「お巡りさん大変です! 近くの川に女の死体が浮かんでいます。たぶん若い娘だと思います!」

 今年8月17日午前11時頃、山東省温嶺市郊外の派出所にそんな通報があった。電話の主は近所の村人である朱おばさんである。「これは殺人事件だわ! 村でこんなに凶悪な事件が起きるなんて!」と、火曜サスペンスの冒頭のごとく驚き騒ぐおばさんをなだめ、現場に向かった人民警察が見たのは、緑色に濁った川面にたゆとう、豊かな黒髪の妙齢の女性と思しき「死体」であった。

 やがて、村人の一人が竹竿を持って来て、警官と協力して「死体」を引き揚げたことで事件の真相が明らかになる。女性の水死体と思われたのは、持ち主によって遺棄されたと見られる成人向けのラブドール。見物する村人たちと警官の間で、一斉に引きつった笑い声が上がった──。

雲南省羅平県の山中に遺棄されていた「死体」。これは怖い。現地報道より


 実は同様の事件は最近の中国で多発している。例えば今年9月3日には、江蘇省高郵市の川で同じく水死体発見の通報があり、警官が現場で確認したところラブドールであることが判明した。また8月8日には湖北省の漢江の川面に同じく水死体(=ラブドール)が浮かんでおり警官が出動、さらに5月には雲南省羅平県で山奥に女性の遺棄死体(=ラブドール)があると通報があり警官出動、4月19日には重慶市大足区の川で水死体(=ラブドール)発見の通報があり出動・・・といった調子である。

 もはや『月刊ラブドール通報』とあだ名を付けたくなるくらい、中国ではこの手の話がしばしば報じられているのだ。

 今年3月22日には、広東省広州市南沙区の河川で同様の人形っぽい物体が見つかり、警官がてっきりラブドールかと思って引き揚げたところ本物の死体だったというシュールな話すらも伝わっている。

 ラブドールは、中国語で「充気娃娃(空気を入れる人形)」といい、中身が空気以外の物質で詰まったタイプも含めてすべてこの名称で呼ばれる。中国人はなぜか「充気娃娃」という単語が笑いのツボにはまるらしく、ニュースを検索すると日本以上に膨大な数の報道が引っかかる。

 今回の記事では、このように中国人が妙に興味を持っているラブドール関連ニュースの実態をご紹介してみることにしたい。

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武漢市の豆腐屋、ラブドール3体を誘拐す

 中国は性の問題にお堅いイメージがあるが、実はいわゆる成人向けグッズは「性健康用品」なる名目で合法であり、街では店舗がおおっぴらに営業している。従来のタテマエとしては、計画生育政策(いわゆる「一人っ子政策」)の観点から人口調整の役に立つので販売が許されているという形のようだ(ムチやロウソクなど、明らかに健康に悪そうなものも売っているが気にしてはいけない)。ゆえにラブドールもやはり店舗で売られている。

 今年9月6日朝、湖北省武漢市にある性健康用品店で、店内の自動販売機が破壊され、商品であるラブドール3体が盗まれているのを出勤したオーナーが発見した。しかも防犯カメラの映像によれば、犯人は前日深夜に11時40分ごろに店内に侵入して1体を持ち去ってから、20分後にふたたびやってきて別の1体を、さらに1時間後にまた来てもう1体を持ち去るという不可解な行動を取っていた。

 この「誘拐犯」は合計3回の窃盗時に、別々の柄のビニール袋を頭にかぶって覆面をしていた。ゆえに警察は犯人が近所に住む人間であろうと推理し、捜査を開始した。

 結果、逮捕されたのが近所の豆腐屋のアルバイト・丁某容疑者(53)である。供述によれば、丁某は家族と口ゲンカしてイライラしたため、夜の成人用品自販機の窓ガラスを壊して回り、盗んだラブドールでストレスを発散するべく走り出したとのこと。自由になれた気がした53歳の夜であった。

性健康用品店の自販機を破壊してラブドールを「誘拐」する豆腐屋のおっさん。頭にかぶっていた袋が毎回異なったことから、捜査当局によって近所の住民であると推理された。現地報道より


 犯人が何度にも分けて盗みにやってきたのは、最初に盗んだラブドールが好みではなかったので別の商品が欲しくなり、次に盗んだラブドールもイケていなかったので、もう1体を試したくなったためだという。ちなみに犯人いわく3体目のドールも微妙だったらしいのだが、夜も更けており、次の1体にトライするのは諦めた模様である。

 中国でこの手のラブドール誘拐事件の報道は多く、例えば今年3月には浙江省嘉興市で4カ月間に同一店舗の自販機を3度も破壊してラブドールを盗み続けていた男が逮捕。また1月には山東省済南市で、迷彩服に覆面をして1500元(約2万5000円)のラブドールを自販機から盗んだ映像が報じられたほか、昨年10月には江蘇省無錫市でも同様の事件が発生している。モノがモノであるだけに、比較的高価な商品でも自販機で販売されているため、盗まれやすいようだ。

中国のネットショップで販売されている、微妙すぎる格安ラブドールの一例。果たしてこれをどうしろと・・・?


