リニア中央新幹線の営業車両「L0系」(記者撮影)

東海道新幹線と並ぶ新たな大動脈、超電導リニアによる中央新幹線の建設をJR東海(東海旅客鉄道)が始めた。リニアは時速500kmで走行し、完成すれば東京と名古屋の間が40分、東京と大阪の間が67分で結ばれる。

所要時間短縮がもたらす経済効果に加え、東京―名古屋―大阪間の輸送経路を二元化することで大規模災害に備えるという役割もリニアにはある。

九州新幹線や北海道新幹線のように国が建設してJRに貸し付ける整備新幹線とは違い、リニアはJR東海自身が事業主体だ。2027年末の開業が予定されている品川―名古屋間の総事業費は5兆5235億円。大阪延伸まで含めれば約9兆円の巨額投資となる。

新幹線客の半分がリニアに流れる

総事業費は内部留保や借入金で賄うが、債務過多の状態を避けるため、長期債務残高は5兆円以内という基本方針を設けている。同社は1991年度末の長期債務残高5.4兆円を15年度末に1.9兆円まで減らした。この経験から5兆円程度の債務なら確実に減らしていけるという自信があるのだ。

では、これだけの巨大プロジェクトははたして採算が成り立つのだろうか。リニアはJR東海の経営にどのような影響を及ぼすのだろうか。JR東海は2010年にリニア計画に伴う同社の収支予想を公表した。そこにはいくつかの前提条件が記載されている。


山梨リニア実験線で走行試験を行うリニアモーターカー(撮影:尾形文繁)

まずリニア大阪開業時には、新幹線からリニアへおよそ7200万人の利用者が移行すると見ている。試算当時の東海道新幹線の利用者は年間約1億3800万人なので、東海道新幹線利用者の約半分がリニアに流れるということになる。

リニアの運賃・料金については東海道新幹線に比べ、品川―名古屋間で700円、品川―大阪間で1000円高いという。この程度の割り増しなら新幹線の利用者の半分がリニアを利用してもおかしくないだろう。


2027年のリニア中央新幹線開業を待ちわびる名古屋。駅前では再開発が進む(撮影:尾形文繁)

時間短縮効果により新規需要も喚起される。JR東海の前提では、名古屋開業時にリニアと新幹線を合算した収入(料金単価増を含む)は、開業前から5%増えるとしている。その後も収入は毎年0.5%ずつ増えて10年後には開業前と比べ収入が10%増える。

大阪開業時には収入がさらに15%増える。名古屋開業よりも収入の伸び率が大きいのは、時短効果で現在市場シェア15%の東京―大阪間の航空機需要が、一気にリニアにシフトすると見るからだ。過去に新幹線開業に伴い航空路線が縮小ないし廃止された例は複数あり妥当性が高い。さらに、現行シェア3割程度の東京―岡山間や東京―広島間の航空機利用者のうち、一定数がリニア&新幹線に流れると同社は見る。

新規需要は時短効果だけがもたらすわけではない。リニア開業後は東海道新幹線の利用者の半分がリニアに流れるため、新幹線ダイヤに余裕ができ、熱海や浜松といった途中駅に止まる列車を増やすことが可能となる。それによって生まれる新規需要もわずかだが見込んでいる。現行では「ひかり」が1時間に1本しか停車しないような駅が、リニア開業後に1時間に3〜4本止まるようになれば、利用者はわずかどころか、かなり増えるのではないだろうか。

リニア大阪開業で収入は26%増

JR東海の収入は名古屋開業後10年で10%、大阪開業時にそこからさらに15%増えるため、合計で26.5%増えることになる。在来線や関連事業の売り上げは据え置いている。

費用については現状の経費に加え、リニア維持管理費(品川―名古屋間1620億円、品川―大阪間3080億円)など、リニア開業に伴うものが見込まれている。一方で、利用者が減る東海道新幹線の維持管理費用は1割程度の減少を見込む。

収支予測には物価上昇を織り込む一方、将来の経済見通しは考慮に入れていない。JR東海は「一般的な需要予測モデルを使った予測よりも収支想定は堅め」としているが、この予測は7年前のもので、現在の状況とはかなり違う。そこで当時の前提条件を活用しつつ、最新の数字に置き換えて、編集部独自の収支予測を作成してみた。

2010年に策定した計画では、一気に大阪まで建設を進めると長期債務残高が5兆円を超えてしまうので、名古屋開業を果たした後、数年かけて債務をある程度減らしてから延伸工事を始め、2045年に大阪開業するという2段階の計画になっていた。


