相川コミュニティセンター


 高知空港から山間部に向かって車で1時間程度走るとたどり着く、高知県土佐郡土佐町。早明浦ダムを見ながら、「道の駅土佐さめうら」を超えた先に、目的地の小学校はあった。そこはいま小学校とは異なる使われ方をしているという。

 バブル時に作られたというこの学校施設は広く、高い天井が印象的だ。外からの印象は寂れた廃校だったが、中に入ると白い壁やしっかりと磨かれ光っている木の床が美しい。現在は「相川コミュニティセンター」として地域の集い場としてだけでなく、光インターネット回線を完備させた「シェアオフィス相川」として活用されている。

 管理をしているのは、れいほくNPO。もともとは1階のみが地域とのコミュニティーエリアとして利用されていたというが、今では1階だけでなく2階、3階部分も会議室やオフィススペースへと生まれ変わっていた。ちなみに「れいほく」とは、嶺北地域のことで、四国の大河である吉野川の源流域で、四国の水瓶と称される早明浦ダムのある中山間地域を指す。

相川コミュニティセンターへ入る。中はとってもきれい


 れいほくNPOで事務局長を務める高橋誠さんは、もともとこの町の生まれ。だが、進学、就職と東京に出ていたため、自分も移住者に近い存在と笑う。

 今回はこのNPOの取り組みについて、高橋さんと、オフィスを構えるサンファースト株式会社の伊藤俊介さんに話を伺った。

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あの神山町ではなくゼロから携われる嶺北エリアへ

 嶺北エリアに移住して3年目という伊藤さんは静岡県出身。高知県とはなんの縁もないが、小さいころから山が好きで現在は念願の田舎生活を満喫している。

「東京にいるころは、月に3日は登山をしていました。小さいころから山が好きで今日も朝7時半から地域の人と農作業を手伝ってきたんですよ」

 東京で働いている間も、山好きは変わらなかった。しかし、仕事のキャリアをつくるには東京がいい。そこで出会った仲間がシンガポールで起業。これも縁だと、自身もシンガポールへ行き、ITエンジニアとして働いていたという。そしてシンガポールで、IT企業であるサンファーストの社長、畠山陽一氏に出会う。同社は現在、本社を横浜市のみなとみらいに置いている。

「一緒にシンガポールで食事をしていたとき、彼が興味があると持っていた高知県のシェアオフィスのパンフレットを見せてもらったのがきっかけでした。サテライトオフィスを考えていて、高知に行ける人を探していると。僕自身、そろそろ田舎に行きたいと思っていたので、その場でぜひと話をしました」

ITエンジニアとしてサンファーストのサテライトフィスで働く伊藤俊介さん


 伊藤さんは、多くのIT企業がシェアオフィスやサテライトオフィスを構える場所として有名な徳島県・神山町のことを知っていた。だからお隣の高知県への移住もイメージしやすかったのだという。

「神山にはすでにIT企業が多く、今さら行ってもどうかなと思っていました。せっかくやるならゼロから携わりたいと、高知県により魅力を感じたんです。また、嶺北(れいほく)エリアから高知市内まで車で40分。神戸までも3時間なんですよ。冬は寒いけれど夏は涼しく、秋は山がきれい。それでいて移動も便利なので理想的な環境ですね」

 伊藤さんの仕事はアプリの制作。そのため作業はネット環境が整っていればどこでも可能だ。

「ここの回線は1ギガで、利用している人が少ないからか、東京と比べても圧倒的に速度が速く、ストレスを感じることはありません。ちなみにさらに山奥になる自分の住んでいる村も、携帯の電波は届きませんが、村がWi-Fiを飛ばしています。横浜の本社とのやり取りは基本的には電話やチャット。お客さんや仕事相手と直接顔を会わせるのではなく、本社とのやり取りがメインなので問題を感じることはありませんね」

 普段は、午前10時から10時半に出社し、午後20時から23時の間に帰宅する。車での移動なので仕事が終わってから飲みにいくことはないが、ランチタイムにお弁当を食べながら棚田を見るのが楽しいという。お手本のような田舎暮らしだ。

伊藤さんが普段働いているスペース。基本は1人なので、スカスカだ


「田舎で暮らすためにITの仕事をしている」

 伊藤さんは仕事のために移住したのではなく、田舎暮らしを楽しむために移住し、ここで生業としてITの仕事を選んでいる。

「実は働くことへのモチベーションというよりも、ここに住むために働いているという気持ちの方が強いんです。ITの仕事は生業のためと割り切るのもいいんじゃないかと思っています」

 本当は林業などに興味があり、そちらの仕事もやっていきたいと考えている。そこで現在、実際に空いた時間に林業をしているという。

 林業の仕事では1日働いておよそ8000円稼ぐことができるそうだ。だが、本業のITの仕事の収益性にはほど遠い。

「朝から体動かして、やっと8000円。だから林業なんてやらなくなるよね」

 伊藤さんにそう語りかけるのは高橋さんだ。「ITのほうが間違いなく稼げるだろう」と続けると、伊藤さんも苦笑しながら同意する。それでも伊藤さんは、週3日ITの仕事をして週2日林業、という風に徐々にITの仕事を減らしていきたいのだという。

「山が大好きなので山が汚いのが許せないんです。害獣があふれるのも、山が汚れているからです。実際に身体を使うので大変ですが、林業をしている最中は自分でも生き生きしていると思います」

れいほくNPO事務局長の高橋誠さん


受け入れる側の意識改革が必要

「高知だから住んでいるというわけではなく、居心地がいいからこの町にいます。この町は外からの人を受け入れやすいのかもしれません」

 そう言う伊藤さんに高橋さんもうなずく。

「このあたりは、むかし、早明浦のダム事業などで外から人が入ってくる時代がありました。その後も、それぞれの町へ帰らずにそのまま住んでいる人が多い。ここはもともと移住者の町なのかもしれませんね」と高橋さん。

 早明浦ダムは1963年に着工され、1975年およそ40年前に竣工したダムだ。高さ106メートルで、四国地方最大のダムである。このダム事業で、多くの人々が集まってきたという。嶺北エリアには、もともと移住者を受け入れやすい町の気質があったのかもしれない。

 だが、それでも高橋さんが指摘するのは行政の受け入れ態勢だ。

「自分もこの町に住んでいたのは小学6年生までなので、移住者に近い。その経験から受け入れ側の重要性に気がついています。シェアオフィスやサテライトオフィスをつくって移住者を受け入れるといっても、箱だけ用意すればいい、時々役場の人間が様子を見に来ればいい、という考え方ではやはりだめですね。同じ空間で時間を過ごすことが大切です。そうすることで問題点も分かるし、移住者の人たちとコミュニケーションも取れる。

 自分の役割は、移住者の人たちと地域の人たちをさらにつなぐことだと思っています。伊藤さんも参加してくれていますが、私は地域の剣道の指導をしていて、大会にも出ています。そういう風に地域の人と交流することも私の仕事です」

 田舎に憧れを持ち移住してきた伊藤さんは、生業のためにと割り切って生活費を稼ぎ、日々の暮らしを楽しんでいる。それも移住者の心構えとしては必要な点だろう。だが、それだけでなく、高橋さんのように、移住者に寄り添い、地域の人ともつながる役割を持つ人がいることで初めて移住プログラムがうまくいくのだ。

2人は剣道の師弟関係でもあるという。


筆者:中村 祐介