資産家老人をカモにする「後妻業」の手口

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妻に先立たれた資産家の高齢男性。寂しさから結婚相談所に登録すると、そこで待っているのは「後妻業」のプロ女性たちだ。長い人生の経験もあり、仕事を通じて見識も持っているはずの高齢男性が、なぜいとも簡単に騙されるのか。その手口を紹介しよう――。

■実話がベースだった、小説『後妻業』

京都や大阪を舞台にした高齢男性4人への殺人および強盗殺人未遂に問われた筧千佐子被告の裁判員裁判が、6月26日から始まった。当初、弁護側は無罪主張で臨んでいたが、ここに来て筧被告が一転して元夫の殺害を認めたことで審理の行方が注目されている。

筧被告のように“財産目当て”で高齢男性を狙い、入籍あるいは内縁関係になったあと、遺産を根こそぎ狙うやり方を俗に「後妻業」と呼ぶ。2014年に同名の小説を世に問い、この言葉を世の中に定着させた作家の黒川博行氏は次のように話す。

「公判では4つの事件が裁かれているだけですが、新聞記者などに聞くと、筧被告が実際に手をかけた男性は10人に及び、奪った遺産は10億円ともいいます。昔から色仕掛けで老人を食い物にする例はいくらでもありました。私が『後妻業』のモデルにしたのも、知人から相談された話だったのです」

それは、関西地方の元公務員が巻き込まれたもの。先妻と死別した彼が91歳で結婚相談所に登録すると、そこに近づいてきたのが78歳の女性。あるとき、2人で公園を散歩していると、男性が倒れた。そして、その女性は無理やり自宅に連れ帰って、そのまま放置したのである。ところが、その倒れた光景を近所の人に目撃されていたことがわかり、しかたなく救急車を呼ぶ。もっともすでに手遅れで、男性は人事不省のまま半年後に亡くなった。

「すると、その女が『籍は入れていませんが、こういうものがあります』と、公正証書遺言をタテに遺産の独り占めを主張してきました。当然、男性の娘姉妹は驚きます。彼女たちは『1億円ぐらいはあったはず……』と話していましたが、父親のマンションに行くと、預金通帳や有価証券が入っていたはずの金庫には穴が開けられて空だったそうです。後の調査で、彼女の周辺では過去10年だけで4人の元夫が死亡していたことがわかりました」(黒川氏)

■後妻業の女性にはすべてが筒抜け

長い人生の経験もあり、仕事を通じて見識も持っているはずの高齢男性が、後妻業の女性にいとも簡単に騙されるのには理由がある。彼女たち後妻業のプロが使う手口を調べると、全国のどこにでもある結婚相談所を実に巧みに活用していたのだ。

高齢の独身男性が結婚相談所に入会しようとすると、入会金や年会費などの費用がかかる。それも決して安くはないので資産家の男性が多く、プロフィールには資産状況まで書き込む。また、住所を見れば高級住宅地なら一目瞭然だし、番地の最後尾に3、4桁の数字がなければ戸建てだとわかる。

黒川氏は「それ以外にも家族構成や職歴、年金があればその金額まで記入しますから、後妻業の女性にはすべてが筒抜けになってしまいます。鵜の目鷹の目で獲物を見つけ、猛烈なアプローチをかければ、まさに入れ食い状態でしょう。まず、狙われたらアウトと思ったほうが間違いない」と嘆息する。

彼女たちがしたたかなのは、後妻業を掛け持ちしていることである。そのため通い婚の形を取るのだが、ベッドなどの家具を運び込む。そして、町内会などに顔を出すなどして、自分の存在を周囲にアピールしていく。

■慎重を期すべき公正証書遺言の作成

ただし、内縁なので公証役場で公正証書遺言を作らせないと遺産はもらえない。そこで、最期を看取るなどといった甘言を弄しながら、役場に一緒に行って作成させるのだ。男性にしても、別れるのが嫌なことに加えて、普段から疎遠になっている子どもに財産を遺すつもりなどはなからないので、唯々諾々と従うことになる。

最悪の場合、筧被告の事件のように殺されてしまう。黒川氏の知人の場合は事件化こそしなかったが、見殺しにしたという意味では殺人に近い。そこまではしないとしても、塩分濃度が高かったり、脂っこい食事を与えるとか、炎天下での散歩を強いるなどして、高齢男性の死期を早める方法はいくらでもあるはず。ところが、80代、90代の老人が死んでも誰も不審には思わず、司法・行政解剖はまず行われない。

■再婚後も円満な家庭はたくさんあるが……

相続・遺産分割などの事案も手がける大宮桜木町法律事務所の小川武士弁護士は「世の中の後妻の方の多くは、必ずしも遺産目的に結婚する女性ばかりではありません。後妻と結婚する大半のケースは良縁で、再婚後も円満な家庭はたくさんあるはずです」と語る。

しかし、それでもなお問題が起きるのが現実だ。それ相応の資産を持っていた親が亡くなり、遺言書がなかったりすると、その遺産を巡って骨肉の争いにさえなってしまう。被相続人が会社を経営していた場合は、株式の争奪まで含めた紛争に発展しかねない。

「高齢になって再婚する際は、相続争いが生じないよう、事前に遺産の引き継ぎ方を考えておいたほうがいいでしょう。理想的なのは、トラブルを避けるため、遺言書を公正証書遺言で用意し、しかも遺留分を考慮した内容にすることです。逆に遺産目的の後妻主導のもと、全財産を後妻に相続させるという遺言書を作られると、子どもは原則、遺留分として遺産の4分の1しか請求できません」(小川弁護士)

もしも遺言書がなければ、法定相続分に基づき遺産を分けることになる。男性に子どもがいれば、後妻が2分の1で残りを子どもたちが分け合う。ただし、後妻に連れ子がいて、養子縁組をされてしまうと、その子にも相続の権利が発生するので要注意だ。

高齢化社会が進むにつれて、こうした後妻業のプロが絡む事件は増えていくに違いない。しかも、その多くは水面下に隠れてしまう可能性のほうが大きい。とはいえ、高齢男性が最晩年を独りで暮らすのも寂しい。後妻をもらうとき、大事なことは何よりもお互いの愛情だが、それでも将来のリスクは考えておく必要がありそうだ。

(ジャーナリスト 岡村 繁雄)