香川とも共闘したヤヌザイが“ファン・ハール時代”の苦悩を告白 「自由が全くなかった」

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モイーズ政権で華々しく台頭 ブラジルW杯に出場も、オランダ人監督就任で暗転

 レアル・ソシエダの元ベルギー代表MFアドナン・ヤヌザイは、マンチェスター・ユナイテッドで華々しいデビューを飾り、将来を嘱望されるタレントの一人だった。

 しかし、その順調なキャリアに歯止めがかかる一つのきっかけは、2014年にユナイテッドの監督に就任したルイス・ファン・ハール監督の存在だった。英紙「デイリー・メール」のインタビューで、当時の苦悩を振り返っている。

 ヤヌザイは2013-14シーズンに、デイビッド・モイーズ元監督の下でトップデビューを飾った。左利きのドリブラーは瞬く間に頭角を現し、14年5月にはコソボやイングランドなど複数の選択肢があったなかでベルギー代表を選択し、そのままブラジル・ワールドカップ(W杯)にも出場した。

 順調にキャリアを歩むなかで、恩師モイーズ氏が解任され、翌シーズンにファン・ハール政権が誕生したことは人生の大きな転機となる。自由を与えられていた頃とは異なり、規律正しいオランダ人指揮官の下ではそれまで以上に守備のタスクを要求されるなど、適応に苦しんだ。

「以前と同じような自由が全くなかった。ウインガーには自信が必要だった。監督からは『行け、人を捕まえろ』と言われ、彼はゆっくりとしたパスゲームをするばかりだった」

「何人かはサッカーを楽しめていなかった」

 ファン・ハール監督の守備的で、ポゼッションを重視する戦術に戸惑いを隠せなかったというヤヌザイ。「難しかった。何人かの選手はサッカーを楽しめていなかった。監督とは難しい内容のミーティングを何度もしたよ」と振り返り、サッカーを楽しめる状況ではなかったと語っている。

「フラストレーションが溜まっていたし、みんな僕が1年目のアドナンとは違うことを分かっていた。僕は時々、ただ突っ立っているだけだった。一生懸命トレーニングしても、その後にはメンバーから外れた。若い奴には受け入れるのは難しかった」

 ユナイテッドで出番を失ったヤヌザイは、2015-16シーズン途中に日本代表MF香川真司の所属するドルトムントへ期限付き移籍。さらに翌シーズンにはモイーズ監督が率いるサンダーランドへ武者修行に出た。そして今夏には、ついに完全移籍という形でソシエダへ移籍し、下部組織から育った“赤い悪魔”に別れを告げた。

 22歳にして、すでにサッカー選手としての酸いも甘いも噛み分けてきたヤヌザイ。超逸材として期待を集め、W杯にも出場した男は再び欧州最高峰の舞台に返り咲くことができるのだろうか。

【了】

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images