ネスレは職場向けにコーヒーマシンの無料配布を行っている。ネスレ「ネスカフェ アンバサダー」のサイトより。

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ネスレ日本は職場などに向けてコーヒーマシンを無料で提供している。それは専用カートリッジで自社のコーヒー粉を買ってもらうためだ。コーヒーマシンの製造企業の多くが、コーヒー豆や粉という「アフター・マーケット」を収益源にできていない。その違いはどこにあるのか。気鋭の経営学者が、ネスレのビジネス戦略に迫る。

■注目度の高い企業事例からいかに学ぶか

ネスレ日本のコーヒーマシン「バリスタ」。「ネスカフェ・ゴールドブレンド」などのコーヒー・カートリッジをセットして使うマシンである。ビジネスモデルの特徴は「ネスカフェ・アンバサダー」というプログラムによって、職場などの世話役となる人にマシンを無償提供することだ。1台で5種類のカフェメニューが楽しめるという高機能な機械を、なんと無料で配ってしまうのだ。その狙いはもちろん、コーヒー・カートリッジなどの定期購入である。

今回は、こうした注目度の高いマーケティング事例からいかに学ぶかを考えていく。ネスレ日本の取り組みを、表面的にコピーしようとしても、うまくいかないのがビジネスである。そこには複数のマーケティングの打ち手が巧みに組み合わされていることがある。

企業が、アフター・マーケットをめぐるネスレ日本の戦略性を自社に取り込むには、さらに複数の他社(あるいは他産業)事例との比較を重ねながら、ネスレ日本の事例に潜むハイブリッド的な要因の組み立てを読み解いていく必要がある。

以下では、そのための簡便で有効な思考を、川喜田二郎氏の「KJ法」を踏まえて私が考案した「KK法」(ネーミングもKJ法にならっている)に沿って紹介していく。

■学ぶ事例の幅を広げる

アフター・マーケットとは、製品の購入後に必要となる「補完財」の市場のことである。

たとえば自動車は、アフター・マーケットが大きい産業である。自動車の購入後には、ガソリンやオイル、損害保険や定期点検といった、さまざまな補完財が必要となる。アフター・マーケットを構成するのは、このような消耗品、アクセサリ、ソフトウェア、さらにはメンテナンスやリペアなどのサービス、等々である。今の日本のように基本的な産業や生活のベースが行き渡った成熟した社会において、企業が収益性を高めるには、アフター・マーケットへのアプローチが重要となる。

■収益源を探る「KK法」の手順

では、このアフター・マーケットへのアプローチの方法を、広く産業や企業の事例から学ぶには、どうするか。KK法の手順は「列挙」→「拡張」→「分類」→「意味づけ」というものだ(図1参照)。

(1)まずは、アフター・マーケットを収益源とすることに成功しているのは、どのような企業、あるいは産業なのかを、思いつくままに列挙していく。

(2)続いて、前提条件は同じなのに、結果は異なる企業や産業(今回は、アフター・マーケットは大きいのに、アフター・マーケットを収益源にできていない企業や産業)を列挙していく。列挙事例の幅を、実験計画のような発想で拡張していくのである。

図2には、この(1)そして(2)の2つの手順から導き出した「アフター・マーケットが大きい産業」を示している。

(3)次は分類である。(1)(2)の手順で列挙した企業あるいは産業を2つ、あるいはそれ以上のグループに分けてみる。

(4)仕上げのステップは、意味づけである。(3)の分類による各グループ内の企業や産業に共通して見られる、経営やマーケティング上の特徴(共通項)を洗い出す。そして異なるグループの間でそうした違いが、なぜ生じるかを検討する。

当然ながら、どのような区分による分類であっても、グループ内の構成要素に共通の特徴や存在理由が、常に見いだされるわけではない。KK法では、意味づけが見いだせない場合には、(3)のステップに戻り、新たな区分による分類を試みる。あるいは、首尾よく意味づけが見いだせたとしても、さらなる意味づけを、別の切り口から行うことができないかも検討する。この循環を繰り返すなかで、KK法による企業事例分析は深まっていく。

■列挙し、拡張し、分類する

図2には、コーヒーマシンを含めた、アフター・マーケットが大きい産業を列挙している。そして、それらを拡張しながら、分類を試み、3つのグループに分けている。

図2の3つのグループ各々の特徴を見ていこう。まず、(C)のグループを構成するのは、産業の主要企業がアフター・マーケットで存在感を示せていない産業である。これらの産業にとってのしょうゆ、コーヒーの豆や粉、そしてパソコンソフトは、大きなアフター・マーケットである。しかし、これらのアフター・マーケットの大部分は、容器や機器の主要製造企業とは異なる企業によって押さえられている。実はネスレ日本は、コーヒーマシン産業のなかでの例外的存在なのである。

(A)と(B)のグループの産業では共通して、アフター・マーケットが主要企業の大きな収益源となっている。一方で、(A)と(B)のグループには、違いもある。(A)の企業には、オープンな販売チャネルの採用が多く、(B)の企業には、クローズな販売チャネルが多い。

