『RAIL WARS! -日本國有鉄道公安隊-』は13巻まで刊行中(撮影:豊田巧)

鉄道に興味がある、東洋経済オンラインの読者の皆様は、想像してみたことがあるだろうか。「JRグループに分割・民営化されず、『日本国有鉄道(国鉄)』がそのまま残っていたら、それはどんな世界なのだろうか」と。

そんな鉄道ファンタジーを小説にした作家がいる。豊田巧――。ゲーム会社で「電車でGO!」の宣伝を仕掛けた豊田は(「あの伝説のゲーム、『電車でGO!』の誕生秘話」を参照)、その後、小説家としてデビュー。子供向け鉄道推理小説シリーズ「電車でいこう!」を皮切りに、『RAIL WARS! -日本國有鉄道公安隊-』もシリーズ化された。現在は13巻まで刊行、累計80万冊のヒットとなり、年内には14巻の発売も予定されている。これこそ、「国鉄が分割民営化されなかった、もうひとつの日本」という空想を思う存分に羽ばたかせた世界である。

若い世代には「国鉄」自体がファンタジー

30歳以上の世代で国鉄を知らない人間はいないであろう。しかし、豊田は自身のサイン会において、若い世代から「国が鉄道会社を経営するなんて、ずいぶんと奇抜なことを思いつかれましたね! 面白いです!」と言われることもあるという。そう、若い層は「国鉄」を知らない。国営の鉄道会社がファンタジーそのものなのだ。

そんな国鉄を知らない層からも愛されるヒット作を、なぜ生み出すことができたのか。国鉄を今によみがえらせて、豊田はなにを描きたかったのか。「今も国鉄があったら?」という仮定から生まれた、ひとつの鉄道エンターテインメントが成立した秘密を、執筆する前の時間に時計の針を戻してひもといてみたいと思う。

ゲーム会社を退職し、「子供向けのコンテンツを作りたい」という昔からの夢を叶えるべく「電車で行こう!」を執筆していた2011年ごろ、とある人物からこんな声がかかった。「ライトノベルを書いてみないか」――。

「RAIL WARS! -日本國有鉄道公安隊-」の素案が豊田の頭の中にできたのは、その時だという。

当時、ライトノベルの市場規模は300億円にも膨れ上がり、各出版社は次々とライトノベル専用レーベルを立ち上げていた。その頃の豊田といえば、鉄道趣味のルーツを探ったビジネス新書『鉄子のDNA』を上梓しただけで、子供向けの小説『電車でいこう!』もまだ出版されていなかった、まだ小説家としては野のものとも山のものともつかぬ豊田を、そんな巨大市場へ誘ってくれたのは、当時レーベルの立ち上げにかかわっていた プロデューサー・奥村圭作(現・ブシロードメディア社長)だった。


小説家としてもヒットを連発する豊田巧氏(筆者撮影)

豊田と奥村は、豊田がゲーム会社に勤務していた頃からの付き合いだ。「当時、豊田さんは会社で『狂犬』と言われていましたからね。頭が切れることは知っていたので、『鉄子のDNA』のような本を出すのはまったく不思議ではなかったのですが、小説を書いていると聞いてびっくりしました。そんな才能があったのかと」。奥村は驚いたのと同時に、豊田と一緒に仕事をしてみたくなった。そこで、ゲーム会社を退社した豊田にライトノベルを一緒に作ろうと声をかけてみたのだが、最初に出してきた豊田のコンセプトシートを見て、再度、驚いたという。

高校生が合法的に銃を撃つ、過激な案が採用に

そこに書かれていたのは、プロット・あらすじ・プロローグなど、一般的に小説家が出してくるアイデアだけではなかった。宣伝畑が長い豊田ならではとしか言いようのない言葉が躍っていた。コンセプト、ターゲット層、マーケット予測、プロモーションプラン、ビジュアルの参考資料等々。奥村は直感した。これは楽しいことになりそうだ――。

豊田にしてみれば、当たり前の作業だった。新作を提案するときには必ず3案以上のプロットを用意することにしている。これは編集者の選択肢を増やすのみならず、自らのストックを貯めておくのに役立つからである。

このとき、出版社に出したのは4案。基本はライトノベルの太い層である中・高校生をターゲットにしていた。当時から自分の得意分野として鉄道を意識していた豊田の一押しは、ライトノベル市場ではやっていた部活ものに鉄道をかけあわせた日常系の無難な案だった。その逆に、冒険して楽しんだ案が「どうにかして高校生が合法的に銃をぶっぱなせないものかな。しかも鉄道で(笑)」という過激な発想から生まれた『RAIL WARS! -日本國有鉄道公安隊-』だった。驚いたことに、採用されたのはその最も過激な案だった。

出版社が思い切ったアイデアを選んでくれたことに応えようと豊田は、国鉄時代の資料を読みあさり、鉄道関係者に取材を行い、「まだ国鉄があったら……」という仮説にリアリティが出るよう世界観設定に磨きをかけた。そのときに培った、小説にはまったく登場しない路線、組織、車両等の裏設定まで作り込んでいる姿勢は次に発売される14巻の今まで続いている。