リニアの大阪開業時に駅が設けられる新大阪駅(写真:ひ〜さん/PIXTA)

しかし、2016〜17年に、総額3兆円の財政投融資が行われたことでJR東海の方針が変わった。名古屋開業から間隔を置かずに延伸工事を始め、大阪開業時期を可能なかぎり前倒しすることになった。同社は「最速で8年前倒しが可能」としている。つまり最速で2037年に大阪開業が可能だ。

そこで今回は年度を通じてリニア効果が出る2028年度をスタート年度とし、大阪開業効果がフルに発揮される2038年度から4年後の2042年度までの15年間の収支を独自に予測した。

まず収入は2016年度の鉄道事業売上高をベースに、JR東海の前提条件を踏襲しリニア開業時に5%、その後は年0.5%ずつの上昇を見込んだ。大阪開業時にさらに15%収入が増えた後は、収入は横ばいという想定だ。

支払利息は、総額3兆円の財政投融資の平均金利0.85%で計算した。3兆円だけではリニア事業費の総額を賄えないので、毎年の営業キャッシュフローは長期債務(2016年度末で1兆8590億円)の返済ではなくリニア事業費に回し、長期債務は現状のままという前提にした。1991〜2015年度に長期債務を3.5兆円減らしたことを考えれば、年間1500億円程度のキャッシュをリニア事業費に回せることになる。

定額法と定率法は何が違うのか

ただし、今から20年間のキャッシュフロー合計は3兆円にしかならない。長期債務5兆円という縛りを設けたまま大阪延伸工事を行えるかどうかはやや微妙だ。

費用については、JR東海の判断で大きく変えられる項目がある。それは減価償却費だ。その計上方法によって、利益の額は大きく変わってくる。償却には、毎年一定額ずつ償却する定額法と、毎年一定の償却率を用いて償却する定率法という、2つの方法がある。

定額法は毎年の減価償却費を均一化できるというメリットがある。定率法は1年目の減価償却費が最も大きく、年を経るにつれ減っていく。償却初期の利益が減るのはデメリットだが、その分キャッシュが手元に残るし、償却初期の税金も減るというメリットがある。現在、JR東海は有形固定資産の減価償却は主として定率法で行うことを基本方針としている。

償却期間については、鉄道事業の減価償却資産は国が償却年数のガイドラインを定めている。鉄道車両(電車)が13年、信号機が30年、鉄筋コンクリート製のトンネルが60年といった具合に、設備ごとに耐用年数が決まっている。

JR東海は収支予測に用いた減価償却の方法や金額を開示していない。そこで、今回はリニアの設備全体を一括して30年で償却するという前提で、定率法と定額法の両方のケースでJR東海の収支を試算してみた。

定額法の場合は当初から2000億円を超える経常黒字。売上高の上昇に合わせ緩やかに経常増益が続く。2038年の大阪開業では売上高が増える一方で減価償却費も増えるので、それほど大きく利益水準は上がらない。それ以降は売上高が横ばいの一方、費用は物価上昇分だけ増えるので、利益水準は下がる。

一方で、定率法の場合は、初年度は経常赤字。ただし減価償却費が年々減っていくので、2030年度には黒字化。その後の利益は右肩上がりになる。大阪開業時に減価償却費がかさみいったん利益水準が下がるが、定率法の強みを生かし、その後の利益は回復に向かっていく。

リニアは「ペイする」のか

2013年にJR東海の山田佳臣社長(当時、現会長)が、リニア計画について「絶対にペイしない」と発言したことが物議を醸した。

東洋経済作成の収支予測を見るかぎり、リニア開業によってJR東海の経営が長期的に揺らぐということはなさそうだ。とはいえ、開業から15年を経ても経常利益は3000億円前後で、2016年度の5639億円には及ばない。東海道新幹線単独のときよりも利益水準が下がっているという点で、リニアは確かにペイしていない。

JR東海は、リニア建設は東京―名古屋―大阪という大動脈の二重系化が目的であり、金銭的な採算性を追求するものではないとしている。利用者にとっても新たな交通手段は歓迎できるものかもしれない。

一方、株価を気にする投資家にとっては不満かもしれない。あらゆるステークホルダーに対してリニアは成功したと胸を張って言えるのは、やはりリニアがペイするようになってからだろう。それは大阪開業からさらに20〜30年経って、全区間の減価償却が一段落してからという、遠く先の話になりそうだ。