なお、クローズな販売チャネルとは、直営化や系列化などにより、企業が自社製品の流通網やサービス網への関与を強めたチャネルを指す。一方、オープンなチャネルとは、このようなチャネル・コントロールを志向せず、自社製品を自由かつ広く流通させるチャネルである。例えば、自動車はクローズ型販売チャネルを維持しており、家電製品はオープン型販売チャネルが中心である。

■違いと共通性を見つけ出す

さらに考えていくと、(A)と(B)のグループはそれぞれに、もうひとつの重要な共通項をもつ。(A)に属する、安全カミソリ、TVゲーム、アイテム課金型オンラインゲーム、プリンタでは共通して、専用の消耗品やソフト(替え刃、ゲームソフト、追加コンテンツ、インクカートリッジなど)の購入が、その使用に欠かせなかったり、重要だったりする。そして、これらの産業の主要企業は、消耗品やソフトの特殊な仕様や特許によって、他社の類似品を閉め出し、アフター・マーケットを囲い込んでいる。

(B)に属するのは、自動車、建設機械、航空機、エレベーター、複写機である。このグループのなかには、消耗品やソフトの専用化が進んでいる産業もあるし、そうではない産業もある。たとえば、自動車には、ガソリンという消耗品の巨大なアフター・マーケットがあるが、自動車メーカーごとに専用化されているわけではない。一方、複写機では、トナーなどの専用化が進んでいる。

では、このグループの共通項は何か。このグループの産業に共通するのは、メンテナンスやリペアなどのサービスへの需要が大きいことである。そして、この需要を獲得しようとすれば、企業は、顧客との直接の接点となる販売店やサービス拠点などの運営へのかかわりを強めていく必要がある。クローズな販売チャネルは、この必要にこたえるのに適しているとともに、アフター・マーケットにおける、消耗品の専用化と並ぶ、もうひとつの差別化の源泉となる。

■マーケティングの可能性が見えてくる

以上のKK法による複数事例分析から、何が見えてくるか。

第1に、アフター・マーケットは、企業が戦略的に取り組まなければ獲得できない。自社製品に大きなアフター・マーケットがあったとしても、常にそれが企業の収益源となるわけではない。

第2に、アフター・マーケットを収益源化するひとつの道筋は、消耗品、あるいはアクセサリやソフトウェアなどの専用化である。自社製品に必要な各種の消耗品などを専用化することができれば、オープンに幅広く販売を行いながら、企業はアフター・マーケットを囲い込むことができる。

コーヒーマシンの製造企業の多くが、粉や豆のコーヒーというアフター・マーケットを収益源にできないなかで、ネスレ日本は例外的にアフター・マーケットにおいても大きな収益をあげている。これは、ネスレ日本が、自社のマシンに専用のカートリッジで粉のコーヒーを提供しているからである。ネスレ日本が戦略的なのは、このアフター・マーケットの収益化に必要な道筋を、きちんと押さえていることである。

第3に、アフター・マーケットを企業が押さえるには、もうひとつの道筋がある。販売チャネルのクローズ化である。販売チャネルのクローズ化は、企業がリペアやメンテナンスなどのサービスにおいて、差別化された顧客との接点を実現することに貢献する。

ネスレ日本がさらに戦略的なのは、この道筋においても、オフィスでのバリスタなどの共同利用者を対象にした独自のeコマースサイトを設立し、顧客の補充購買の簡便化という差別化を実現していることである。

考えてみてほしい。専用カートリッジなどの競争戦略上の危うさは、いずれは特許切れなどの問題に直面することである。この問題へのひとつの解は、顧客が次々と最新のマシンに乗り換えるようにうながし、マシンごとに新たな特許を取得したカートリッジを導入することである。しかしコーヒーマシンは、そもそも頻繁に買い換える製品ではない。そこで浮上することになるのが、顧客の補充購買のクローズ化という、もうひとつの解である。ネスレ日本の戦略の周到さにうならされるのは、問題が顕在化する前に、このもうひとつの取り組みを開始していることに気づいたときである。

■まとめ―代替要因の把握がカギ

マーケティングのモデルを読み解いたり、組み立てたりする際には、因果関係の代替要因の潜在(=他の要因でも類似の効果を実現できる可能性)に気をつけなければならない。事例分析では、成功の要因がひとつ見つかると、すべてがわかった気になりがちだが、そこは貪欲に、さらに他の要因がはたらいていないかを検討してみるべきである。たとえば、消耗品の専用化は、アフター・マーケットを押さえるひとつの要因だが、別の攻め筋もある。このことを見逃していると、企業は次の一手を打ち損なう。

アフター・マーケットにかぎらない。マーケティングを戦略的に展開していくには、複数の代替要因を押さえておく思考が欠かせない。産業や企業の事例にもとづく、KK法は代替要因把握の有力な方法である。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)