「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

ふさわしい人」を探して迷走する中、亜希に一目惚れしたという男・宮田賢治とデートをするも、「海外志向がない」という一点だけで幻滅してしまう。

-そもそも彼には、ときめかない。

そう結論づける亜希だった。




青天の霹靂


「ここ、来てみたかったんです〜♡」

土曜日の午後、亜希は広告代理店時代の後輩マミちゃん(26歳)に呼び出され『ザ・カフェ by アマン』で待ち合わせた。

会うのはマミちゃんの結婚式以来だが、新婚の彼女はいつも以上に肌が艶々としている。身体中の細胞が「幸せ」と叫んでいるようで、亜希はその眩さにくらくらと目眩がした。

-結婚、かぁ...。

今の亜希にとって、結婚などという行為は異次元に思える。

愛し愛され、お互いに生涯を共にするたった一人のパートナーとして認め合う。そんな奇跡のような出来事が、亜希以外の女性には起こり得ていることがむしろ不思議である。

結婚は、したい。だけど、誰にもときめかない。亜希の心を鷲掴みにする男性が現れないのだから、どうしようもないのだ。

マミちゃんを通じてデートに誘われた宮田賢治も、「爽やかで良いかも」なんて思ったのも束の間、語学ができないことが発覚して頭の中の採点機は40点台まで急降下。

初デートのあと何度か食事に誘われたが、仕事も忙しいし、貴重なプライベートの時間を彼に割こうという気になれないまま、1ヶ月以上が経過していた。

不毛に終わった賢治とのデートを思い出していると、マミちゃんが亜希を覗き込むような仕草をして、遠慮がちに口を開いた。

「そういえば...宮田さん、彼女できたって知ってました?」


宮田賢治に、彼女?!私のことを好きだったんじゃなかったの?


私に一目惚れしたんじゃなかったの?


「...は?宮田さんに、彼女が...できた?」

動揺を悟られまいとする心とは裏腹に、言葉が上滑る。

-だって、彼は私に一目惚れしたんじゃなかったの!?

そう言いたい気持ちをなんとか押さえ、冷静に事実を確認する。

「か、彼女...とは、どこで、いつ出会ったんだろう?いや別に、どうでもいいんだけどね、そんなこと...」

そう、どうでもいいのだ。ただ、なんだろう、この敗北感は。

「なんかすみません...やっぱり知らなかったですよね。 早めに、知らせておいた方がいいと思って。

私も詳しく知らないんですけど、同じ会社の子って言ってたかなぁ?私は、亜希さんとうまくいって欲しかったんですけど...」

気まずそうに紅茶をすするマミちゃんの左手薬指にダイヤがきらりと瞬く。その瞬間、亜希は急に心が冷却されたかのように感じた。

「ううん、そもそも私の方も、彼はなんか違うなって思ってた。海外旅行とかも好きじゃなさそうだったし、話も合わなくて。だから全然、ぜんぜん気にしないで!」

早口になるのを、自分でも止められなかった。きっと強がりに聞こえただろうと思うと、悔しい気持ちがする。

だいたい、と亜希は思う。そもそも、もし二度目のデートに出かけて、賢治から告白されていたとしても、亜希は断っていた。

「海外志向のある男性がいい」とか「いまいちときめかない」とかあれこれ注文をつけて選り好みしていたのは亜希の方、だったはずだ。

しかし、賢治は今、亜希ではない女性と付き合っている。

-むしろ私は、選ばれなかった...の?

