デリヘルに"素人専門"が増える意外な理由

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「風俗」では違法営業の摘発が後を絶たない。詐欺で客からカネを巻き上げる、未成年を違法に働かせる――これらに加えて、近年ますます問題になっているのが風俗営業店の「脱税」だ。摘発のため国税調査官は時に体当たりの「内偵」を行うという。中でも増え続ける「デリヘル」の脱税の手口とその暴き方を、元東京国税局主査の佐藤弘幸氏が明かす。

■売上からカネを抜く「売上除外」の温床

今回、取り上げるのは「デリヘルの脱税」だ。デリヘルは、デリバリー(宅配)ファッションヘルスの略称で、店舗型のファッションヘルスと同様、ヘルス嬢をホテルや自宅に派遣する男性向けサービスである。いわゆる風営法が平成11年(1999年)に改正され、無店舗型性風俗特殊営業第1号として認知された。

デリヘルは出張派遣というビジネスモデルなので、店の看板を街頭に出すことができない。そのためインターネットでの告知をメインとしており、ほかに繁華街にある風俗紹介スペースやスポーツ新聞などに宣伝することで集客している。平成11年(1999年)といえば、インターネット普及の初期にあたるが、デリヘル産業の市場拡大はインターネット普及と共にあったと言っても過言ではない。

彼らはどのように脱税するのか? デリヘル業者の会計は、売上、ヘルス嬢への報酬、家賃(事務所とヘルス嬢待機所)、広告宣伝費、ヘルス嬢のスカウトに対する報酬、従業員給料でほとんど完結する。そのため、売上からカネを抜く「売上除外(正しい売上を計上しない)」というシンプルな脱税手法がよく用いられる。

私が国税調査官として、ある繁華街の風俗業を担当していたころの話だ。素人専門デリヘル「プリンセスクラブ(仮名)」がターゲットになった。同店は風俗業未経験の女性がたくさん在籍していることをウリに繁盛していた。ところが、登録している女性が年々増えているにもかかわらず、売上がほとんど変わらずに申告されている。これが「クサい」と調査のアミに引っかかった。

■「真実のリスト表」はどこにある?

ある日、事前予告なしにプリンセスクラブに立ち入り調査を行った。場所は、とある繁華街の近くにあるマンションの一室だ。ドアを開けると奥のほうに派遣されるのを待つ女性が数人ソファに座っており、手前のデスクに客からの電話を待つ従業員、そして店長がいた。「○○税務署の佐藤です。法人税・消費税の調査にお邪魔しました」と訪問の主旨を伝えて中に入ろうとするが、店側はすんなり通さない。押し問答を数回して、ようやく中に入れた。さっそく申告漏れの重要な証拠を探すために、現物確認調査を行う。

私「女の子の派遣とサービス実績を記録した“リスト表”はどこにありますか?」
店「はい。こちらになります」
私「プリンセスクラブさんではこの紙のリスト表で管理されているのですか?」
店「はい。こちらのシートにすべて手書きで記入しています」
私「……わかりました(こりゃ、クサいな)」

■「原始記録」はどこにある?

手書きならば、予約のキャンセルやサービス開始後に延長した場合などに、上から取り消し線を入れて訂正などがされるのが普通である。ところが渡された紙のリストにはいっさい上書きがない。店長はウソをついている、と私は直感した。調査では「真実が記載されたリスト表の原本」を把握することが適正な課税をする上での生命線になる。これを部内用語で「原始記録」と呼ぶ。

デリヘルを運営する経営者はインターネット上での集客に力を入れており、ITにはそこそこ詳しい者のはずだ。リスト表が手書きだとしても、データ化して表計算や給与計算に利用するはずだ。どこかに「原始記録」(リスト表の原本やデータ)があるはずだ。机、ロッカー、金庫など、部屋の中にあるモノをすべて調べる。すみずみまで調査したが、残念ながら「原始記録」は発見できなかった。

ならば、デリヘル嬢への聞き取り調査だ。彼女たちは働いた分の給料を店からきちんともらうため、出勤日時やサービス本数、オプションなどを個人的に記録している場合があり、そこから本当の売上が判明し、不正が発覚することがある。しかし、彼女たちは「メモしてない」と言う。店長からかたく口止めされているのかもしれない。ないと言われた以上、さらなる追及はむずかしい。

数時間にも及ぶ無予告調査だったが、これ以上の収穫はのぞめないだろう。「今後もきちんとリスト表に記録をお願いいたします。ご協力ありがとうございました」と言って店をあとにした。しかし、これで終わりではない。あたかも調査が失敗したように見せかけただけである。税務調査官の反撃はここからだ。

■「内観調査」と「張り込み」による逆襲

まずターゲットであるプリンセスクラブのホームページを閲覧して、毎日の出勤状況をデリヘル嬢別に時間帯でトレースしておく。出勤状況はサクラ(架空の出勤)であることも少なくないが、記録しておくことが大切だ。

次に、国税調査官が実際に電話で予約して、プリンセスクラブのサービスを客として利用する。調査官が顧客となって店舗の内部に立ち入る「内観調査(内偵)」だ。予約時には必ず「指名」して、「有料オプション」も申し込む。プレイ料金は売上に計上していても、指名料や有料オプションを売上から抜く業者がいるからだ。内観調査は多ければ多いほど、あとからの追及で効果を発揮する。

