演説するクルド自治政府議長。住民投票で独立多数となっても、独立への道は険しそうだ(写真:Ako Rasheed/ロイター)

イラク北部のクルド自治区でイラクからの独立の賛否を問う住民投票が9月25日に実施され、賛成多数となることが確実視されている。ただ、直ちに独立につながるものではない。マスウード・バルザーニ自治政府議長は、遅くとも2年以内にはイラク政府などとの交渉を終えて独立する考えを示しており、具体的な交渉はこれから始まる予定だ。交渉次第ではイラクが解体に向かうことになるが、イラク中央政府や周辺国が独立に反対しており、軍事衝突の懸念も浮上するなど事態は緊迫化の様相を呈している。

クルド人はイラク人口の約2割を占め、民族や言語、文化などが異なる。第1次世界大戦後のオスマン帝国分割に関する1920年のセーブル条約には、クルド人の独立が盛り込まれたが、トルコ建国の父ケマル・アタチュルクが反対して1923年のローザンヌ条約で構想は消えた。

国家なき最大の民族を襲ってきた悲劇

さらに、第2次世界大戦後のソ連占領下のイラン北西部マハーバードで、「クルディスタン人民共和国」が独立したが、ソ連の庇護を失い、1年も持たずに崩壊。このように世界史の荒波の中で建国の機会をたびたび逸し、「国家なき最大の民族」とも呼ばれている。建国はクルド人にとっての悲願なのである。

こうした悲劇にとどまらず、イラク北部のクルド人はサダム・フセイン政権(当時)の激しい弾圧を受けてきた。イラン・イラク戦争(1980〜1988年)でイランの支援を受けたクルド人勢力の反政府活動に手を焼いたイラク政府は、この戦争で優位に立った1980年代後半、クルド人居住区で「アンファル作戦」という掃討作戦を実施。5万〜10万人が死亡したとされている。特にクルド人地域の東部ハラブジャでは1988年3月に化学兵器が投下され、1日で約5000人が死亡した。

作戦ではクルド人が村や町から追われたほか、新たにアラブ人を移住させる「アラブ人化政策」も同時に推し進められた。原油産出地帯にある北部キルクークなどの人口構成が人為的に変えられたのだ。クルド人側は、キルクークは伝統的なクルディスタンに位置するとして、将来的な国家に組み込む意向を示している。しかし、キルクークはアラブ人やトルクメン人らも住む多民族都市で、原油資源とも絡んで独立問題の最大の争点になりそうだ。

こうした中で、クルド人にも追い風が吹き始める。湾岸戦争終結後の1991年4月、イラク周辺国への難民流入を防ぐため、米英仏はクルド人保護のため北緯36度以北にイラク軍機の飛行禁止区域を設定したのである。これを機に、クルド人は実質的な自治を開始して、独自の軍隊や行政機構を持ち、自治政府として北部地域を統治してきた。

このような自治は約25年間続いており、イラクの他地域に比べて治安が安定し、経済的にも発展しつつある。現在では、政治以外にも社会、文化的にもイラク離れが進み、30歳以下のクルド人の9割はアラビア語を話せない。現地のクルド人は「われわれは民族的に差別されてきた。宗派対立に明け暮れるアラブ人とは距離を置き、自らの手で平和な国家を建設するときが来た」と意気込みを語る。
 
クルド人の識者は「クルド自治区はもはやイラクの一部ではなくなっているという現実がある。クルド人国家についての理論的な話の段階は過ぎ去り、独立国家建設の具体的なプロセスに入っている」と、今回の住民投票の重要性を指摘する。

キルクークは分割交渉か

ただ、話はそう簡単ではない。クルド自治区は独立したとしてもイランやトルコなどに囲まれた内陸国家になり、周辺国の協力がなければ、国家運営は立ち行かない。クルド人はトルコやイラン、シリアなどにも住む総人口約3200万人に上るとみられる民族で、各国とも独立機運の波及を強く警戒している。

