「Thinkstock」より

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 家選びをする際、多くの人が「勘違い」をしていることがある。それは、今買う家が未来永劫存在している、しかも今の形のまま存在しているということを前提にしている人が、あまりにも多いという事実だ。

 不動産の仕事をしていると、いろいろな不動産を取り扱う。新築物件もあれば築数十年もたったような中古物件もある。新築住宅はともかく、築年数が経過した建物については、扱う際の評価が分かれる。

 京都の古民家のように築100年以上が経過しても、建物としての価値が引き出せ、民泊として外国人旅行客に提供できるような物件がある半面、住宅としての役割は現代では到底期待できないような物件も存在する。建物は「有限である」ということが不動産を扱う上では大前提の認識なのだが、日本人の多くが、不動産価値のほとんどを建物に置いているようにみえる。

 典型的な例がタワーマンションだ。タワマン自体は販売価格に占める土地と建物の比率は物件にもよるが、15対85くらいだ。つまり注ぎ込んだおカネの大半が建物に対して支払っていることになる。

 タワマンの多くが容積率(敷地面積に対して建てることができる建物面積の割合)が高く、1000%程度の物件も存在する。したがって広々とした敷地でも、各区分所有者の土地持ち分はせいぜい5坪から7坪程度といったところだ。

 つまりタワマンの価値のほとんどが、有限な構築物である建物だということは、この資産を長く持ち続けることは、建物の経年劣化との戦いに身を委ねることになることを意味している。
 
 しかし、タワマンのような超高層建物は、その維持メンテナンスに非常にお金がかかることを知らない人が多い。

 たとえば、築15年から20年程度で行われる外壁の修繕には足場が組めないために、屋上からゴンドラをつりさげての工事になるが、高層建物ともなれば、上空は常に風が強く、作業日は限られ工期は通常マンションの数倍かかるといわれている。

 多くのタワマンでは大地震等での停電に備え、非常用発電装置が備えられている。いざというとき安心な設備なのだが、これも経年劣化が激しい設備だ。やはり築15年から20年程度で交換するに当たっては、1基数千万円から1億円の負担となる。

 エレベーターも、タワマンのものは超高速で高性能である分、更新する場合には大変な金額となる。普通のマンションのエレベーターがプリウスなら、高層用のものはポルシェのような差があるといえばわかりやすいかもしれない。しかもタワマンは住民数も多いためエレベーターの数もたくさんある。

 このようにタワマンは戸数が多いから、修繕維持積立金は安上がりですみます、というセールストークがあるが、あまり信用しないほうが良い。本当は少し冷静になって考えてみれば、高級車ほどメンテナンスコストが高くなることは常識だ。タワマンのような高級建物が未来永劫、その価値を維持していくためには大変なコストを覚悟しなければならないことは容易に気がつくはずだ。

●問題のない建物はない

 2015年10月に横浜のマンションで発覚した、杭打ちの不具合により建物が傾いた事件は、そうした意味で日本人が持っていた建物信仰を根幹から揺るがす事件だったといえるかもしれない。「日本の建築技術は世界的にも素晴らしく、耐震性も確保され完璧である」と、これまでは多くの人々が信じてきたのだろうが、大手デベロッパーが販売し、名のあるゼネコンが施工した物件でさえ、こうした施工不良が発覚するのである。

 不動産を扱う側の人間から見れば、この事件は別として、建物がすべからく「完璧」なものであるとは誰も思っていないはずだ。もちろん、建物が明らかに傾いている、ましてや床、壁などに亀裂が入るなどというのは論外だが、建物とは、あらかじめなんらか問題を抱えているものだというのが業界の常識だ。

 見方を変えるならば、そんな「有限」で「完璧」ではないものに、多くのお金をつぎ込むというのは、投資の理論からいえば「短期運用」にして、あまり長期間持ち続けないことが肝要ということになる。 

