今年もまた9月のこの時期に、モスクワを訪問される報道・学会関係者の方々への同道が叶い、ロシアの政治・外交をテーマに彼の地で諸専門家と面談を持つ機会を得た。

 何かと国際情勢の動きが激しい昨今のこと、年ごとに主要な話題は移り行く。今年も昨年と比較してその例外ではなかった。

 1年前の今頃は、その年の12月にヴラジーミル・プーチン大統領の訪日を控えて、日露関係が諸面談で最大のテーマであった。

 これに、面談先のほぼすべてがヒラリー・クリントン氏の当選確実を毫もだに疑わず、彼女の下で予想される悲観慨嘆すべき米露関係、露中関係の今後や中東情勢、いつシリア政府軍がIS(イスラム国)からアレッポを奪取するのか、などが話題に加わっていた。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

1年前とは様変わりの日露関係

 それから四季を経た今、日露関係はと言えば、どうにもすっきりしない雰囲気に包まれ、話も低調で何となく意気上がらない。

 そして、多分波乱なく権力の座を一層確かなものにするであろう中国の習近平国家主席の今後のロシアとの関係も、誰が次期米国大統領になるのかで皆の予想がものの見事に外れても悲観論そのものは結局変わらなかった対米関係も、それに不気味極まりないこれからを抱えるのに報道ではあまり以前に比べて一面を飾ることがないシリアや中東情勢も、みな北朝鮮問題に主役の座を譲った格好だった。

 その北朝鮮問題で今回聞いたロシアの専門家の見解は、概ねすでに日本でも報じられている線に沿ったものだった。

 米国からの攻撃がないとの確かな保証を得られない限り、北朝鮮は核保有を断念しない、ロシアはこの問題での主要プレーヤーではない、しかし中国の影響力も限られている、唯一の解決の手段は米朝交渉だが、米国の姿勢からそれは望み薄、しかしさすがに直接軍事衝突には至るまい、等々。

 モスクワ・カーネギーセンター所長のドミートリ―・トレーニン氏は、北朝鮮問題へのロシアの関心事は、隣国での迷惑極まりない騒乱発生の回避、米国の北東アジアへのMD配置回避、中国との戦略パートナー関係維持にあり、それを達成する手段として、自らが朝鮮半島での大量破壊兵器不拡散への保証人として割って入り、方々北朝鮮への米国他の西側の圧力を下げさせ、そして最終的には米朝会談成立に持ち込むことを考えている、とロシアの立場をまとめ上げる。

 だが、トレーニンがどう説明しようと、日本にとって不安になるのは、彼を含めた面談相手の大多数が、ロシアは朝鮮半島の非核化を主張し続け、北朝鮮を核保国と認めることはない(インド、パキスタン、イスラエルもロシアは核保有国とは認めてはいない)としつつ、もはや核の存在は既成事実であり、今からそれを廃棄させることは不可能で、その存在を前提としたうえで緊張緩和を求めるしかない、とみている点だ。

 ロシア自身も、ダメと言いながらそれを認めるという論理的な矛盾を分かっている。その無理の上に厄介な話ばかりが折り重なる。

 核の存在を前提にしてしまったなら、それから先、北朝鮮政権が従来のような「防衛一辺倒」の姿勢のままでいる保証がどこにあるのか、周辺国がどう動き出すのか、日本にその気がなくてもその核武装を勝手に心配し始めねばならない面倒にロシアはどう向き合うのか・・・・。

 だから、プーチン大統領も好き好んでこの問題に首を突っ込んでいるのではない、と見立てる専門家もおり、それにうなずける余地もないではない。

 解なき難題で、しかもその解決に一肌脱いだからとて、格好良さをアピールできる場面がそうあるようでもない。最後は米国次第、と言わねばならないところに、「ロシアはこの問題での主要プレーヤーではない」とせざるを得ない理由があるからだ。

ロシアに秋波送る中国

 これに、今の露米関係から、積極的にロシアが米国を外交面で誘導するといった可能性も断ち切られてしまっている弱さが加わる。

 言うまでもなく、ロシアにとっての北朝鮮問題は必然的に、露米関係・露中関係の双方に連動してくる。

 露中関係の方は、差し当たって大きな問題は見当たらない。

 ロシアの極東への投資で中国からのそれは8割を占める、とプーチン大統領は安倍首相に向かって述べた。それが正確な数値に基づかない思わせ振りであろうと、中国を重く見ている事実には変りあるまい。