特に1200万〜1600万人のクルド人を抱えるトルコは、イラク国境近くで軍事演習を実施して住民投票を威嚇。クルド自治政府は、トルコを経由して原油を輸出しており、トルコの経済的な協力がなければ、すぐに国家運営が行き詰まってしまう。

このほか、イランも独立に反対しているほか、米政府も過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦への影響を考慮して投票の延期を求めた。独立に賛成しているのは、イラクの解体が進めば、潜在的な脅威が減るイスラエルぐらい。クルド人国家は、敵対的な国々に囲まれた中東では数少ない親イスラエル国家になるとみられているからだ。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「自分たちの国家を持ちたいというクルド人の正当な努力を支持する」との声明を出している。

イラク中央政府との交渉では、前述のどおりキルクークの帰属問題が最大の焦点になるだろう。キルクークでは2014年にISが侵攻した際、ペシュメルガ(クルド人治安部隊)がISを駆逐して現在はクルド人勢力が実効支配している。中央政府側は、キルクークを含む独立には断固反対する姿勢を示しており、専門家は「多民族都市であるキルクークについては分割という方向になるのではないか」と予想する。

また、国境線確定問題や、首都バグダッドなどに住むクルド人や中央政府で働くクルド人公務員や政治家の国籍問題、イラク債務の負担問題など難題が山積している。こうした中でも、バルザーニ議長は強気で、「すべての問題解決に向け、イラク中央政府や国際社会と真剣かつ友好的な対話に入る用意ができている。問題のすべてを2年以内に解決し、友好的に『グッバイ』と言うことができるだろう」との見通しを示している。

仮にイラク北部のクルド自治区が独立した場合にはどうなるだろうか。イラクでは2003年のフセイン政権崩壊後、多数派のイスラム教シーア派が政権運営で中心的な役割を担い、隣接するシーア派の大国イランの影響力が強まった。

これに伴って、スンニ派地域で中央政府に対する不満が強まり、ISの台頭を招く要因にもなった。こうしたイラク国内のスンニ派が、クルド人に続いて独立に向かうとの予測もある。いったんはイラクのナショナリズムが盛り上がる可能性があるが、現在の中東で続く宗派的な対立が解消されない場合は、周辺国が介入する形で、さらなるイラクの解体につながるおそれもあるだろう。

国家独立すれば中東に新たな不安も

一方、クルド自治政府内にも不安はある。2011年7月に独立した南スーダンは、日本の自衛隊が国際平和協力業務(PKO)を展開して道路建設などを行ったが、内戦状態に陥って混乱している。クルド自治区も政治的には一枚岩ではなく、バルザーニ議長のクルド民主党(KDP)とゴラン(変革)党、クルド愛国同盟(PUK)の順で3大勢力を占めている。民兵組織間の対立、自治政府による汚職や縁故人事、政府の非効率といった問題を抱えており、独立した場合には対立が深まる懸念もある。

周辺国が危惧するように、クルド人の独立機運は波及するだろう。内戦に陥ったシリアでは北部のクルド人勢力が自治を強化しており、将来的には連邦制のような議論になるかもしれない。

また、トルコ南東部と接するシリア北部では、トルコの反政府武装組織、クルド労働者党(PKK)の兄弟組織である「クルド民主統一党」(PYD)の軍事部門「クルド人民防衛隊(YPG)」がISの後退に乗じて、勢力圏を一気に拡大させている。シリア北部はPKKの拠点になっており、トルコへのテロを激化させる可能性もある。トルコがクルド人への弾圧を強めれば、クルド人が独立や自治拡大運動を強める悪循環に陥るかもしれない。

こうした地域が混乱に陥れば、弱体化しつつあるISが活動地域を得て息を吹き返すことにもつながりかねない。クルド人にとっての悲願の独立も、中東の新たな混乱要因となる可能性もあり、予断を許さない状況だ。