「ほら宮田さん、真面目で優しいから。結婚向きの男って感じですもんね。メガバンク勤務なら安定は間違いないし、結婚したくてたまらないにゃんにゃんOL に捕まっちゃったかな。宮田さんも、見る目ないですねー!」

マミちゃんが早口でまくし立てる言葉が虚しい。亜希は押し黙ることしかできなかった。

海外志向がない、などと瑣末なことを取り立てて、自分の理想と少しでも違うことに亜希が勝手に幻滅している間に、目ざとい女たちは「結婚向きの男」を見逃さず、瞬殺でさらっていくのだ。




「ねぇ、マミちゃんは何で結婚しようと思ったの?決め手は何?」

喉が渇いて目の前の紅茶を飲み干した後、話題を変えようとしてマミちゃんに問いかけた。同じ質問を、以前、元カレ・貴志にも聞いたことがある。

彼はあの時、「ダメなところも許せると思えたんだ」と言ったっけ...。

しかしマミちゃんはまだ若い。広告代理店で働く26歳、美人というよりは愛らしいルックスだが、愛想の良さで社内でも人気がある。華やかな業界で出会いの数も多く、引く手数多であることは想像に難くない。

「焦らなくても他にいい人いるかも...とか、迷わなかったの?」

怪訝な顔をするマミちゃんに、「あ、いや、もちろん彼は素敵だけどね」と慌てて言い添える。

しかし正直なところ、メガバンク勤務の彼にあっさり年貢を納めたマミちゃんが亜希は不思議だった。彼女なら、もっと条件のいい男といくらでも結婚できたように思う。

「もっといい人、かぁ」

マミちゃんは、亜希の言葉を咀嚼するようにして空を見上げる。しばらくうーん、と考えていた彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶようにして口を開いた。

「彼よりかっこいい人もお金持ちも、社会的地位の高い人も、そりゃ当然いますよね」

当たり前、という言い方で頷くマミちゃん。しかしその後間髪入れずに「でも」と続け、彼女はこう断言したのだ。

「そういう人に私が選ばれるかは別問題だし。そもそも恋愛も結婚も出会った人としかできないんだから、まだ見ぬ誰かと比べても意味なくないですか?

私は、私に“ふさわしい”のは、彼だと思ったんです」


マミちゃんの言葉にハッとする亜希。そして、ある光景を目の当たりにする。


彼の隣の、美女


-私に“ふさわしい”のは、彼だと思ったんです。

マミちゃんの言葉は亜希に、以前、親友のエミとともに良縁祈願に訪れた鈴虫寺の住職の話を思い出させた。

「あれこれ注文をつけてはいけません。ふさわしい人、それが一番です」

あの時そう言われて、心に刻んだはずだったのに-。

彼女と別れたあと、どうにも落ちてしまったテンションを上げようと、亜希は六本木ヒルズの『エストネーション』にコートを物色しにきた。

夜は取引先ブティックのオーナーと西麻布で会食がある。それまでにどうにか気分を上げたいのに、あれこれ試着しても全然しっくりこない。

もう少し丈が長ければ、とか、色味がもう少し明るければ、とか売り場には大量のコートが並んでいるのに、これ、というものが一つもなくてため息が溢れてしまう。

洗練された美意識に、強いこだわり。

フリーバイヤーとして活躍する亜希を作り上げたそれらの要素は、本来は誇るべきものだ。しかし今の亜希は、すっかり自分を持て余してしまっていた。

-あーあ、また振り出しかぁ...。

つい先ほど聞いた、宮田賢治の近況。手にしていると思っていたものは、知らぬ間にこぼれ落ちていた。




店を出て、当てもなく歩いていると、週末の夜だけあってカップルばかりが目につく。

すれ違う女性のファッションをチェックしてしまうのは亜希の職業柄なのだが、前方から旬のボルドーカラーのセットアップを着こなす華奢な女性に目が止まった。

ふわりと揺れるプリーツスカートの裾から覗く足首の美しさに、同性でも目を奪われる。

-彼女、可愛いな。

心の中で「合格」を押した後、彼女の隣を歩く男性に視線を送って...亜希は心臓が止まるかと思った。

-嘘でしょ?!

可憐なレディの隣に立っていたのは、あろうことか、宮田賢治だったのだ。

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宮田賢治が美女と歩く姿を目撃してしまった亜希。その心境に、少しずつ変化が?