ライアンエアーの保有機数は全部で400機に達する(同社プレスサイトより)

年間1億人を運ぶ、欧州最大の格安航空会社(LCC)ライアンエアー。この秋、多数のパイロットが同時に長期休暇を取っており、ダイヤどおりの運航が不可能になったとして、10月末までの6週間に飛ぶ予定の定期便13万便のうち、2100便のキャンセルを決めた。


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1日当たり2500便以上を飛ばす同社は「取り消すのは全運航便のわずか2%」と強気の姿勢だが、キャンセルに遭った利用客への補償に加え、欧州各国の関係当局からも巨額の罰金を科される可能性も取りざたされている。

ロンドンの新聞やネット上には、同社の対応の悪さを伝える報道がやまない。ルフトハンザやエールフランスといった欧州各国を代表するレガシーキャリアを乗客数で追い抜き、欧州トップに躍り出るなど順調に業績を伸ばしてきたライアンエアーが突如迷走状態に陥った理由はどこにあるのだろうか。

当初は仏管制ストが理由と説明

ライアンエアー便の大規模キャンセルが勃発したのは、9月12日のことだった。この日の取り消し便は同社全体で110便に上り、4万人以上に影響が出たという。過去2年間の統計によれば、9月の1日当たりの利用客は30万人前後と推定されるので、1割以上がキャンセルに巻き込まれたことになる。

このとき、同社は大規模キャンセルについて、「エマニュエル・マクロン仏大統領の労働改革に反対する、フランス管制官のストライキが原因」としたうえで、「フランス発着便だけでなく、同国の上空を行き交うフライトも影響を受け、キャンセルはやむなし」と説明していた。

ところが、その後もキャンセルの傾向がやまない。ライアンエアーは15日になって「パイロットや客室乗務員の休暇日程のやり繰りにミスがあった」として、向こう6週間のフライト計2100便余りを取り消すと正式に発表した。

キャンセル数は「1日当たり平均50便」としているが、日によって30便だったり70便超だったりと一定していない。単純計算では運航便全体の2%にすぎないのかもしれないが、ローカル区間を飛ぶ便がキャンセルされると、一部の利用者は数日にわたってまったく身動きが取れなくなることもありうる。そうした利用者にとって、事態は深刻だ。

すでにキャンセル対象便は同社のウェブサイトで発表されている。当該便のチケット購入客には便の振り替えや返金に応じており、9月24日までに影響を及ぼした旅客の97%に当たる30万5000人に対する処理が終わったと明らかにしている。

しかし、多くの利用客から怒りの声が上がるのは当然。同社のチケットは競合他社に比べて極端に安い。皮肉なことに、全額返金を受けたところでその予算を使って他社便のチケットを買うのは無理なほか、旅先の宿泊費を全額支払い済みで変更やキャンセルも不可能だったりと実質的な損害が生じるからだ。

パイロットの“集団脱走”が真相との声も

ライアンエアーは大規模キャンセルについて、“パイロットらの休暇年度の変更”を大きな理由として挙げている。これはいったいどういう事情によるものだろうか。

パイロットにはフライト時間の制限があり「任意の28日間に100時間」という条件に加え、「1暦年(1〜12月)に900時間」または「連続する12カ月で1000時間」と定められているが、同社ではこの上限に引っ掛かるスタッフが続出している。加えて、英国を中心とする欧州線では3〜4月のイースター連休と夏季休暇の最終となる9月上旬の需要が極端に高くなるため、その直後が反動で休暇を取るスタッフが増えるという傾向がある。

欧州の航空当局は各社に対し目下、今年末までにパイロットの就業時間について「連続する12カ月で1000時間」という条件を外し「1暦年に900時間」へ一本化することを促しているが、この調整をめぐって現場で混乱が生じているという。ライアンエアーのケースがまさにそれに当たり、従来の4月開始だった休暇年度を1月開始に変えることに伴い、移行期間に当たる今年は夏季休暇がほぼ終了した9月以降に休みを希望する従業員が重なったことから大規模キャンセルにつながったようだ。

ところが、混乱の元凶は「休暇の取得ではない」という声も聞こえてきた。ライアンエアーの本社はアイルランドに置かれているが、同国のパイロット労組であるアイルランド航空操縦士協会(IALPA)は地元メディアに対し、「今年になってライアンのパイロット140人余りが、競合のLCC・ノルウェージアンに転籍した」と公表した。実はライアンの勤務条件の悪さを憂い、他社に逃げたというのが真相とも伝えられる。

英紙インディペンデントの旅行関係ジャーナリスト、サイモン・カルダー氏は9月18日付のデジタル版で「ライアンのパイロット、最大500人が他社へ移籍も」とも記しており、混乱はまだまだ続きそうだ。

