標高3000メートル以上もある高原の峰々の中に、突然赤い屋根と白い壁のビルが現れた。そのすぐ後ろに神山と崇められた四角い山がそびえ立っている。写真は筆者提供。

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標高3000メートル以上もある高原の峰々の中に、突然赤い屋根と白い壁のビルが現れた。そのすぐ後ろに神山と崇められた四角い山がそびえ立っている。山は赤みのある褐色で、ビルの色はその風景によく馴染んでいる。それは青海省ゴロク・チベット族自治州瑪沁県にある拉加女学校である。

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女学校はチベット族の僧侶ジメジャンザンが2005年に創設したものであり、「女児を教育することで母親の教育にもつながる。母親に対する教育は人類の教育の根本である」ことを理念としている。

ジメジャンザンは職業教育を中心とした男子学校の経営経験があり、女学校の創設ではその経験が生かされている。児童数が5年以内に200人を超えたら公営化となる予定だったが、わずか2年でその目標を達成した。女子教育にあまり積極的ではないチベット族の居住地域にもかかわらず、短期間で児童を集められたのは男子校で得られた信頼が大きく関係しているのだろう。2007年から教育理念、カリキュラム、場所を変えない条件の下で徐々に公立校に移行してきた。

筆者が訪問した2017年9月現在、在校生は522人、うち小学生は316人、中学生は206人。教職員は60数人で、教員は42人に上る。児童・生徒と教職員のほとんどはチベット族である。学校は山々に囲まれて、一番近い街でも車で約1時間かかる。在校生と教職員は皆寮生活で、月曜日から次週の木曜日の午前中まで学び、木曜日の午後から日曜日まで休む。ただ、自宅まで1日以上かかる人もおり、遠くから来た子どもは年に1、2回しか帰宅しない。在校生の多くは州内の放牧地から来ているが、州外ひいては四川やチベットなど青海省以外の地域から来ている子もいる。

ゴロク・チベット族自治州は北海道よりやや小さい7.6万平方キロメートルの広さで、人口は18万人。平均標高は4200メートル以上のため、酸素は地上の60%程度しかない。人口の約92%はチベット族であり、中国全土の30の少数民族自治州のなかで1つの民族が占める割合が最も多い地域である。広い土地でありながら人口が少ないため、車でゴロクを走ると延々と山の風景が続き、20分間ほど走ってようやくテントと家畜を目にすることができる。

高地に加え雨量が少ないという厳しい自然環境のため、草は土の表面を覆っている程度。さらに、近年は温暖化と羊や牛といった家畜の増加により、一部で砂漠化も確認され、生態圏の破壊が危惧されている。国は補助金の増加や放牧の制限、遊牧民の定住化など対策を講じているが、伝統的な生活スタイルを変えたくない人からは反対の意見も聞かれている。伝統と近代化の衝突を感じさせるものであった。

女学校の授業は中国語の国語以外は全てチベット語で行われ、「チベット語」という基礎科目もある。英語はチベット語と文法が似ているため人気があり、英語の語学力が高いということが意外だった。中国の学校では授業の合間にラジオ体操のような運動を行うが、この女学校では民族ダンスを取り入れている。

寄宿制度は「免除は1つ、補助は2つ」という政策のもとで、義務教育段階の寮生に対して、授業料を免除するほか、宿泊費と食費が補助される。また、この女学校ではノートなどの学習用品も一部支給されるため、ほとんどお金がかからないそうだ。一番大きな負担は自宅から行き来する際の交通費になるのだろう。学校には常備薬もあり、これで対応できない時は教員が自家用車で一番近い拉加鎮にある病院まで連れていく。教員が医療費を肩代わりすることも珍しくないという。ちなみに、学校から街までのバスがなく、教員らは拉加鎮で待ち合わせ、自家用車を持つ教員の車に便乗している。

この女学校は小中一貫の全寮制学校のため、教員が親代わりとなり低学年の子どもに対するケアに細心の注意を払っている。日本では公立校の教員が異動することも珍しくないが、中国では公立校の教員が異動することは少ない(本人の希望や地域のニーズなどで異動することもある)。

教員には笑顔があふれ、子どもたちの純粋さを感じ取ることができる。さらに自然に囲まれた環境のため、女学校を修道院と錯覚するほどである。私の訪問に同行してくれたのは前任の校長先生で、数カ月前まで学校に在籍していた。授業が終わると、彼の姿を見つけた子どもらが次から次へと集まり、口数は少ないものの、皆うれしそうに彼を見上げていた。一方で、私が話しかけようとすると、皆微笑んではくれるものの、頭を下げ恥ずかしそうに目線をそらしていた。結局話ができなかったが、あのピュアな笑顔はどこか人の心を動かす力を持っていると感じた。

学校が建設された当初は1階建ての長屋だったが、公立校に移行してからは3、4階建ての教室や宿舎が建てられるようになった。音楽室、理科実験室、生物実験室なども整備されているところである。食堂には消毒設備が完備され、手を洗うといった近代的な衛生観念も養うようにしている。教員たちの食堂は四角い部屋にあり、私が訪問した日のランチはアルミのお弁当箱とチベット族の定番の干ビーフ、ミルクティーだった。先に着席した教員たちは雑談しながら食事していて朗らかな雰囲気であった。食べ終わったら席を譲り、次の人がランチを始めるというシステムだ。

ランチの後、私たちとともに前任校長先生が学校を後にしようとした際、教え子だった生徒たちはまた続々と集まり、彼を囲んだ。中には涙を見せる子もいた。数人の生徒は遠くからこちらに向かって深々とお辞儀をしており、教師と教え子の絆を強く感じさせられる瞬間であった。

学校の校門前の道路を約20分走ると町と町を繋げる主要道路に戻ることができ、その主要道路から女学校への道が始まるところに、「女校」と書かれている石が置かれている。行きは何も感じなかったが、帰り道でその石を見るとジメジャンザンが学校の場所にこだわった気持ちが少し分かったような気がする。

さようなら、拉加女学校。チベット族の中で子どもに教育を受けさせることは子どもに明るい目を与えることとたとえられている。この拉加女学校からきっと多くの明るい目をもった聡明でたくましい女性が生まれてくるだろう。厳しい自然環境でありながらこの女子校の創設と教育に尽くした全ての人々に深い敬意を表さざるを得ない気持ちでここを後にした。

■筆者プロフィール:武小燕
中国出身、愛知県在住。中国の大学で日本語を学んだ後、日系企業に入社。2002年に日本留学し、2011年に名古屋大学で博士号(教育学)を取得。現在名古屋経営短期大学准教授。教育、子育て、社会文化について幅広く関心をもっている。主な著書に、単著『改革開放後中国の愛国主義教育―社会の近代化と徳育の機能をめぐって―』(2014年に日本比較教育学会平塚賞を受賞)、共著『変容する中華世界の教育とアイデンティティ』などがある。2008年10月に世界平和女性連合(WFWP)日本支部愛知県連合会主催の「愛知県女子留学生日本語弁論大会」で最優秀賞を受賞している。