きわめつけは、探偵かと見まがうほどの「張り込み」である。デリヘルの入るマンションの向かいの部屋を借りて、ビデオカメラをマンションの玄関へ向けて設置する。デリヘルは、たいてい送り迎えにクルマを使うので、そこで乗り降りする女性は出勤している嬢と考えて間違いないだろう。都心の繁華街では、嬢は歩きで客のもとへ向かうことも多いので、その場合は追尾する。このようにして、嬢の出勤だけではなく、サービスが提供される状況を記録しておくのだ。

数日後、私たちは再度「無予告」でプリンセスクラブに無予告調査をした。前回「今後もきちんとリスト表に記録をお願いいたします」と言い残したことには意味がある。店長は「どうせバレないだろう」と前回同様に偽造したリスト表を提出することになる。なぜなら、調査後に正しく売上を記録すると、減らしてごまかしていた分の売上が急増することになり、明らかに不自然だからだ。正しい記録をやろうとしてもできないのだ。

この数日で「内観調査」や「張り込み」を行い、執拗に記録を取り続けていた。その正確な数字が、手書きで偽造された紙のリスト表と大きく異なっていたのは言うまでもない。再臨場調査では、数取りデータと偽造されたリスト表の開差をもとに、プリンセスクラブは当局により厳しく追及されることになった。

■「現金商売」の脱税金額は大きい

国税庁は毎年、「事業所得を有する者の1件当たりの申告漏れ所得金額が高額な上位10業種」という報道発表を行っている。

これはつまり、法人ではなく個人経営の店舗のことだ。1件当たりの申告漏れ所得金額がダントツで多いのは「キャバレー」「風俗業」で、平均で2000万円を超える申告漏れを指摘されている。風営法の関係で、デリヘルは「許認可」ではなく「届出制」のため、個人経営が多いのだろう。キャバレーはクラブ・バーのことであり前回(「敏腕部長を破滅させた"黒革の手帖"の中身」)ご紹介した通りだ。

■素人風俗嬢が増えると、脱税が増える?

デリヘルなどの風俗業はワキが甘いのか、はたまた単に税務署をナメているのかわからないが、彼らの基本が「現金商売」であることが不正額を大きくする原因の一つだろう。クレジットカードの「売上除外(正しい売上を計上しない)」は決済代行業者への調査でバレやすいが、客から店への支払いが現金である場合は記録がなければウソがつきやすい。目の前に現金があれば、人間は手を出してしまうものだ。脱税は「人間性」が出るものだとつくづく思う。

周知の通り、マイナンバー制度が導入された。マイナンバーはすべての国民に個別の管理番号をつけ、それに基づいて社会保障や個人情報の管理などの行政処理を効率的に行おうというものだ。風俗業界では本業を持っていながら副業としてダブルワークしている嬢も多く、導入当初は従事する貴重な人材が逃げてしまうのではないかと懸念があった。実際はどうだったのだろうか?

■「素人」は国税当局も補足がむずかしい

マイナンバー導入による人手不足で風俗業界がしぼむかと思いきや、そんなことはまったくなかった。意外かも知れないが、今のところ風俗産業は不景気のあおりも受けず好調だ。どうやら風俗業者で真面目にマイナンバーを運用しているところは少ないようだ。店側はアリバイ会社(ダミー会社が源泉徴収票を発行する)などを活用したり、虚偽のマイナンバーで報告している。あるいはマイナンバーをデリヘル嬢から収集すらしないで、問題が起きたら店の代表者を代えるなどの強硬手段をとっている。

店にとって都合がいいのは、プリンセスクラブのように「素人専門」をウリにした風俗店が人気であり、そこで働く女性たちもほとんどが風俗業未経験のホンモノの素人である点である。プロではない彼女たちは、本業があるかたわらで少しだけ風俗店で働き、おカネが貯まればすぐに辞める。国税当局側からすると、彼女たちの捕捉がむずかしいのだ。デリヘルのような風俗店に普通の女性が増えれば増えるほど、脱税を追及しづらくなるとは、不思議な皮肉である。

新刊『富裕層のバレない脱税』では、今回の記事で書いたような風俗店などの現金商売から、宗教法人、富裕層の脱税まで、元国税局員としての経験をもとにさまざまな脱税手法を取り上げている。特に私が所属した国税局資料調査課(通称「リョウチョウ」)は、マルサを超える最強部隊とも称される部署であり、ターゲットは「大口」「悪質」「宗教」「政治家」「国際取引」「富裕層」など調査するのが困難な案件を多く担当した。その経験に基づいた本なので、脱税手法や税務調査に興味のある方は参考にしていただければ幸いだ。

なお、本稿は国家公務員法、税法および税理士法で定める守秘義務に配慮するため、一部創作を含んでいる。悪しからずご了承いただきたい。

 

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佐藤 弘幸(さとう・ひろゆき)
元東京国税局・税理士
1967年生まれ。プリエミネンス税務戦略事務所代表。税理士。東京国税局課税第一部課税総括課、電子商取引専門調査チーム、統括国税実査官(情報担当)、課税第二部資料調査第二課、同部第三課に勤務。主として大口、悪質、困難、海外、宗教、電子商取引事案の税務調査を担当。2011年、東京国税局主査で退官。著書に『国税局資料調査課』(扶桑社)、『税金亡命』(ダイヤモンド社)がある。

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(元東京国税局・税理士 佐藤 弘幸)