22日、新華日報は、日本留学中に日本人に中国語を教えていた中国人の手記を掲載した。

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2017年9月22日、新華日報は、日本留学中に日本人に中国語を教えていた中国人の手記を掲載した。以下はその概要。

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私は以前、教師は楽で暇な仕事だと思っていた。しかし、日本に留学した時、中国語教師を掛け持ちしてやってみたところ、自分がどれだけ軽率で無知だったかを思い知らされた。

私の最初の生徒は「おじさん」だった。初めて会ったのは秋、東京の紅葉が色づいてきた頃だ。カフェで長い時間待っていると、「すみません、先生。遅くなりました」と言いながら宮脇さんはやってきた。彼は最初から私を「先生」と呼んだ。私が娘くらいの年頃であることは、まったく気にしていないようだった。コンピューター関連企業で20年ほど勤めているという彼は、ある時、「学生時代に十分に勉強できなかった」と思い立ち、自分の興味があることを学ぶことにしたそうだ。

仕事が忙しかったが、宮脇さんは毎週必ずやってきた。宿題もやってこないことはなかった。ノートには時々、わからなかった問題が書き留められていた。学生の私よりも真面目だった。私は以前からよく聞いていた日本の「匠の精神」を思い出した。おじさんの自分に注がれた厳しい視線は国や社会にも向けられていて、私のような「部外者」にちゅうちょすることなくそれを語った。「残業代のために家族との時間を捨てるなんて馬鹿げているよ」。おじさんは「今の日本社会は人の情が薄くなった。狂ったように働くのを変えないといけない時だよ」と話した。良い会社員でありながら、良い父、良い夫でありたいと。

私が教えた生徒の中で、一番感動したのは西村さんという女性だ。大阪から東京に移り住んで長く、関西弁は出ないものの、関西人のオープンさと正直なところは変わっていなかった。彼女に出会ったのは私が東京に来て間もないころ。最初の授業から、彼女は「中国が好き」「三国志が好き」「中国人の性格が好き」「中国語の発音が好き」「中国料理の多彩な味が好き」と言っていた。彼女の真っすぐな目を見て、私はようやく自分の国の文化がこの国で受け入れられ、尊重されていると信じることができた。

授業の中で、生徒たちは中国語だけでなく、中国文化についても理解を深めていた。西村さんは以前、「中国人は親しい相手にはありがとうと言わない」と聞いて驚いていた。「じゃあ、どうするの?」と聞く彼女に、「時々、こうするだけです」と言って彼女の肩を軽くたたくと、彼女は恥ずかしそうな顔をしながら「こういう感じ、好き!」と言っていた。彼女の気持ちが私にはわかった。日本では礼儀が多いことが逆に人と人の距離を遠ざけてしまうことがあるので、中国人の「言葉を必要としない親密さ」がうらやましく感じたのだと思う。

彼女の言葉に、私は両親を思い出した。怒鳴り、しかってくれた愛情を、そして私の帰りをずっと待ち望んでいることを。その思いは、沈黙と温かい眼差しの中に隠れていた。異国に身を置くなかで振り返ってみて、私に蓄積された中国人の性格をはっきりと感じた。中国式の“愛”も実は、人からうらやましがられるものだったと、その時初めて気づいたのだ。(翻訳・編集/北田)