東海大は長野県・白樺湖周辺で3次合宿を行なった

東海大・駅伝戦記 第4回

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 長野・白樺湖から6kmのところに女神湖がある。

 東海大の駅伝選手はストレッチなどを終えると、アップがてら女神湖まで走り、隣接する多目的運動場に集合する。土のトラックなので選手が来る前に両角速(もろずみ・はやし)監督、西川雄一朗主務(4年)がトンボを引いて整地をしていた。

 午後5時を過ぎると、一気に空気が冷えてくる。白樺湖周辺は標高が1400mほどあり、昼間は暑いが朝夕は肌寒いくらいだ。8月でも、すっかり秋の気配が漂い、トンボが飛び交っている。

 3次選抜合宿は8月26日から始まっており、今日はこれからポイント練習が始まる。3000mを日本インカレ組の三上嵩斗(しゅうと/3年)、館澤亨次(2年)、塩澤稀夕(きせき/1年)は4本、春日千速主将(4年)ら主力選抜組、選抜組が5本ずつ、5分のインターバルで走る。3000m1本ごとに設定タイムが決められており、主力選抜組、選抜組はラスト5本目のタイムがフリーの設定になっている。負荷がかかる強度の高い練習だ。

 選手たちはトラック脇のベンチ付近で大学の練習着に着替えていた。心拍数を計るチェストベルトを装着し、日本インカレ組と選抜組はえんじ色、主力選抜組は黄色のウエアを着て、スタート地点に移動した。

「よし、じゃーいこうか」

 両角監督の声がかかった。最初に日本インカレ組の3名がスタート、少し間を置いて全選手がスタートをした。


 今夏、東海大学は8月5日、白樺湖で全員参加の1次合宿をスタートさせた。その後、選抜組の長野・菅平合宿、日本インカレ出場組+アメリカ合宿組の長野・高峰高原合宿に分かれ、それを終えるとそのまま白樺湖で17名による3次合宿に入った。ただ、關颯人(せき はやと/2年)、鬼塚翔太(2年)、阪口竜平(2年)の3選手は高峰高原合宿後、アメリカ・フラッグスタッフにある北アリゾナ大を拠点とした2週間の高地合宿に入っており、3次合宿には参加していない。

 東海大の夏合宿、特に白樺湖3次合宿は単に駅伝対策というよりも、それぞれが掲げるテーマや目標達成のために個を重視したものになっている。それは両角監督の「世界に通じる選手を育成する」という指導哲学に沿ったものだ。実際、全員が集合して練習するのは週2回のポイント練習と早朝練習以外ほぼない。たとえば午前中のスケジュールを見てみると、あるグループの選手たちは治療と休養、あるグループは女神湖まで往復のジョグ、あるグループは山登りの練習をするという感じだ。メニューにある練習以外はジョグや追加練習も含めて選手の自主性に任せている。

 食事は、白樺湖合宿ではホテルの他の客と同じビュッフェスタイルで、しかも個々の練習終了時間や治療時間が異なるので各自で摂る。ビュッフェなので野菜、肉、魚、スイーツなどあらゆるものが好きなだけ摂れるが、食べ過ぎないように、栄養が偏らないように体調面を含めて自己管理能力が求められる。ちなみに食事は選手用のテーブルが確保されているので夏休みでホテルが混雑している中でも、自分のタイミングで食べられるようになっている。

 部屋は20畳ほどの大部屋で1年生から4年生まで13名が雑魚寝しており、隣の大部屋には高度4000mまでの酸素濃度を設定できる低酸素テントで睡眠をとる館澤ら4名と西川主務が寝ている。大部屋にテレビはなく、練習後に洗った洗濯ものが干され、混沌としており、まさに「ザ・合宿」という雰囲気だ。上下関係があまり厳しくなく、練習以外は和気藹々(あいあい)という雰囲気なので、こういう形でも選手はストレスなく合宿を過ごせるのだろう。


 フリータイムは寝るか、スマホをイジるか、コンビニに行く程度。スマホは午後9時に回収され、9時30分には消灯になる。練習に集中できる環境で規則正しい生活が合宿中、続くのだ。

 *     *     *

 トラックでは選手が集団で走っている。1本、2本、3本と設定タイム内でしっかりと走り終えた。4本目で日本インカレ組はラストとなり、設定タイムは9分5秒だ。1周ごとにラップを読み、指示を出す。残り2周、館澤が苦しそうに歯を食いしばって走る。

「館澤、こういうところ大事だぞ、自信を持って走れ」

 西出仁明(のりあき)ヘッドコーチの声が飛ぶ。三上、館澤、松尾淳之介(2年)の3人はピッチを上げる。ラストスパートを意識して、力を振り絞って駆け抜けた。

「8分56秒!」

 ひとりも離れることなく、設定タイムより早く走り終えた。最後1周、先頭で引っ張ったのは松尾だった。軽快な走りで「いつもこのくらいレースでやってくれると文句ないんだけどなぁ」と、西出ヘッドコーチがイジる。

