PSG内紛騒動に見る「PKとスター選手」 カバーニもネイマールも蹴るべきでなかった
リヨン戦のPKキッカーを巡って口論、スター同士の対立に腰が引ける指揮官
「PKを蹴るのはファウルを受けていない人がいい」
チームでPKを蹴る選手は事前に決まっているものだが、監督によってはファウルを受けてPKを得た選手は蹴らないほうがいいという意見もある。
その選手が興奮している可能性があるからだ。
PKに精神の安定が不可欠とするなら、ウルグアイ代表FWエディンソン・カバーニもブラジル代表FWネイマールも蹴らない方が良かったのかもしれない。
17日に行われたフランス・リーグアン第6節のリヨン戦、後半34分にPKを得たパリ・サンジェルマン(PSG)は、ネイマールとカバーニがともにPKを蹴ろうとして口論になった。結局カバーニが蹴ったが、シュートはバーに当たって外れている。試合は2-0でPSGが勝利したので、カバーニのPK失敗は大きな問題にはならないと思われた。ところが、ロッカールームでカバーニとネイマールの間に険悪なやり取りがあったという話に始まり、外野も参加してきてひと騒動に発展してしまったのだ。
「どちらもPKキッカーの一人で、彼らは紳士的に話し合った」
ウナイ・エメリ監督は事態の沈静化を図ったが、このコメントからはスター選手同士の諍いに対して腰が引けている印象しかない。PKを蹴る前に互いに譲らず口論になって冷静さを欠いていたのなら、どちらにも蹴らせない方が良かったのではないか。ちなみに、エリア内でファウルを貰ったのはどちらでもなく、フランス代表FWキリアン・ムバッペだった。
ロナウドを納得させたストイチコフの威厳
元ブラジル代表FWのロナウドがバルセロナでプレーした1シーズンは、おそらく彼の全盛期だったと思う。1996-97シーズンに移籍した時の状況は現在のネイマールにやや似ていて、PK騒動もあった。本当はロナウドが蹴るはずだったPKを、ブルガリアの英雄フリスト・ストイチコフが横取りしたのだ。ただ、カバーニと違ってストイチコフはきっちりと決め、闘牛士のように少しずつ体を360度回しながら観衆の声援に応えていた。
「なぜなら、彼がストイチコフだからです」
なぜキッカーに決まっていたロナウドではなくストイチコフが蹴ったのか――記者会見で質問が出ると、ボビー・ロブソン監督は笑いながらこう答えた。ロナウドも特にストイチコフに抗議をしておらず、騒動に発展するようなことはなかった。
そしてPKは、スター選手であっても蹴りたい人ばかりではない。
1990年イタリア・ワールドカップ(W杯)決勝で、西ドイツ(当時)がアルゼンチンを1-0で破る決勝ゴールとなったPKは、アンドレアス・ブレーメが蹴ったが、本来のPKキッカーはキャプテンのローター・マテウスだった。しかし闘将は、「スパイクが足に合わない」という理由で拒否したのだ。
ただ、これはおそらく言い訳だろう。シューズメーカーからはピッタリあつらえられたスパイクが5、6足は支給される。いきなりW杯決勝で新品を履くはずがない。とはいえ、自信がなければPKキッカーを譲るというのも、一つの決断ではある。
スター選手同士の共存に必要なのは…
ちなみに西ドイツは、1974年W杯決勝でもPKから同点に追いつき、ゲルト・ミュラーの逆転ゴールでオランダを下して優勝しているが、やはりこの時のPKも第一キッカーは蹴っていない。
第一キッカーはウリ・ヘーネスだった。ただ、ヘーネスは準決勝のポーランド戦で失敗していたため、決勝の第一キッカーは繰り上がりでミュラーになっていた。ところが実際に蹴ったのは若いパウル・ブライトナーで、実に冷静に決めていた。
これには後日談がある。翌日にテレビでこのシーンを見ていたブライトナー本人は、「何してるんだオマエ、やめろー!」と、画面の中にいる自分に対して叫んだという。冷や汗びっしょり。決勝当日は誰も蹴りたがらない雰囲気を察し、さっさとボールを受け取って蹴っていたが、本人はあまり覚えていなかったそうだ。後でテレビを見て、自分の行為が恐ろしくなったという。
話が少し逸れたが、ビッグクラブにおけるスター選手の共存というのは、いつの時代も難しい問題だ。
1950年代に黄金期を築いたレアル・マドリードに、ハンガリーのスーパースターだったフェレンツ・プスカシュが移籍してきた。レアルには、すでに大エースのアルフレッド・ディ・ステファノがいる。ディ・ステファノは、かつてブラジルの司令塔だったジジが入団した時に“いびり出した”ことがあり、プスカシュとの共存も懸念されていた。
1958-59シーズンのリーグ最終節、どちらも得点王がかかっていたのだが、プスカシュは決定機にディ・ステファノへパスをして、得点王を譲っている。それ以来、二人は最高のコンビを形成することになり、プスカシュはディ・ステファノから多くのアシストを受け、次のシーズンから2年連続の得点王を獲得している。
PSGに加入後すぐに騒動を巻き起こす形となったネイマールだが、カバーニとの共存には、既存のエースに対する配慮が必要なのかもしれない。
【了】
西部謙司●文 text by Kenji Nishibe
ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images