大阪市北区天満橋にある青葉の直営「トコちゃん教室&Shop」(写真:会社提供)

妊婦さんの9割以上が知っている「トコちゃんベルト」


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出産した女性の5人に1人がお世話になっているマタニティグッズがあります。大阪府東大阪市に本社を構える青葉さんが製造販売する「トコちゃんベルト」です。

「私どものベルトは、年間売り上げが約20万本です。出生数が2016年で約100万人ですから、妊婦さんの5人に1人に使われたことになります。あるマタニティ雑誌の調べ(『たまごクラブ』2014年5月号)では、妊婦さんの9割以上が『トコちゃんベルト』をご存じだったそうです」

そうさりげなく語るのは、青葉の渡部一博社長。妊婦の9割以上が知っていて、さらにそのうちの2割の方が使っているというのは、考えてみるとスゴイこと。筆者の周囲でも、男性はまったくと言っていいほど知りませんが、出産を経験された女性はほとんど例外なくその名を知っています。


トコちゃんベルト2(写真:会社提供)

しかし、この「トコちゃんベルト」、発売当初はまったく売れなかったそうです。そこで、開発にかかわる苦労話を渡部社長からお聞きしたのですが、途中、マスコミで現在話題になっている「おとなまき」の話になりました。実はこの商品も、母親と赤ちゃんのために青葉が開発したグッズなのです。以下「トコちゃんベルト」誕生から「おとなまき」開発に至るまで、青葉の歴史を振り返ります。


母子像と渡部信子氏(写真:会社提供)

渡部社長は学校卒業後、京都大学で技官としてコンピュータ関係の仕事に従事しました。同時期、後の「トコちゃんベルト」考案者になる奥様(渡部信子さん)は、京都大学医学部附属病院産科分娩部・未熟児センターに勤務(後に婦長)しており、そこで2人は出会います。

信子さんはその後、妊産婦の多くが訴える腰痛のケア方法を模索することになります。信子さん自身、産後の腰痛には苦しんだそうです。整形外科医からは「異常なし」と言われながらも症状は改善せず、足を引きずりながらのつらい勤務を経験しました。そのため、入院中の妊産婦さんの苦しみはひとごととは思えなかったのです。

2人3脚の「トコちゃんベルト」普及活動


渡部一博社長(筆者撮影)

そんなある日、受講したセミナーで「腰痛の原因は骨盤にあり」という説明を受けて衝撃を受けます。そして、整体、カイロプラクティック、操体法などの理論技術も取り入れ、試行錯誤の末に「トコちゃんベルト」の原型を作成しました。その後、患者さんの意見を参考に素材を吟味、立体裁断も取り入れて、妊娠初期から産後までをカバーする腰痛緩和ベルト「トコちゃんベルト」旧型が完成。1995年のことでした。

それから2年後の1997年、親戚の方に社長をお願いして、「トコちゃんベルト」普及のための会社・青葉を設立しました。この頃、一博氏は、およそ10年前に遭った交通事故の後遺症に悩まされていましたが、奥様の事業の手助けにと青葉に役員として入社します。以後、2人3脚の「トコちゃんベルト」普及活動が始まります。

体を家に例えるなら、骨盤は土台。直立2足歩行をする人間にとって、上半身の重みと足からの衝撃がすべてかかる骨盤はまさに「体の要」の役割を果たしています。昔は、歩くこと、しゃがむこと、立つことが日常生活の一部で、骨盤を支えるじん帯や筋肉が丈夫でした。江戸時代、お伊勢参りの参拝者は1日30卍度を歩きましたし、参勤交代では武士たちに交じりお供の女性も同程度の距離を歩いたといいます。特に各藩とも財政が逼迫してくると宿泊費用を減らすため先を急いだので、距離はさらに伸びたそうです。まさに映画『超高速!参勤交代』が現実だったのです(映画では、湯長谷藩の一行は1日40劼龍行軍でしたが)。

しかし車社会の到来と生活様式の変化により、現代人のじん帯や筋肉は驚くほど弱まり、妊娠すると骨盤がゆるみすぎるようになりました。このゆるみが、便秘や頻尿、腰痛を引き起こし、さらに子宮を圧迫して胎内の赤ちゃんにも悪影響が出ます。しかし、今さら短期間でじん帯や筋肉を強化するのは無理な相談です。