「アプリ性風俗」と「AI嫁」にも発展か?

 自販機などで売られるものは玉石混交であるいっぽう、高級ラブドールは日本円換算で30万〜100万円程度とかなり高価だ。そこで今年9月、中国で話題になったのがラブドールの貸し出しサービスである。

 これは、シェアサイクルやシェア充電装置など近年の中国のシェアリングエコノミーのブームに乗っかったもので、名付けて「シェア彼女(共享女友)」。iPhoneとAndroid双方に対応した専用アプリを用いて予約が可能で、服装や髪型・目の色など「彼女」の外見についての細かいリクエストもスマホひとつで可能である。

 このサービスを仕掛けたのは、福建省厦門市に本社を置く「他趣(Touch)」という企業だ。9月14日には北京市内東部の公園で、5種類の高級ラブドールを揃えてお披露目会をおこなった(本記事冒頭の写真)。利用者はデポジットとして8000元(約13万5000円)を預け、1日298元(約5000円)、1週間1298元(約2万2000円)でレンタルが可能で、ラブドールの返却後にデポジットは利用費用を引いた上で返却されるシステムである。

 Touch社によると、ビジネスのターゲットは20〜35歳の若いホワイトカラー。ラブドールについては「局部の大事な部分はお客様ごとに交換する」ほか、本体についても毎回ちゃんと消毒するから安心であるらしい。ほか、香港の週刊新聞『香港01』が紹介する担当者の談話は以下の通りである。

「(子どもの出産にあたって)男性を重視して女性を軽視する(中国の伝統的な)観念によって、男女の不均衡が起きている。中国では今後、5000万人の『結婚できない男』が出現する。彼らは性的な面以外でも心の伴侶が必要だ」

 社会の深刻な需要にもとづいて発明された新たなシェアリングエコノミーか、ただの新手の風俗産業か――? 悩ましい気もするが、当初は北京市内に限定して開始したこのサービスは、わずか1日で近所の三里屯派出所から「低俗な活動で社会の治安をかき乱した」なる理由でお叱りを受け、罰金と北京からの「出禁」処分を受けることになった。9月18日にはTouch社が公式に謝罪コメントを出し、当面のサービス停止を発表している。

 ラブドールという、やや情けない商品とサイバー文化が結合してしまうのが、いかにも現代の中国らしい話ではあるだろう。

 ちなみに上記とは別に、今年3月28日には元大手IT企業ファーウェイの社員で人工知能(AI)研究者の31歳男性が、自身が開発したAIを搭載したラブドールと結婚式を挙げたというニュースも報じられている。彼の「妻」はパソコンと接続してお話ができるほか、人間の顔を区別して認識してその名を呼ぶという。

ラブドールの瑩瑩さん(右)と結婚した、元ファーウェイ開発職の鄭佳佳さん31歳(左)。失恋のショックでラブドールを愛するようになり、母親同席のもとで結婚式を挙げたという。現地報道より


「ラブドール上場」企業まで出てくる巨大市場

 以上のように、中国のラブドール事情は基本的には笑える話ばかりなのだが、関連報道の極端な多さにはもうひとつの理由もある。すなわち、潜在市場の大きさだ。

 中国では伝統的に男子が好まれる価値観が強いうえ、社会における「産み分け」や中絶へのタブー意識の低さや産児制限政策などによって、社会における男性数が極端に多く、国民の男女比が116:100(標準的な男女比は107:100程度)という極端な性別不均衡が生まれている。加えて中国では結婚にあたって日本以上にカネがかかり、男性側が数千万円以上の金銭負担を強いられる例も少なくない。

 ゆえに現代の中国は、仕事やコネを持たない貧困層だけではなく、そこそこの学歴を持つホワイトカラーの男性であってもなかなか結婚できない社会なのだ。当然ながらラブドールの需要は大きく、それゆえに「死体遺棄」事件や「誘拐」事件も頻発することとなる。

 中国産ラブドールの開発・製造・販売大手である遼寧省大連市の「蒂艾斯(EXDOLL)」社は、なんと今年8月に中国のベンチャー向け株式市場「新三板」に上場を果たし、日本のオリエント工業など業界のライバルを押しのけて日の出の勢いを迎えつつある。ラブドール単独の市場規模は不明とはいえ、2017年の中国全土における成人用品のB2C市場規模は300億元(約5000億円)という見立てがなされており、新たな成長市場であることは間違いない。

中国ラブドール界の未来を担う(?)、EXDOLL社の公式HP(上)と商品の一部(下)。価格は3000〜2万5000元(約5万〜42万円)とそこそこ高いが、上場も納得のクオリティである


 B級ニュースに大笑いしつつも、背景を調べてみると社会問題があったり、サイバー文化との結合があったり新たな市場動向があったりと、意外とナメてかかれない中国ラブドール物語。次にいかなる話題が飛び出すのか、個人的には実に楽しみにしているところである。

筆者:安田 峰俊