 習近平は、と言えば、10月の共産党大会も無事に乗り切り、国の構造改革に今まで以上に腕を振るうだろうとロシアの専門家は見ている。他方で中国も、外交で最も重要な相手は米国ではなくロシアだ、とまで言い出している(参照=http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52928)。対米結束で示し合わせたのか、もしくは阿吽の呼吸なのか。

 これに対して露米関係の方は、周知の通りの険悪な関係が果てしなく、の状態にある。知米派のトレーニン氏も、今後10年ほどは抜本的な関係改善は望みようがないと匙を投げる。

 1つには、双方の国際秩序への見解が全く正反対で一致していないことが緊張関係の理由となる。

 米国から見れば、ロシアは世界の民主主義の進展を阻む「ならず者」で、逆にロシアから見れば、米国の狙うところは所詮は世界の一極支配であり、その過程で他国に無知で手前勝手な「民主主義」を振り回し、暴力に訴えてもそれを押しつけようとする(その判断たるや、中東を始めとしてこれまで大体が間違っており、あまつさえより不幸な結果を相手国に強いている)。

 そして、対米関係悪化の深刻な理由として、トレーニン氏は米国自身の危機も指摘する。

 彼の説くところによれば、米国は今や南北戦争以来で最大の国内政治や国民の価値観での分裂に直面し、その対立の中で米メディアや政治勢力によって対露攻撃が実際には政敵を攻めるための道具として使われている。米国のこの問題が先に鎮静化せねば、「反露ヒステリー」もやみようがないというわけだ。

北方領土問題は元の木阿弥

 プリマコフ国際関係・経済研究所のアレクセイ・アルバートフ氏は、ウクライナ問題が最終的に解決せぬ限り、米露関係修復はあり得ないと断じる。こちらも、米国がウクライナへの武器供与などに踏み切ってしまったなら、問題解決への見通しは絶望的なものになる。

 来年のウクライナ大統領選で今の反露派政権が敗れることが仮にあったとしても、それが露宇関係和解に向かう保証はない。かつてプーチン氏自らが述べたように、「ウクライナには親露も反露もいない、いるのは親ウクライナだけ」だからだ。

 日露関係へも露米関係が影を落としているからなのか、対日専門家のドミートリ―・ストレリツォフ国際関係大学教授からは、現状から判断して領土問題の解決も平和条約締結もその見通しなし、との宣告。

 1年前には、ロシア有数の外交評論家であるフョードル・ルキヤーノフ氏が、プーチン大統領の時代でなければ領土問題は解決しない、と述べたものだが、ストレリツォフ教授はプーチン大統領がさらに6年間の大統領の座に就いたとしても物事に進展はなかろうと、何ともすげない。

 ロシアにとって西側に向けての外交はまるで八方塞だが、日本にとっても聞けば気持ちが決して明るくはならない話でもある。

 ましてや、やはり面談相手のロシアの下院議員から、「これからもロシアの政策では経済成長が第1の課題。どうやって日本が嵌った低成長の罠の轍を踏まずに済むかが重要なのだ」などと吐かれれば、我が祖国が経済においてすらどうもあまり尊敬はされてはいない、という感を深くしてしまう。

 それでもロシア国民にとってみれば、西側と丁々発止で遣り合うプーチン大統領の姿は何とも頼もしいと映るようだ。

 政治情報センターのアレクセイ・ムーヒン所長に言わせれば、2012〜2014年に大都市で反政府デモが盛んに行われ、プーチン大統領の人気が落ちたものの、2014年2〜3月にウクライナ問題が発生し、その直後に西側の対露制裁が始まるとプーチン大統領の支持率は急上昇した。

 つまりは、欧米諸国がプーチン大統領の危機を救ったという結果になったわけだ。何やら、北朝鮮のミサイル発射で支持率を回復に向かわせたという、どこぞの国の政権を思わせる話ではないか。

