英語学科として入学した揚州大学の甘睿霖さん。自身が「本当は日本語を学びたい」という思いを持ちながら、それに反対する親や自身の心との葛藤の中で経験したある出会いについて、作文につづっている。資料写真。

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英語学科として入学した揚州大学の甘睿霖さん。自身が「本当は日本語を学びたい」という思いを持ちながら、それに反対する親や自身の心との葛藤の中で経験したある出会いについて、作文に次のようにつづっている。

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2014年秋、私は大学生になった。英語学科の学生として入学した。普通の新入生と同じく、大学に憧れ、ワクワクした気持ちと不安を抱え、新たな一歩を踏み出す。しかし、その心の底に「嫌」という気持ちも併せ持つ。元々、英語ではなく日本語が大好きな私がいる。親が選んだ英語学科でやっていけるのだろうか。このまま親の選んだ道に従って本当によいのか。

一学期を終え、大学で友達ができた。大学生活も穏やかに過ぎていった。だが、成績がどうしても上がらない。親は心配した。成績を見た時、前から自覚していたが改めて、自分に英語の才能がないことを実感した。努力が必ず報われるわけではない。親に電話したとき、心の奥では叫んでいるのに、言えなかった言葉がある。「悔しい。辛い……」。

冬休みに帰省した私を、親が心配そうな目で「英語が無理なら、あなたが好きな日本語を勉強してもいい」と言った。親の言葉はとても優しいが、切なく聞こえた。以前は日本語を勉強したい私に反対していた親のその言葉は重い。本気で専門として日本語を勉強するなら、中途半端にはしたくない。しかし、もし本気で日本語を勉強した結果、唯一の好きな科目が嫌いになったら、私に何が残るのか。覚悟ができない私は、ただその未来が怖く、心はまるでガラスのように、割れそうだった。

冬休みが終わる頃、まだ悩み続け、結論を出せなかった。その時、ネットでとある日本語教師と出会った。先生の名前は「KASHI」、ネットで日本語教師をなさっている。私たちは偶然知り合った。KASHI先生は優しく、知識が豊富で、様々な日本語に関する知識を教えてくださった。先生と一緒にネット教室で過ごした結果、私はより一層日本語を好きになった。KASHI先生は私の迷いを見通していたかのように声をかけてくださった。

「寝て起きて、ご飯を食べるだけでも生きていられるけれど、それではつまらない。そこに目標や夢、希望がないと生きているとは言えない。あなたにもそれが一つでもあれば、それがあなたを強くする。強いことは美しい。あなたならそうできると思う」。先生の言葉は短くても、私を勇気づけた。目標がなく、弱い自分に、小さな光が見えた。

「本気で日本語を勉強し、日本語に関する仕事をしたいです。いつか後悔するかも知れません。けれども自分で選んだ道ならば、人生の涙も笑いも、自分で味わおうと思います」と私は自分の決意を込めて返信した。間もなくKASHI先生から返信をいただいた。「自分で決めたことなら、どこまでも頑張れる。頑張ろうって思える。挫けたりへこんだり、立ち止まったりしてもいい。諦めないで歩き続けようね」。先生はご存知ないかもしれない。その言葉が、どれだけ私を励まし、どれだけ私を勇気づけたのか。

感謝の気持ちを込め、私は前に進んだ。大学2年になるとき、私は日本語学科に転入した。希望と未来への思いを胸に、新たなページを開いた。(編集/北田)

※本文は、第十二回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「訪日中国人『爆買い』以外にできること」(段躍中編、日本僑報社、2016年)より、甘睿霖さん(揚州大学)の作品「心の窓辺にて」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。