なりふり構わず特売チケットを乱発


普段は「床が見えないほど」に混み合うチェックインエリアに旅客の姿は見えず(ロンドン・スタンステッド空港で、筆者撮影)

新聞各紙やテレビニュースでライアンエアーの混乱が伝えられる中、客足は徐々に遠のいているようだ。筆者が9月24日に同社最大のハブ(運航拠点)であるロンドン郊外のスタンステッド空港を訪れたところ、運航便はたくさんあるのにチェックインカウンターのエリアは閑散としていた。

LCCの場合、事前に搭乗券を用意しておけばカウンターに立ち寄らずゲートに直行できるので、搭乗手続きをしない(荷物を預けない)利用客の割合が多いことは理解できるものの、あまりの旅客の少なさに正直驚いた。近くにいた係員に「今日はずいぶん少ないですね?」と尋ねたところ、「夏のピークも終わったので、静かなものですよ」と答えながらも表情はつらそうだった。


特売チケットを矢継ぎ早に打ち出すライアンエアーのウェブサイト

旅客減少の厳しさはどうも深刻な状況にあるようだ。同社は2014年12月以来維持している「9割台の搭乗率」を死守するため、極端な特売チケットを販売し始めた。普段は最も安くて19.99ポンド(約3000円、税金諸経費込み)だが、2000便余りのキャンセルを打ち出した直後から多くの路線で片道9.99ポンドで提供、区間によってはそれ以下の最低4.99ポンドまで下げている。

英国では飛行機での出発に対し「航空旅客税」を課しているが、欧州線の税額は旅客が支払う最低運賃を上回る13ポンドだ。前述のジャーナリスト、カルダー氏は「ライアンエアーは、税金との差額をも払って旅客の取り込みを進めている」との見方を示している。そこまでして空席を埋めようとする企業努力には頭が下がるが、多くの便でキャンセルを重ね、旅客の信頼を失ったことは疑いない。はたして、乱発ともいえる特売チケットの販売が搭乗率の回復に奏功するだろうか。

ライアンエアーの経営に与える影響も深刻だ。欧州連合(EU)には、搭乗拒否、欠航、大幅な遅延などのトラブルに遭った旅客は金銭的補償などを受ける権利を持つことが法律で定められている。これはレガシーキャリアだけでなくLCCにも準用される。

日本で「LCCを避ける人々の意見」を尋ねてみると、「LCCで欠航が生じると、チケットが紙切れになるから」という反応が多いが、欧州ではトラブルが起きた場合、航空会社は代替便探しやチケット代の返金の要請に応じなくてはならないのである。キャンセルのほか3時間以上の遅延には、旅客が食事や軽食などの提供に加え、一定金額の金銭的補償を求められる規則がある。

欧州には「旅客の権利」を守るルールがある

今回のライアンエアーの大規模キャンセルのあおりで搭乗予定便が取り消されてしまった旅客も同様に金銭的な補償が得られる可能性が極めて高い。規定は「搭乗予定日14日以内にキャンセルが伝えられた場合、全額返金や金銭的補償を要求できる」となっているからだ。

2000便以上のキャンセルにより、影響を受ける旅客は最大40万人に達するとされるが、ロイターなどの報道によると、それにかかる補償として最高で2000万ユーロ(27億円)の支出を強いられる事態に直面している。

しかし、このEU規則を使って旅客が航空会社から補償金を得るにはさまざまな書類の提出を求められるなど、手続き上のハードルは意外と高い。そんな中、欧州には旅客に代わって航空会社に対して補償金の請求を専門的に行う代理店もあり、こうした仕組みを使えば「泣き寝入り」という悲しい事態は避けられそうだ。


カスタマーサービス係の対応はいたって平穏。キャンセルの混乱はひとまず落ち着いたようだ(ロンドン・スタンステッド空港で、筆者撮影)

かつて「安かろう悪かろう」と言われたLCCだが、定時運航率の向上を図り、予約変更への柔軟性があるチケットの導入などにより、ビジネス客も積極的に利用する傾向が進んでいる。

ライアンエアーをはじめとするLCCのシェア拡大により、レガシーキャリアも機内持ち込み手荷物のみ変更不可といった「LCCスタイルのチケット」を売ったり、自社でLCC子会社を立ち上げたりするなど、この数年で欧州の航空業界はずいぶんと様相が変わり、より安い値段で航空旅行が楽しめるようになってきた。今回のライアンエアーの大規模キャンセルにより、航空需要の冷え込みが起こらないとも限らない。