どこか懐かしい食べ物を愛情込めて紹介する無料メルマガ『郷愁の食物誌』。今回は、サクマドロップスが背負った運命に関する話を、メルマガ著者のUNCLE TELLさんが紹介しています。サクマドロップスとサクマ式ドロップスは果たして別物なのか、なぜ2つの名前が生まれたかを、食物誌をたどりつつ、さまざまなエピソードを交えて解説します。

サクマ式ドロップスの秘密

私の住む松本市の市美術館では、2011年9月16日から11月27日スタジオジブリ・レイアウト展という展示が行われて、ジブリアニメの人気を反映してか、期間中8万人近い入場者があったという。地方の中小都市の美術館の展示会では大ヒットだろう。展覧会の感動をもう一度というわけで、DVDショップでジブリアニメを借りて来た人も多かろう。そんな映画アニメの一つが「火垂る(ほたる)の墓」。

映画アニメ「火垂る(ほたる)の墓」(高畑勲監督、野坂昭如原作)の中で、冒頭から全編に印象的に出てくるのが、サクマ式ドロップスである。缶のサクマ式の綴りが、右から左となっているのが太平洋戦争前の描写らしい。

映画は見るに悲しすぎる物語だが、兄の清太が、妹の節子にそのドロップを与えるところなど、ほほえましいシ-ンである。かって私がいた職場のSさんは、お茶の時間にもらいもののお菓子もなく口さみしい時、自分で買ってきてあるサクマドロップの缶を引出しから取り出す。みんなでなめてくれというわけだ。

サクマ式ドロップス、懐かしいお菓子、飴玉である。缶の中の飴をカランコランさせて、 レモン味にオレンジ味やらハッカ味やら、とりどりの味を楽しんだ年代も多いのではないだろうか。

ところで彼女が買って来て、 時折りお茶のテーブルに乗るのはミドリ色の缶で「サクマドロップス」となっている。確か、昔はサクマ式ドロップスとなっていた筈。いつのまにやら”式”なんて古臭いというわけか、またなんらかの事情でとれてしまったのだろうと思っていた。

ところがである。この食物誌を書いていることもあって、本屋でも参考になる本はないかと物色することがあるが、買ってきた「お菓子帖」(綱島理友著・朝日文庫)という本を見て、ヤヤァ-と思った。

結論から先にいえば、サクマ式ドロップスとサクマドロップスは別物で、両方ともあるというのである。サクマ式ドロップスは佐久間製菓という会社が作り、 片やサクマドロップスはサクマ製菓という会社が作っているというのだ。

サクマ式ドロップスとサクマドロップス。缶の色もサクマ式の方は赤色、 式の字のないサクマの方はミドリ色。サクマ式の方には最高級と登録商標という文字も。またサクマドロップスには高級という文字のみ。また会社のあるところは、佐久間製菓は池袋に、サクマ製菓の方は恵比寿。

 「お菓子帖」の作者の綱島さんは、ひょんなことから女性編集者と、このサクマのドロップスの缶の色は赤かミドリかで電話でのやりとりというか口論になり、このドロップスの秘密を探ることになったというわけである。 

綱島さんが、その二つの会社を取材などしてわかったのはこうである。二つの会社は戦前は一つの会社。サクマ製菓だった。戦争が激しくなり砂糖の供給も止まり、のどかなドロップなんて戦争に何の役にも立ちそうないものを作っている会社は解散せざる得なかった。 

戦後、会社再建。ところが気がついたら全国にサクマ製菓を名乗る会社が五つほど出来ていたということだ。が、自然淘汰されて今のニ社が残り、当然のように訴訟で争いに。 結局、裁判の結果、池袋の会社がサクマ式の登録商標を獲り、 恵比寿の会社に元の会社名のサクマ製菓の表記が認められた。

菓子の業界では、この二つのドロップ缶のことを赤缶、青缶とよんだそうだ。だが時代がたって、今では業界の中の人でも、この二つのドロップが、別の会社で製造されていることを知らない人も多いのだという。

またわかったことは、 恵比寿のサクマ製菓は戦前の社長の息子が起こした会社、池袋の佐久間製菓は番頭が作った会社という。

なお、サクマ式ドロップスというのは、明治41年東京の佐久間惣次郎商店から発売されたドロップ。それまでのよどんだ色、品質の悪い、夏になると溶けだすやっかいな点をすべて改良し、夏になっても溶けず、酸味料を入れることによって、透明感のある今のようなドロップを作り上げた。これを世間ではドロップのサクマ式製法と呼んだという。

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出典元:まぐまぐニュース!