J1最多直接FKゴール数を「24」に更新。また一つ経験値を増やした中村俊輔の駆け引きの“妙味”

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 今日は見に来てよかったな。たった一つのプレーで、そんな幸福感に観客を浸らせてしまう。ひざを打つ狙いが隠されているから、ミスさえも奥深い。中村俊輔だからこそ、なのだろう。

 その時は20分に訪れた。23日の明治安田生命J1リーグ。大宮アルディージャをホームで迎え撃ったジュビロ磐田の先制点だった。

 正面やや左、ゴールまで30メートル近くはあろうかという位置で得たFK。壁は3枚。左足から描かれたのは、いつもの鋭く曲がり落ちる放物線ではなかった。壁の右横をかすめる低い直線。交差した高橋祥平の股を抜け、GKを惑わせた。1度弾んで右のサイドネットにからみついた。

 これ、ミスキックだった。

 試合前の散水でピッチは濡れていた。球足は速まる。なので「直接狙うのではなく、ぶれ球というか。低くバウンドさせて、GKが取りづらいボールを蹴ろうと思った」。そうやって弾かせたところを味方が押し込む算段。「蹴った瞬間、全速力で詰めてくれ」と何人かに耳打ちしていた。

 が、いざ左足を振り抜くと「ボールの芯に当たらなくて、ちょっとコースがずれた」。結果、自身が持つJ1最多の直接FKゴール数を24に更新するのだから「ラッキーというか、怖いね」と苦笑い。「ああいうのは初めて。逆に守る立場だったら、ああいうことも起きるんだと。勉強になる」。39歳はまた一つ、経験値を増やした。

 思い起こせば、横浜F・マリノスから移籍後の初得点も大宮戦の直接FKだった。3月のアウェイ戦。左上から巻いて落とす想定を、直前のGKの動きを見切って切り替えた。壁の右すれすれを越し、鋭角に沈む軌道。「壁のすぐ上なら、GKは(ボールが壁を通過するまで)見えない」。平然と解説したものだ。技術だけではない。勝負における駆け引きの妙味をこの人は伝えてくれる。

 そういえば、あの移籍後3試合目の後、こうも話していた。「一つのプレーでがらっと流れを変えられるのがお前だって(監督の)名波さんは言ってくれる。FKはその一つ。でも、FK以外のところで試合を支配できるようになると、もっといい」

 半年が経ち、言葉通りの姿になっているのだから、さすが。攻勢に入れば2列目から起点に。クロスはもちろん、ドリブルで人垣に割って入ったかと思えば、引いてさばいて背後からの攻め上がりをうながした。流れが大宮に傾くと、重圧を避けて何げないパス交換を重ね、相手の勢いをはぐらかした。連係と意思疎通はよどみない。「俊輔選手が下がってゲームをつくるのはわかっていた。プレッシャーをかけたかったが、うまく外された」。敵将の伊藤彰監督の弁だ。

 10日に5人目の子どもが誕生した。ゴール後は照れながら、フィールドプレーヤー全員と揺りかごダンスを披露した。「ミヤ(宮崎智彦)が寄ってきて『やりますか?』って言ってくれたんで。アダ(イウトン)にも(小川)大貴のところにも子どもが生まれたし、家族への敬意で」

 温かい光景を祝い、2−1の勝利を見届けたヤマハスタジアムはほぼ満員。大半がサックスブルーの10番、「SHUNSUKE」と記されたレプリカユニホームに身を包んでいた。

 俊輔もまた、幸福な環境に身を置いている。

文=中川文如