永山則夫と寺山修司

写真拡大

永山則夫という作家がいました。1960年代末から、1970年代はじめにかけてピストルを使った連続射殺事件を起こし逮捕され、20年におよぶ裁判の末に死刑が確定、1997年に執行された人物です。

寺山修司と論争

そんな永山は獄中での様子を記したノート「無知の涙」がベストセラーとなり「木橋」をはじめとする自伝的な小説を多く記しました。その中でも異色の作品といえるものが『反:寺山修司論 《復刻版》』(アルファベータブックス)です。これまでは高い古書価格がつけられていましたが復刻版が登場しました。永山則夫は北海道に生まれ、幼少期から中学卒業までを青森県で過ごしています。そのため同郷の劇作家の寺山修司が記した文章に激怒し、長大な反論をしたためました。

何が書かれているのか?

本書に書かれている内容は一言でいえば、自分の犯罪を茶化すようなことを書いた寺山修司に対し、永山が逐次反論を加えるものです。寺山流の物言いでわかりにくいのですが、現実で犯罪を起こした永山は愚かであり、寺山が得意とする虚構の中で起こせば良かったのではないか、そういったことを述べます。対する永山は、相手の文章を一行ずつ引用し、ここが間違っていると述べる細かいものです。獄中にとどめおかれた者の心理状態もわかりますし、永山則夫が獄中から娑婆へ言葉を問うにあたって、あいまいな言葉を決して許さなかった、そのような態度も見えます。あの時代を知るための手がかりとなる資料のひとつとして『反:寺山修司論』はあると言えるでしょう。