骨盤の仕組み(図:会社提供)

そこで「骨盤ケアの3原則」が考案されました。下がった子宮を「あげる」、ゆるんでいる骨盤を「トコちゃんベルト」で「ささえる」、ゆがんだ骨盤を体操で「ととのえる」の3つを繰り返すというものです。なお「トコちゃんベルト」の装着は、助産師さん、産婦人科医などの専門家に教えてもらうと確実です。関西在住の方は、北区天満橋に同社直営の「トコちゃん教室&Shop」がありますので、そちらにお問い合わせいただくのもいいと思います。

“世界初”の商品だからこその苦悩

しかし、産婦人科の現場から生まれた自信作も、当初の販売は苦労の連続でした。「発売から3年間、まったくと言っていいほど売れませんでした。“世界初”の商品なので、誰もまともに取り合ってくれません。会社は在庫の山でした」(渡部社長)。

この苦境をどうやって乗り越えたのでしょうか。渡部社長は当時を振り返って3つのポイントを挙げます。

助産師学会、産科婦人科学会などの展示会にできるだけ出品

知り合いなどが買ってくれたわずかな売り上げから資金を捻出して、全国のお産に関係のある展示会に出品しました。何しろ誰も見たこともない商品なので、触って体験してもらうことがいちばんです。実際に着用すると、皆さん専門家なのでその効果もすぐにわかってもらえました。

妊娠、産後をキーワードとするホームページの立ち上げ

1999年春、妊娠と産後の腰痛ケアの情報発信を目的にホームページを開設しました。「妊娠・産後・腰痛・尿漏れ」で検索すると、ほとんどの人は同社のホームページにたどり着きます。開設当時は月20ほどのアクセスでしたが、今では月15万〜16万アクセスの人気サイトになりました。商品の問い合わせも多く、通販サイトも開設して現在に至っています。

産科医療分野で「トコちゃんベルト」の効果について研究発表

2001年春、突然、問い合わせの電話が入りました。「うちの患者で産後歩行困難になった女性がいます。それが、そちらのホームページで買ったベルトを着用したら、目の前でトコトコ歩いたのです。このベルトの効果を研究し発表している医師はいますか?」というものでした。

電話の主は、東京お茶の水にある浜田病院の副院長・合阪(あいさか)幸三先生でした(当時)。そんな方はいませんがとお答えすると、「ぜひ、私のほうで研究して発表したい」というありがたいお話でした。その後、合阪先生は日本産婦人科学会、周産期・新生児医学会で研究を発表、論文も執筆されています。

これ以前にも、ほかの先生が論文で「骨盤支持ベルト」として紹介してくれたり、日本母性衛生学会でも産後の腰痛緩和、尿漏れ改善に効果があると報告されました。医学界でも徐々に「トコちゃんベルト」の効果が認められてきたのです。

なお「トコちゃんベルト」の名前は、お産を意味する「toco」から取られていますが、先ほどの患者さんの例のように、“トコトコ・ちゃんと歩けるベルト”の願いも込められているとのこと。ここらはいかにも大阪的なネーミングです。

「産後の人たちに心からすすめます」

「販売で苦しんでいたときに出合ってうれしかったのが、有名女性作家のエッセーでした」


そう言って渡部社長が紹介してくれたのが、2004年発売のよしもとばななさんの『こんにちわ!赤ちゃん』(新潮文庫)でした。よしもとさんは、大変な難産で恥骨が離開してしまい、全治3カ月から半年と診断されます。

車いすの生活を余儀なくされますが、2週間後に産院で勧められた「トコちゃんベルト」を試しに着けてみました。

「産後には青葉という会社の『トコちゃんベルト』がすごく有効。(中略)腰もこれを締めていると安定して、つたい歩きながら、痛いけどかろうじてできる。すごい!」、そして「産後の人たちに心からすすめます」と締めくくられています。なかなか効果が周知されずに苦労していた時期だったので、大いに励まされたと言います。

「トコちゃんベルト」の販売も軌道に乗ってきたので、生まれた赤ちゃんのケアにも取り組みました。最近の赤ちゃんは、母親の骨盤の歪みから分娩のときに体が引っ掛かって首の骨がずれたり、誕生後も仰向けに寝かせておくと向き癖がついたりします。これが頭の歪みを生み、後に肩こりや頭痛の原因になるのです。昔の農村では、母親が農作業の間、傍らに桶を用意してそこに赤ちゃんを寝かせていました。体が丸くなって背骨が胎内にいたときと同じC字形になるので、気持ちよく寝たそうです。