 マンションは買っても長期にわたって所有せずに繰り返し売買していくほうが良い、というのはこのことだ。有限である建物をあまり「信用」してはいけないのだ。

●土地の価値の見極め方

 建物と違って土地は「永遠」だ。建物は壊れてしまうが、基本的に土地はどんなに引っ掻いてもなくなることはない。会計上、建物は減価償却されて年々、その価値が減じるように計算されるが、土地は「減る」ことがない、つまり減価償却の対象とはなり得ないのだ。世の中で価値があるもの、というのは基本、ダイヤモンドや金のような「なくならないもの」だ。

 その伝でいくと、建物は一見して価値のあるようなものに見えるが、年々その価値が劣化していかざるを得ないものなのだ。家を買うということに、財産という価値観を少しでも持ちたいのならば、有限な存在である建物よりも、永遠である土地の価値に目を向けたほうがよい。

 さて問題は、その土地の価値の見極め方だ。

 土地には人間が生きてきた長い歴史が埋め込まれている。古今東西、人類は自然と闘い、そして協調しながら生きてきた。土地を見る際には、こうした地歴をよく調べてみることだ。

 土地には昔どんなものがあったのか、調べるのだ。土地は嘘をつかない。どんなに美しい建物を建てて「見た目」をごまかしても、土地の汚さを覆い隠すことはできない。

 傾いて話題になった横浜のマンションが建っていた土地は、マンションが建つ前は工場があり、その前は田圃だったそうだ。鶴見川という川の氾濫原にあたり、もともとは人が喜んで住むような場所ではなかったというのが、地元に古くから住む住民の証言だ。

 そこに建設技術をもってして、マンションという建物を建ててしまえば、土地の持つ特性を完全に消し去ることができるとでも考えたのだろうが、肝心の杭を地盤に届かせていないのでは、ただでさえ有限である建物を支えることはできなかったのだろう。

 東京、豊洲の新市場問題も、大阪の小学校用地取得問題でも、話題となったのは土壌汚染、廃棄物処理の問題だ。活断層の上にどんなに強固な建物を建てたところで、自然の力を完全に制圧することなど不可能なのだ。土地にはすべて歴史があり、その時代の痕跡を完全に消し去ることは、現代の優れた建設技術をもってしても困難であることをまずは知るべきだ。

●土地の素顔を地道に調べる

 家を選ぶ場合でも、この土地の顔を見ることが非常に大事だ。ところが、多くの人が家選びの際にまっさきに掲げるのが、「駅から○分」という基準だ。
 
 会社員にとって、家選びは「会社」という存在を無視しては考えにくい。会社までの通勤の経路、時間を考え、次に子供の保育所や学校、そして実家との距離などがチェックされていく。ここまでのチェック項目の特徴はすべてが「利便性」だ。

 利便性が家選びの条件になることは、生活を営んでいくためには重要な要素だが、ここで不思議なのが、利便性で選んだはずの人たちが、ついでに資産性も気にすることだ。だが、「利便性」と「資産性」とは必ずしもリンクしない。

 実は不動産としての「資産性」を考える場合の基本は地盤だ。人間は長い歴史の中で何度も天災に遭遇してきた。地震、津波、台風、竜巻、雷などによる災害は、多くの犠牲者を出してきた。人はそうした歴史の中で土地と向かい合ってきている。

 東京エリアで高級住宅地といわれる番町、松濤、麻布、広尾、成城、田園調布など、そのほとんどが高台に位置しているのは、高台は低地に比べて災害に強いからだ。そしてこれらの土地の特徴は、地盤が良いことにつきる。地盤が良ければ、多少の天災に遭遇しても家はしっかりと守られることを、人は経験上よく知っているのだ。

 地盤は、実はインターネットで簡単に調べることができる。自分の住んでいるところはもちろん、これから買おうとしている家の土地を調べることで、土地がどういった状態にあるかを簡単に知ることができる。地歴に関しても、そのエリアの役所や図書館などで古地図を見れば昔どのような建物が建っていたかもわかるはずだ。最近では古地図もネットでの検索がかなりできるようになっている。

 実は家選びにおいては、煌びやかな建物にばかり目を奪われるのではなく、こうした土地の素顔を地道に調べることが肝要だ。なにせ土地はなくなることのない「財産」なのだから。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)