ドイツ連邦議会(下院)総選挙の出口調査結果が発表され、支持者らを前に演説するキリスト教民主同盟(CDU)党首のアンゲラ・メルケル首相(2017年9月24日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】ドイツのアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相(63)は欧州の「緊縮の女王」と揶揄(やゆ)されてきたが、その一方で、難民からは救世主として歓迎され、新たな「自由世界の指導者」としての評価も高い。冷戦時代に鉄のカーテン(Iron Curtain)の旧東ドイツ側で牧師の娘として育ち、欧州一の経済大国ドイツの連邦議会(下院)総選挙で4選を確実にしたメルケル氏を国民の多くは「不滅の首相」と呼ぶ。

「ムティ(母さん)」とも呼ばれ、現実的で穏健路線を取るメルケル首相は、変化より持続性を好み、高齢化が進む富裕国ドイツで権力を保持するコツを会得している。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)やドナルド・トランプ(Donald Trump)氏の米大統領就任、その他の世界規模での危機的状況の数々のなか、メルケル氏は他国がうらやむ経済成長と雇用率を維持することに関心を向け続けることのできるドイツの支柱となってきた。

 メルケル氏が大切にしている信念が一つあるとすれば、それは共産主義国の東ドイツで育ったことから得た教訓だ。つまり、急速に変化する世界経済の中でドイツと欧州は何としてでも競争力を保ち、負債ゼロで居続けなければならないという強い信念だ。

 2005年にドイツ史上最年少、初の女性として首相の座に就いて以来、人々はメルケル氏とその党を選択し続けてきた。同時期にそれぞれの国を率いていた、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)氏、トニー・ブレア(Tony Blair)氏、ジャック・シラク(Jacques Chirac)氏の各政権は、とっくに終わりを迎ている。

 権力という虚飾に無関心のように見えるメルケル氏は現在も、ベルリン(Berlin)市内の集合住宅の一室でマスコミ嫌いの科学者の夫、ヨアヒム・ザウアー(Joachim Sauer)氏と共に暮らし、地元のスーパーで買い物をしたり、休日にはアルプス(Alps)にハイキングに出かける生活を続けている。

 メルケル氏は昨年、米大統領選でトランプ氏が予想外の勝利を収め、マスコミからリベラルな民主主義を担う新たな旗手と持ち上げられた際には「グロテスクでばかげた」考えだと、これを一蹴している。

■原発停止と難民受け入れ、大胆な政策判断

 難題への取り組みを先送りにしているとして批判を受けることも多いメルケル首相だが、2011年の東日本大震災に伴う福島第1原子力発電所での事故を受けて自国の原発の停止を命じたり、2015年以降に難民を100万人以上受け入れたりするなど、驚くほど大胆な決断も下している。

 移民の大量流入では、ドイツの国民およびEUの近隣諸国から反発を食らった。これを受けて、メルケル政権の終わりを予想する声も少なくなかった。

 ところが、新たに流入する移民の数が徐々に減少し、メルケル政権も難民政策を厳格化したことで、支持率は以前のレベルにまで回復。メルケル氏の支持基盤が強力であることから、国内メディアは、中道左派の議員らが対立候補として出馬したことを「政治的な自殺行為」と表現した。

 対立候補の一人だった社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ(Martin Schulz)氏は今年6月、具体的な政策を示さないメルケル氏の対応を「民主主義に対する攻撃」という表現で批判した。この発言によって、メルケル氏の多数の支持者から強い非難を浴びた。

 しかし、多くの政治評論家もシュルツ氏と同様に、ドイツ社会全体が政治的に無関心になってきているのはメルケル氏に原因があると批判した。

■東独育ちのポーカーフェース

 1954年にアンゲラ・ドロテア・カスナー(Angela Dorothea Kasner)としてドイツ北部の港湾都市ハンブルク(Hamburg)に生まれたメルケル氏は、生後間もなくして、ルーテル(ルター派)教会の牧師で左派の父親に連れられ、当時の人々の流れに逆行するように東側の小さな町に拠点を移した。

 伝記作家らによれば、警察国家で育ったことでメルケル氏は常にポーカーフェースを保ち、本音を隠すようになったと言われている。大半の学生たちに倣って、国家が主導する若者の社会主義運動に参加したが、旧東ドイツの秘密警察シュタージ(Stasi)への情報提供はせず、民主化運動からも距離を取り続けた。

 ロシア語が得意で、学業優秀だったメルケル氏は、ベルリンの壁(Berlin Wall)が崩壊した1989年ごろに当時結成されたばかりの「民主主義の出発(DA)」に入党。DAは後に、キリスト教民主同盟(CDU)と合流する。当時のヘルムート・コール(Helmut Kohl)首相からは、庇護(ひご)者のような立場でかわいがられると同時に「お嬢ちゃん」と呼ばれ下に見られてもいた。

■メルケル氏を見くびった政治家は痛い目に

 しかし、メルケル氏を見くびり、その代償を支払わされた政治家は少なくない。コール氏もそのうちの一人だ。1999年にコール氏が選挙献金問題で渦中の人物になると、メルケル氏はコール党首の解任を呼び掛けた。

 この動きで一躍注目を集めたメルケル氏は、アウトサイダーの立場からCDUを改革。進歩的な社会政策、徴兵制廃止、脱原発路線などを打ち出してきた。

 債務危機をめぐっては、危機に見舞われた欧州を支えるリーダーとして存在感を発揮。緊縮策を迫ったギリシャなどの南欧諸国からは「緊縮の女王」とのあざけりを受けた。

 米誌ニューヨーカー(New Yorker)はメルケル氏をこう評している。「頼りない男たちであふれたこの世界で最もパワフルな女性」と。4期目に入るに当たり、メルケル氏は国内では敵なしに見える。だが、課題は山のように待ち受けている。
【翻訳編集】AFPBB News