この方法を現代に応用したのが、「おひなまき」です。全身を丸くし、軸をねじらず、手足を伸ばさないよう布で巻きます。信子さんはそのための商品として、綿100%素材の特殊なメッシュ生地を採用しました。ぴったりと包まれても布に伸縮性があるので、赤ちゃんは中で手足を動かすことができ、母親の胎内にいるような気持ちですやすや寝てくれます。

何も言えない赤ちゃんは本当に気持ちがいいのか?


おとなまき(筆者撮影)

しかし疑り深いのが人の常。赤ちゃんは何も言えないので本当に気持ちがいいのかわからないのでは、という人も出てきます。それなら、と考案したのが冒頭で触れた「おとなまき」です。大きな布に包まれた姿がまるでミノムシやミイラのようだと話題になりました。

8月13日の日本テレビ系「行列のできる法律相談所」、8月24日のMBS「メッセンジャーの〇〇は大丈夫なのか?」、9月6日のフジテレビ系「めざましテレビ」などで相次いで紹介されたことから、幅広い知名度を得ました。

トコ助産院の院長として登場する奥様の信子さんの指導の下、半信半疑で布に包まれた大人たちは、10分後すっかりリラックスした表情で顔を出し、異口同音に「すっきりした」「気持ちよかった」と感想を述べます。なお、体験の前後で前屈の数値が8儖幣絅▲奪廚靴燭箸いκ鷙陲發△蠅泙靴拭

実はこの「おとなまき」、筆者も特別に体験させてもらいました。最初は窮屈かなと思いましたが、メッシュの生地が伸び縮みして拘束感はありません。頭の後ろを枕で支えてもらって丸い姿勢が安定すると、まるで羊水の中にいるような心地よさです。わずか数分の体験でしたが、体も少し温かくなり、すっかりリラックスできました。なるほどこれなら、赤ちゃんも「おひなまき」で気持ちよく眠れるはずだと納得しました。

革新的な商品は、意外な発想、形状などから、すんなりと世に受け入れられないことがあります。青葉の場合もそうです。しかしご夫婦で、妊婦や赤ちゃんのために何ができるかを真摯に追い求めたからこそ生まれた商品は、他社の追随を許さぬ特長(安全安心の日本製、生地は天然素材、商品に合わせた材料選び)を持ち、徐々に評価が定着していきました。

そして渡部社長へのインタビューで、発売当初の苦境を乗り越えた3つのポイントの話がありましたが、実はいちばんの心の支えは、自ら苦労して開発した「トコちゃんベルト」への絶対の自信だったのではないか、と思い当たりました。自らの商品への愛情がなければ営業は成功しない、というのは商売の鉄則ですが、渡部社長ご夫妻は、まさにその商売の王道を歩まれているんだ、と感じます。

妊産婦のスタンダードケアになる可能性も


『先端医療シリーズ48 「臨床医のための最新産科婦人科」』(先端医療技術研究所刊)

こうした青葉の商品が、医学界で高く評価されていることがわかる事例が最近ありました。『先端医療シリーズ48 臨床医のための最新産科婦人科』(先端医療技術研究所刊)の技術資料編に「トコちゃんベルトと骨盤ケア」が掲載されたのです。

本書は、各分野ごとに最先端の医療技術を紹介する権威ある書物で、将来、現場の医療関係者が困らぬよう最新情報を提供することを目的としています。ここに載ったということは、「骨盤ケアとトコちゃんベルト」が将来、妊産婦のスタンダードケアになる可能性があるということです。この本がきっかけで、渡部ご夫妻の思いのこもった商品が、さらに多くの妊産婦と赤ちゃんを助けるようになることを願っています。

なおこの「トコちゃんベルト」、じん帯のゆるみを軽減するという意味では、腰痛に悩む男性にも十分有効です。実は筆者も、渡部社長に教えてもらって「トコちゃんベルト」をひそかに着用。長時間原稿を書いても腰が快調なのは、そのおかげと感謝しています。お母さん方が20年間その効果を証明してくれた「トコちゃんベルト」を、ぜひ男性陣も活用されてはと思います。