女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。

27歳でいち早くママとなった理香は、子育てに集中するためあっさりと仕事をやめ、家事と育児に追われながら過ごしている。

母親という立場にプライドとやりがいを感じているが、久しぶりに会った男友達に「すっかりママだな」と言われ、傷つくのだった。




確かに、ママだけど...


「椎木(しいのき)さん」

息子を迎えに行ったプレスクールの帰り道で、ママ友の一人に呼び止められた。椎木というのは、理香の苗字である。

「市村さん。どうかしました?」

お受験対策のプレスクールに子どもを通わせるママたちの中には、競争心からか他人との交流を避ける人も多い。そうでなくても緊迫したオーラに包まれていたりするので、会話には非常に気を使う。

そんな中で、市村さんはいつも笑顔で挨拶してくれる感じの良いママで、理香も好感を持っていた。

「来週土曜日朝、少し外出できないかしら?実は、ママ雑誌の撮影に呼ばれているんだけど、担当のライターさんからおしゃれなママを誰かひとり紹介してほしいと言われていて。それは絶対、椎木さんだって思ったのよ」

呆気にとられる理香を尻目に、市村さんは興奮気味に、理香が適任なのだと繰り返す。

「そんな...私なんて」

そう断りかけて、理香は口を閉じた。先日、大学時代の同級生である秀人に言われたセリフを思い出したからだ。

-理香はもう、すっかりママだよなぁ。

ママであることは、もちろん否定しない。ママである自分に誇りだってある。しかし、昔自分に好意を寄せていたはずの男から「すっかりママ」呼ばわりされるのは、はっきり言って不本意だった。

「椎木さんが来てくれたら、私も鼻が高いわ。ぜひお願いできない?」

市村さんが、間髪入れずにそう畳み掛ける。

「...私で良ければ。やってみるわ」

気づいたら、そう答えていた。


ママ雑誌に出ることを決めた理香。そのことを夫に話そうとするが...


会話のない夫婦


深夜、リビングで物音がして理香は目を覚ました。

ベッドサイドテーブルに置いたスマホで時間を確認すると、2時半をまわっている。添い寝している息子を起こさないようそっとベッドを抜け出し、夫がいるであろうリビングへと向かった。

投資ファンドを経営する夫は連日ハードワークで、子どもが生まれてからは寝室を別にしている。

理香も理香で、朝から晩まで子どもの面倒で疲労困憊だ。いつ帰るのかもわからない夫を待つようなことはできない。

深夜に帰宅し早朝に出て行く夫との会話は、もっぱら短文のLINE。会話というより、用件を伝え合う、もはや業務連絡のようなものだ。




「おかえり」

スーツを緩めた状態のままソファに横たわっている夫に声をかけると、「ああ」とだけ小さい声が聞こえた。

「あのね、土曜日の朝、少しだけ出かけたいんだけど...」

プレスクールのママ友・市村さんに誘われた雑誌撮影の件を、夫に伝えておく必要がある。家を留守にする間、息子を見ていてもらうためだ。

「実はね」

しかし、言いかけた理香の言葉を遮るようにして、夫は「ああ、わかった」とだけ答える。そしてその後の会話を切り捨てるように、こう呟くのだった。

「わかったから、寝かせて」

時刻は深夜2時半過ぎ。ようやく帰宅した夫を労りたい気持ちは、理香にだってもちろんある。

しかし、一体もうどれくらい、夫とまともに会話をしていないだろう?

息子が車に手を振っている可愛い動画や、プレスクールでの様子、それ以外にも理香自身にだって夫に聞いてほしい話は山ほどある。

しかしそれを今、疲労困憊の夫にぶつけてしまってはバカな女に成り下がる。

暗闇の中、理香はしばらく唇を噛んで気持ちを押し殺し、そっと静かに息子が待つ寝室へと引き返すのだった。



「子どもを預けてご主人とディナーにいく時のコーディネートを、写真に撮って送ってもらえますか?」

翌朝、息子をプレスクールに送り届けて家に戻ったタイミングで、市村さんから紹介されたママ雑誌のライターさんから、電話がかかってきた。

「ディナーデート...」

夫とディナーデートに出かけることなんて、ここ数年は結婚記念日くらいだ。そもそも、家で夕食を一緒に食べることすらままならないのだから。

「ええ。“ママ”ではなくて“女”を楽しむ日というか。ご主人に、綺麗だなって思わせるコーディネートを特集したいんです」

-“ママ”ではなくて“女”を楽しむ。

ライターさんの言葉が、妙に耳に残った。


理香が掲載された雑誌が発売。そこに映っていたのは...


いつまでも、女は女


理香は結婚する前まで、外資系のジュエリーブランドでPRをしていた。

発表会やレセプションの招待も数多かったから、すらりとした長身と引き締まったスタイルが映えるドレスを、今でもたくさん所有している。

「わかりました。すぐに考えてメールしますね」

テキパキと返事し、電話を切る。昔から理香は、仕事を後に回すのが嫌いなのだ。

-ああ、久しぶりに大人の会話をした気がする。

たった数分のやり取りが、心の底から、とても楽しかった。




“女を楽しむ日のママコーデ”という巻頭特集の見出しが躍る誌面が発売されたのは、理香が撮影に参加してから1ヶ月が過ぎた頃だった。

発売日に買いに行くつもりだったが、前日に編集部から見本誌が届いて驚いた。出演料などは出せない代わりに、撮影に協力してくれたお礼ということらしい。

ピンチヒッター的に参加しただけだし、そんなに大きく載らないだろうと思っていたが、発売されてみたら予想以上に扱いが大きくて思わず声が出たほど。

毎号出ているような有名な読者モデルと並んで掲載されている自分は、まるで別人のように思える。

ドレスは、背中が大きく開いた光沢のあるモーヴピンクのものをチョイスした。女性らしく、かつエレガント。ビジュー付きのマノロブラニクが放つ品格はさすがだし、背中側から自然に振り返るようなポージングも、我ながら様になっている。

理香を誘ってくれた市村さんの扱いの方がよっぽど小さくて、少しばかりの気まずさと優越感を感じて口元が緩む。

「ママ、可愛い」

ふいに視線を感じて顔を上げたら、息子がニコニコとこちらを見つめていた。男の子はママにべったりと言うが、本当に可愛いことを言ってくれる。

「嬉しいな♡ありがとう」

いくつになっても、たとえママになっても、女はいつまでも女だ。

誌面を見た夫は、何というだろう?もしかしたら、理香を「すっかりママ」呼ばわりをした秀人の目にも止まるかもしれない。

-綺麗だって、思ってくれるかしら。

理香はおもむろに、傍に置いたスマホを手にとって誌面に向けてかざした。自身の掲載部分を切り取るようにして写真に撮り、インスタグラムに投稿するのだ。

#ママコーデ#ママライフ#雑誌掲載...

いくつかのハッシュタグをつけてアップされた写真には、これまでにないスピードで「いいね」がついた。

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理香を冷ややかに見つめる沙耶。しかし、沙耶自身に予想外の事態が起こる。