「久しぶりにいい走りができました」

 松尾は笑顔で返した。館澤は汗びっしょりで肩で息をしている。

「調子、微妙ですね。キツイです。松尾は絶好調ですけど」
「いや、おまえの方が絶好調やろ」

 松尾が苦笑して言い返す。館澤はゼリー飲料を飲み、息を整えている。

「自分は最近、ようやくって感じですね。7月に欧州に行っていたんですが、けっこうメンタルブレイクしていて、マジで調子悪かったんです。食事が合わなかったですし、2週間で4レース走ったのでかなり疲れていました。1次合宿はその疲れがピークの状態だったんで、ほんとヒドかったです」(館澤)


 上半期、館澤は関東インカレ、日本学生個人選手権、日本選手権の1500mで3冠を達成するなど驚異的な活躍を見せた。7月の欧州遠征後、疲れなどでコンディションを落としたようだが、ポイント練習を見ていると走りに何ら問題はない。
 
 4本目を終えた選手に対して寺尾保アドバイザー(東海大スポーツ医科学研究所)が心拍数などの数字をチェックする。高地トレーニングでの効果を計るためにデータを取っているのだ。

 昨年に引き続き、今年も高地トレーニングは東海大の夏合宿の柱になっている。高地で練習すると赤血球やヘモグロビンの量が増加し、酸素運搬能力が上がるので、呼吸や心肺機能が高まり、競技パフォーマンスを向上させてくれるのだ。その効果を調べるために心拍数だけではなく、動脈血酸素飽和度(SpO₂)を測っている。

 動脈血酸素飽和度というのは体内の酸素レベルを表すもので通常、日常生活で安静にしていると96〜98程度。高地で安静にしていると94程度だという。

 寺尾が言う。

「高地で追い込んだ運動をするとSpO₂が下がります。館澤は普通では考えられないですが、60台まで下がりますし、鬼塚もかなり落ちるんです。この運動を繰り返すことで高地トレーニング独自の効果が出て、例えば、ここぞっていう時のラストスパートがきくんです。また、高地でトレーニングをすると、数値が高いところからなだらかに落ちていく。それは持久力がついたということになります。高地トレーニングはSpO₂から見ると、通常の環境では経験できないような低酸素刺激を持続的に受けながら運動することになるので、個人差はありますがパフォーマンスを上げるには非常に有効なんです」

 高地トレーニングは、陸上をはじめサッカーや水泳など、多くの競技で早くから注目され、実践されてきた。世界の長距離界のトップランナー、とりわけアフリカのエチオピア勢、ケニア勢の多くは高地の生まれであり、今も主に高地でトレーニングをしている。


「世界で勝つためには高地トレーニングしかないんです」

 両角監督がそう語るように、高地しかないのだ。

 東海大は昨年と異なり、8月のほぼ丸1カ月間、高地で連続した合宿を実践した。低酸素、低気圧での生活を徹底させるべく、合宿に低酸素テントを持ち込み、今回の3次合宿では館澤ら4名の選手がそのテントの中で睡眠をとっていた。その間、動脈酸素飽和度を測る。こうした取り組みによって駅伝シーズン、選手がラストスパートを含めどんな走りを見せてくれるのか、非常に興味深い。


宿泊地に持ち込んだ低酸素テント。睡眠中もトレーニングなのだ

 トラックでは2組の選手が5本目の3000mを走っている。1周ごとに先頭が変わるが、4年生の春日と川端千都(かずと)の力強い走りが目を引く。今回の合宿で4年生は彼らを含め4名しか参加していない。昨年の箱根駅伝では復路で3、4年生が盛り返し、なんとかシード権(10位)を維持できた。「4年生が引っ張らないとチームは勝てない」と両角監督は語るが、2人の走りを見て少しは安心したのではないだろうか。今後も故障さえなければ、彼らが中心になってチームを引っ張っていくだろう。

 先に練習を終えた日本インカレ組は1人用の簡易バスの水風呂に入ってクールダウンしている。簡易バスは空気を入れればどこでも使用できるし、意外としっかりしているので重宝しているという。そこに10分間ほど浸かるのだが日が落ちてくると、かなり寒い。待っていた1年生トリオの順番になり、バスに浸かると「つめたぁー」と悲鳴があがる。早く上がらないように両角監督が監視しつつ、世間話に時間を費やす。全員がクールダウンを終える頃には日が暮れて、真っ暗になっていた。

 車のライトを照明代わりにして集合する。


「痛めつけた体をしっかりケアして、結果に結び付けられるようにしましょう。食事はビュッフェスタイルだけど、自分の好きなものだけじゃなく、体が欲するものをきちんと摂るように」

 両角監督が食事での注意を促し、続いて西出ヘッドコーチから今日の練習について、さらに西川主務から今夜の治療、明日の午前中の治療とトレーニングスケジュールについて簡単な説明がされた。

「じゃ、今日の練習はこれで終わります。姿勢を正して、礼」

 西川主務が声を張る。

「ありがとうございました」

 1日の練習の終わりを告げるホッとした声が闇の中に響いた。

(つづく)

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