示でやったことです」と冒頭の言葉を伝えたのです。

 旧敵国の人々からもそれほど慕われた西郷さんの言葉には、時を経ても通ずる、人間の生き方に関わる教えに富んでいます。西郷さんには「著書」はありません。思えば『論語』や『福音書』も孔子やイエスの著書ではありません。その言葉を聞いた人が記憶し、書き残し今に伝わったものです。その点、『南洲翁遺訓』と成立が似ています。その意味で本書は西郷さんの“唯一の著書”といってよいでしょう。

 出版されてから今日に至るまで、限りない数の複製本や解説本が出版されています。現代の言葉で甦らせると、西郷さんの教えは今の私たちにも響くものであることがわかります。『南洲翁遺訓』を読んでみると、なぜ西郷さんが今も「さん」づけで呼ばれているのか、なんとなくわかってくるはずです。

※SAPIO2017年10月号