『RAIL WARS! -日本國有鉄道公安隊-』の主人公は、鉄道学校の男子高校生である。平和を愛し、“親方日の丸”の安定生活を夢見る主人公・高山直人は学年でたったひとり、憧れの日本國有鉄道、通称「國鉄」の学生鉄道OJTに選ばれることになる。ただし、その部署は彼の望んだ運転課ではなく、鉄道公安隊だった……。

そんな設定のもとに高山直人は、嬉々として合法的に銃をぶっぱなす過激な仲間たちに振り回されながら、國鉄で起こった事件の犯人やテロ組織と戦う日々を送ることになる。鉄道公安隊での学生鉄道OJTが、早く平穏無事に終わってくれればいいと願いながらも、そうはうまくいかない……という楽しい鉄道ライトノベルである。

中井貴一主演映画とスター・ウォーズを足して2で割る

「国」鉄ではなく、「國」鉄と記されていることからわかるように、これはもちろん仮想の、パラレルワールドの日本である。往年の「国鉄」の魅力をかつてのファンと最大限共有しながらも、フィクションとして最高に楽しい「國鉄」の魅力を若い人に伝えたいと豊田は思った。


書く内容が決まってから、奥村と豊田はプロモーションの戦略を練った。その仕掛けは数多くある。たとえば、初め豊田が提案したタイトルは現在のサブタイトル「日本國有鉄道公安隊」であった。しかし漢字ばかりで重いかもしれない。ライトノベルなのに重いタイトルはどうだろう。そんなときに「中井貴一主演の映画、『RAILWAYS』は露出が多いね」「そうそう。スター・ウォーズの新作も発表されるらしいよ」「ならば、Rail Wars!でどう?」「いいね!」こんな軽妙な会話でタイトルは決まった。もっとも、決まってみれば耳になじみやすく、物語の内容をストレートに伝えられる優れたタイトルだ。

ターゲット層について考えているときに2人がイメージした設定がある。当時の中・高校生は月に2〜5冊ライトノベルを買っているというデータが出ていた。そこで「1〜3冊目まではシリーズなど買う作品は決まっているはず。だったら5冊目に買ってもらえるライトノベルを目指そう」という目標を立てた。

そのためには何をするか。着目したのは表紙である。

表紙の魅力は不可避である。絵の力なしにライトノベルは売れない。これが2人で出した結論だ。そこでライトノベルの表紙を描いているイラストレーターを探したが、美少女を描ける人は多くいても、電車が描ける人が見つからない。

そんなある日、奥村が「すばらしい」と絶賛したのが、バーニア600というイラストレーターのイラストだ。そのサンプルイラストを見た瞬間、「強烈に訴えくるものがあった」という。豊田は、早速バーニア600に会いに行った。とある湘南の小さな喫茶店でバーニア600と豊田が延々2時間話し込んだのは、仕事の話でもなく、お願いしたいイラストの話でもなく、ただただ国鉄の話であったという。「国鉄が続いていたら車両って鋼鉄製ですかね?」「夕方の東京駅からは、たくさんの寝台列車が出発していくんですよね」。

2人で話をすることにより、世界観がさらに作り込まれた。もちろん最後にバーニア600が放った言葉は「表紙のイラストを描きます」の熱い一言だった。

電車も描ける、女の子もかわいい、制服も魅力的、そんなバーニア600が出してきた表紙の案を見て、2人は大きくうなずいた。「これは店頭で目立つ!」。

鉄道ファンをうならせる小さな仕掛け

当時のライトノベルの表紙はかわいい女の子を目立たせることに注力するのがセオリーだった。ゆえに白い背景にかわいい女の子が立っていて、カラフルなタイトルが真ん中に書かれているという、情報量を絞ったものがほとんどである。その中で國鉄の制服を着た色っぽくもかわいい女の子、電車、銃、駅舎、信号、架線……。圧倒的な情報量を詰め込んだバーニア600の絵が目立たないわけがない。鉄道が好きな人にはもちろんのこと、店頭で5冊目のライトノベルを探しているお客さんにも「面白そう」と手に取ってもらえるように、「これでもか」と楽しい要素を詰め込んだ。

表紙で注目してほしいのは車両につけられた「EF 68 501」というプレートだ。実は国鉄の電気機関車にはEF67までで、EF68はない。しかし、今なお国鉄が現存したら、という仮想世界の國鉄ではEF68が走っているのだ。「電車好きだったら、表紙を見ただけでニヤリとする仕掛けもしてあるんです」と豊田と奥村はうれしそうに言う。

ゲームや子供向けの小説において、中高年層、小学生層の電車ファンは実感していた豊田だったが、ライトノベルに親しむ中・高校生の心にも鉄道エンターテインメントを受け入れてくれる素養があったこともうれしい発見であった。

国鉄という郷愁を感じせる素材と若者向けのライトノベル、そのふたつが結び付いたときの反応が鉄道エンターテインメントの新しい道を示してくれた。

きっとこれからも豊田は鉄道エンターテインメントという世界で、新しい融合を探っていくのであろう。(敬称略)