管理されるジャーナリズム “自由”を貫くメディアの価値

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Panenka
パネンカ(スペイン)
http://www.panenka.org/
2011年に創刊されたバルセロナ発のサッカーカルチャー誌

「サッカーがくれた夢を取り戻す」。
11のマニフェストに込められた想い 後編

INTERVIEW with
アイトール・ラグーナス(編集長)

ロジェル・クリアク(デスク)

アレックス・ロペス・ベンドレル(営業・広告)

経済危機にあったスペインで、紙媒体は消滅する寸前とも言われていた中で創刊した『Panenka』。サッカー界を2強が支配し「勝者を過剰評価する国」で、彼らが掲げる“社会、文化、歴史的な現象としてのサッカー”というコンセプトが受け入れられた理由はどこにあるのか。「パネンカの11のマニフェスト」に込められた思いを探る。

インタビュー・文 木村浩嗣
写真 エドゥ・フェレール・アルコベル

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管理されるジャーナリズム
君は質問する前に何と答えるのかはもうわかっているが、それでも質問する

──「中立」という言葉が出ましたが、マニフェストイ法伴分の好みは脇に置く”という意味のことが書かれていますね。あなたたちはどこのファンなんですか?

ロジェル「私はバルセロナでアイトールはサラゴサ、アレックスはヨーロッパ(バルセロナにある有力クラブ)と奥さんの出身のセビージャだ。このマニフェストで言いたかったのは『パネンカにはカラーはない』ということ。『マルカ』と『アス』がレアル・マドリー贔屓で『ムンド・デポルティーボ』と『スポルト』はバルセロナ贔屓であることはスペインでは誰もが知っている。我われはどのクラブからもチームからもリーグや国からも中立で、友好関係も対立関係もない」

アレックス「我われはサッカーの日々のニュースを取り上げる媒体ではない。だからあのプレーがオフサイドかどうかとか、ミスジャッジがあったとかの判断を通じて、どこかのクラブや特定の選手にくみすることは無意味なんだ。雑誌が取り上げるテーマの8割から9割は、時を経ても風化しないものだ」

──私の住んでいるセビージャではメディアだけでなく、ジャーナリスト一人ひとりにも贔屓チームがあります。これについてはどう思いますか?

アイトール「スペインには異なった意見が同居するという文化がなく、スポーツ紙も一般紙も徐々に機関紙化して、同じ嗜好や傾向に染まっていっている。そんな中で『パネンカ』は中立であり続けたいと思っているのだが、ジャーナリスト一人ひとりが贔屓チームを持つのは必ずしもネガティブだとは思わない。私はサラゴサファンだが、それはあくまでプライベートでのこと。記事を書く時はサラゴサファンとしてではなく、ジャーナリストとして書いている。もっともファンとしての感情を出した方が良い記事というものもあるが、それは『パネンカ』では例外だ」

──マニフェストΔ六笋發茲出ている記者会見について「退屈」と形容していますね。

アイトール「記者会見に出て来る者たちは何を伝えたいか事前に用意しており、発言をコントロールしているし、今は監督や選手、あるいはクラブにしても自分たちのメディアを持って発信している。だからこそ、記者会見や個別インタビューで、我われが目新しく興味深いネタを手に入れる可能性はどんどん低くなっている。会見やインタビューは官僚的な仕切り方でルーティンワークとして淡々と行われているのが普通。君は質問する前に何と答えるのかはもうわかっているが、それでも質問する」

──昔の記者会見はもっと面白かったのですか?

ロジェル「サッカーがモダンになるほどジャーナリズムは管理化されたというのは間違いない。クラブや監督、選手は独自メディアで発信していることを、脚本に沿ってジャーナリストの前で繰り返しているに過ぎない。20年前には非公開練習というものは存在せず、ジャーナリストは自由に練習場に入りシャワーを浴びたばかりの選手をつかまえて話を聞いたものだった。今は警察の立ち入り禁止テープみたいなものが張られて、『この選手は話をするが、この選手は駄目』なんて仕切られている。メッシのように1年間記者会見に出て来ない、なんてことは昔はあり得なかった。こういうビジネスモデルがメディアと選手との関係を悪化させている」

──私にとって取材活動とは試合に行き、記者会見に出ることでもあるのですが、あなたたちの取材活動とはどんなふうですか?

アイトール「記者会見には行かない。試合は機会があればという感じだ。例えば3カ月前、アイルランドと北アイルランドのサッカーを取り上げた時には、ダブリンとベルファストで1試合ずつ見て来た。ジャーナリスティックな必要性がある時はもちろんスタジアムに足を運ぶ。しかしバルセロナの練習場でルイス・エンリケやジョルディ・アルバを追うことは日課としていない」

──そう言えば、昨日(6月21日クロアチア対スペイン)初めてスペイン代表の試合を生で見たそうですね。これまで必要性を感じなかったということですか?

アイトール「まずここバルセロナではほとんど代表戦は開催されていない。15年前にモンジュイック(オリンピックスタジアム)で開かれたのが最後だ。それ以外は代表戦を見る正当な理由がなかった」

──バルセロナやエスパニョールの試合はどうですか?