 ロシアの野党や、A.ナヴァーリヌイ氏のような反体制派の失敗は、プーチン大統領は辞めるべき、と叫んでも、ではなぜ彼が辞めねばならないのか、との国民の問いに答えるすべを持っていないことにあった、ともムーヒン所長は指摘する。

2024年まで“任期”が伸びたプーチン大統領

 来年3月の大統領選を前にして、現状ではプーチン大統領の突如の出馬辞退とかの一大サプライズを予想する向きなどいるはずもなく、ロシアの大統領選と言えば、もはや2018年のそれではなく、プーチン氏の後継者は誰かに関心が集まる2024年を指すらしい。

 このように国民がなぜプーチン大統領を支持するのかについて、独立系世論調査機関・レヴァダ・センターのレフ・グドゥコフ所長は、これまでの様々な世論調査の結果を示しながら、1990年代を通じてロシア人の、西側に裏切られた、騙された、あるいはその陰謀に嵌った、という思いがどう蓄積されていったかを明快に説いてくれた。

 それが外からは、孤立主義、あるいは民族主義と呼ばれるものであるにせよ、プーチン大統領こそが、国を守りながらこうした負の感情を払拭してくれる、との思いだろう。それは、「偉大なる中華民族復興」の旗を掲げる習近平と中国国民に一脈通じるものがある。

 レヴァダ・センターは米国を含めた外国からの支援金を受け取ってきたために、最近ロシアで成立した「外国エージェント法」の適用を受け、その活動への当局の監視が厳しくなり、下手をすれば外国のスパイ扱いを受ける恐れも抱えることになった。

 それにもめげずグドゥコフ所長は頑張っているが、米国が資金を出してきたなら、なぜ彼のこれまでの調査結果からロシア人の考えなり思いなりを解析しようとしてこなかったのか、と問いたくもなる。

 そうしていれば、一度はやや落ち目に陥りかけたプーチン大統領を実は欧米諸国が救った、などと最大の皮肉をもって評されることもなかっただろう。

 グドゥコフ所長からは、日本の諸報道を見慣れているこちらには些か意外な指摘もあった。18歳以下の若い世代が最もプーチン大統領を支持する層、というのだ。

 その論によると、彼ら-18歳以下の世代はもちろんソ連など知る由もなく、物心ついた時にはすでにプーチン時代であり、今に至る西側への反発が底流を流れる社会と教育の中で育ってきている。

 また、欧州のいくつかの国とは異なって、ロシアでは失業率の一番低い層でもあるために、社会での不満が然程大きくは蓄積されていないこともプーチン支持に繋がっている。

 ただ、撥ね上がり(反政府というより反文化的な色彩が濃い)は全体の5〜10%ほどはいるだろうし、概して知識を持つ大都市の中産階級の子弟が多いことから、彼らが将来の反政府勢力の指導者になることを政権は警戒しているという。

国民から人気がない国会やメディア

 将来の指導者が出るかどうかはさて措き、ロシアの若者に起こっている現象は、半世紀近く前の日本の全共闘運動に比せるもののようにも聞こえる。

 グドゥコフ所長からはさらに、「どの人物・機関・組織がロシア国民の生活に最も影響を与えているか」との世論調査の結果が示された。

 それによると、回答者からの得点が多い順に、大統領、軍、FSB(ロシア連邦保安庁、昔のKGB)、大統領府、政府、オリガルヒ・銀行、検察、上院、メディア、司法、下院、警察、知事、大企業経営者、教会、政党、知識層、労組、となる。

 これはロシア人の実感をよく表しているようだ。今のロシアで大統領が一番なのは当然として、政府が軍やFSBよりその影響力で下となり、議会は大して尊敬もされず、メディアや司法、警察、地方政治家はランキングの下位をさ迷い、政党はそれよりさらに低い価値を付けられる。そして、知識層はまたさらにその下でしかない。

 このまま行ったら、ロシアの社会は米国の「怒れる白人」のそれと大差ない方向に向かってしまうのではないかと余計な心配の1つも、だが、さて、では同じ調査を日本でやったならどんな結果が出るのだろうか、とふと思ったものだった。

筆者:W.C.