ロジェル「見るよ。編集部にはソシオもいるし。でもプライベートとしてだ。クロアチア対スペインはWEBでレポートする必要があったからアイトールが行ったが、バルセロナの試合レポートは本誌にもWEBにも決して載ることがないからね。ナポリの試合も見たけど、それはあくまで30ページに及ぶ街とクラブのルポのための取材だった。でも、勘違いしてほしくないのは、試合の結果を載せないからといってサッカーへの情熱が足りないわけではないということ。『パネンカ』は別の視点からサッカーを見ている」

──マニフェストГ任蓮肇瓮妊アグループの後ろ盾は受けていない”と言っていますけど、この5年間にオファーはなかったんですか?

アレックス「いくつか話はもらったが、幸運にも独立を守ることができている。誌面上でも会社としても自由にやれている。書きたいことを書けるし、やりたい部門へも進出できる。もちろん財政的な不安定さというデメリットはあるが、今の状況に満足している」

──マニフェストが言う、完全な自由があるというわけですか?

アイトール「もちろん。何を書いてもまったく自由で検閲はない」

──でも、あなたは「これは『パネンカ』らしくないから駄目」と判断する立場ですよね?

アイトール「そうだが、その判断はテーマや筆者の名前ではなくクオリティに対してなされたものだ。記事やデザインが『パネンカ』に沿わないものというのはある」

スペイン人の変化
ファンの多くが大卒の肩書きを持ち、選手の方も高学歴化が進んでいる

──マニフェストには監督や選手にも共感者がいる、と書かれています。名前を挙げることはできますか?

ロジェル「アンドニ・スビサレッタ、ルイス・エンリケ、グアルディオラ、デル・ボスケ、エルネスト・バルベルデ、マリオ・ケンペス、ホルヘ・バルダーノ……。取材を申し込んだりする時に『読んだことがある』と言われることが最近は多くなっているね」

アイトール「『パネンカ』が『成功した』理由があるとすれば、それはここ20年ほどのスペインのサッカーカルチャーの変化にあると思う。20年前だったら『パネンカ』は成立しなかったのではないだろうか。20年前のファンと今のファンの持つ好奇心は異なっている。スペインではファンの多くが大卒の肩書きを持ち、選手の方も高学歴化が進んでいる。関心を持つ分野も当然変わってきている」

──面白いですね。マスメディア一般が成熟とは反対に進んでいる一方で、読者の方は成熟している、ということですか?

アレックス「もちろん受け手全員がそうではない。我われの読者は一部であり、圧倒的な多数は別のところにいる」

アイトール「スペインのマスメディアを陳腐化している、と一般化してしまいがちな我われは間違っているのかもしれない。ここ数年メディアが二極化しているのを感じる。サッカーをショーとして取り上げるメディアがある一方で、分析に非常に特化したメディアが生まれつつある。アクセル・トーレス(本誌にもたびたび登場)が司会を務めるテレビ番組『エル・クルブ』とかWEBサイトの『エコス・デル・バロン』とか。あれほど細かい戦術分析をするメディアは20年前にはなかった。サッカー関係の書物の出版点数も増えている。サッカーを読むという習慣も一昔前は今ほどはなかった」

──さて、ビジネスとしての『パネンカ』の話をしましょうか。販売部数はどのくらいですか?

アレックス「定期購読が3000部、その他にネットでの通信販売とキオスクや主要書店での販売を合わせて1万5000部というところだ。コレクションをしている人がたくさんいてバックナンバーの注文も多く、いまだに創刊号が売れたりしている。スペインだけでなく(スペイン語圏の)アルゼンチン、メキシコなど中南米やアメリカにも読者は散らばっている」

──読者の平均的プロフィールというのはどんな感じですか?

アレックス「8割が男性で年齢は20代後半から40代後半。都市に生活しており、社会・文化・経済的なレベルは中の上といったところだ。旅行や観劇、読書が趣味。スペインでは伝統的にサッカー雑誌は子供や少年向けだった。『パネンカ』はサッカー雑誌ではなく“サッカー文化の雑誌”であり、購買力のある大人向けであるから高級時計や高級車、香水などの広告が入っている」

──つまり、ジャーナリスティックな部分だけでなく商業的にも成功しているわけですね。最後にお聞きしたいのですが、無料のWEB媒体が氾濫する時代における紙媒体の役割とは何なのでしょうか?

アイトール「雑誌は絶滅する、と言われて久しいよね。『紙媒体の役割』か。難しいな。この質問にはジャーナリストとしてだけではなく、読み手としても答えたい。読み手とジャーナリズムの関係は大きく変わった。かつて読み手がキオスクに足を運んで手に入れるものだったジャーナリズムは、今はテレビ、ラジオ、パソコン、タブレット、携帯のどこからでも読み手に働きかけるものとなった。つまり需要によって生まれていたジャーナリズムは、過剰に供給されるジャーナリズムに変わった。この供給過剰時代に生き残るためには、注目されるもの目立つものであることは明らかだ。これは紙に限らず他のメディアでもそうだろう。目立つためには独自の内容を持たなければならず、『パネンカ』の場合はどうか、とはここまで説明してきた通りだ。その中で紙媒体特有の価値というのは、手で触れられたり嗅いだりできるという物理的な価値ではないか。コレクションしたり本棚に並べたりページをめくったり、いったん斜め読みしてまた読み返したり。こうしたことはデジタルメディアでは味わえない。手触りが良い、インクの匂いが好きという読者からの反響が結構あるんだよ。私はオンラインではなくみんなが集まる物理的な場所としての編集部を持ちたかった。顔を付き合わせて共同作業することで生まれてくるものがあるんだよ。デジタルな時代にあってもそういう物理的な価値を忘れてはならないと思う」

──今日は長い間ありがとうございました。