30代前後の女性の中に、スナックのママをやりたいという人が出てきている。いったいなぜだろう(撮影:尾形文繁)

最近はスナックブームだと言われる。


この連載の一覧はこちら

スナックに行きたい、行くのが好きだという30代男性が増えているようであり、また、スナックに勤めたいという若い女性も増えている。私の周りにも実際にそういう男女は少なくない。そこで、30歳前後の女性がママとして働くスナックに潜入してみた。

西荻窪のスナックで月2、3回だけのママ

あさみさんは28歳。2年前の転職を機に、JR中央線西荻窪駅近くのスナックで月に2、3度だけママをしている。この店は、日替わりで店長が替わる仕組みであり、いわば1つの店を数人でシェアするのだ。男性が店長の日もあるが、たいていは女性のママだ。


西荻窪のスナックで月数回ママをやるあさみさん。カウンターに立つ理由を「一日の最後に人として話して終わりたい」と語る(筆者撮影)

スナックといっても、カラオケはなく、業態としてはバーだが、本物のバーテンダーがお酒を出すわけではないので、事実上スナック、といったたぐいの店である。

「私は人とコミュニケーションをするのが好きなので、おカネをもらいながらストレス解消している感じですね」とあさみさんは言う。

仕事は渋谷方面。もともと西荻窪に住んでいたが、その会社に転職したことなどが理由で自宅も渋谷方面に引っ越した。だから毎月わざわざスナックのために夜、西荻にやってくるのだ。

「一日の最後に、私は、人と話して終わりたいんですよね。女性って特にそうだと思うけど、男性も、家のある駅まで着いても、駅前でちょっと引っかけて、ママやマスターと話してから帰りたいってことは昔からあるでしょ。そういうのをサードプレースっていうらしいですが」

だから、チェーンの居酒屋じゃダメだ。

「チェーンには何の魅力も刺激も感じない。チェーンはルールとマニュアルが多い。スナックはルールがない。だからお客さんが楽しめる」

確かに今、チェーンの居酒屋は苦戦中だ。若い人口が減ったこともあるし、中食市場が成長していることもあるが、学生時代からチェーンの居酒屋で飲んできた現在のアラサー以上の年齢層が、明らかにチェーン店に飽きていることも大きな理由ではないか。

若いときは大勢で集まって盛り上がったが、社会人も5年目くらいになれば、大勢で集まることは減るし、わいわい盛り上がるだけでなく、1人でしっとり飲んだり、2、3人で、仕事の話、社会の話、家族の話などをしながら飲みたくなるだろう。そうなったとき、チェーン店にはない落ち着きとか濃密さとかが欲しくなる。

でも人と話をしたいのであれば、遅くまでやっているカフェもある。それではだめなのか。

「やっぱりお酒が入ったほうが、知らない人同士も会話が弾みますよね。夜カフェは、私も行くけど、基本静かだし、あまりお客さん同士が会話をすることがない。帰宅前に一休みしたいけど、話したいわけじゃないという気分のときは、夜カフェに行けばいいけど、話したいときはお酒があったほうがいい」

働く女性にも「止まり木」が必要だ

知らない人と偶然知り合いになることがスナックの価値らしい。今の横丁ブームにも同じような背景がありそうだ。それに、昔は止まり木にやってくるのは基本男性だけだったが、今は、働く女性が増えたので、女性も夜中に止まり木に集まる。それだけいっそう多様な人々がスナックに集まり、意外な話で盛り上がるのだ。


お客さんの8割が常連だ(編集部撮影)

「この店は、知らない人同士がけっこう気軽に話せる店。私もそうなるように気を使っている。待ち合わせをしているわけじゃないけど、あの店に行けば、あの人がいるかなと少し期待して来てくれる店でありたい。仕事を忘れる場でもあるけど、仕事のヒントも得られるし、お客さん同士が仕事を紹介し合うってこともしばしばある」

お客さんは、8:2で常連さんが多いという。

「街に、常連の店が2、3軒あるということは、その街に住んでいる理由があるということだと思うんです。会社から帰ってきて、ただ寝て、また会社に行くだけの街ではつまらない。その人が街に住んでいる理由がない。私自身も店に立つことで、この街にいる理由がある。街の中で自分が承認される場所をみんな欲しているんじゃないかな。そういう意味で、私はママをしながら、コミュニティの勉強をしているのだと思っている。本業もそういうことを考えることが多い仕事なので」

コミュニティとサードプレース、意外に深いことを考えながらアラサーのママはスナックを仕切っている。

同じ店で毎週ママをするのがりこさん(26歳)。あさみさんの友人の友人である。お店の、ある曜日の店長が辞めることになり、人を探しているよ、あなた、やってみたらと友人に言われて、ママになった。本業は雑貨デザイン関連であり、お酒の出る店で働いたことはなかったが、まったく抵抗はなかった。

男性に言い寄られたりしないか、不安はなかったのか?

「いやあ、どうだろ。特になかったですね。自分の店を、雑貨屋でもカフェでも持ちたいという気持ちがあったんで。でも、まさか自分がスナックをやるとは思わなかったんですが。でも、まあ、いいかなっていう感じで。それに週1回なので本業にも差し支えず気軽でした」


りこさんは週1回だけママを務める。お客さんから本業の仕事を発注してもらったこともあるという(筆者撮影)

ママになるには、1日分の賃料を払えばいいだけで、売り上げから賃料を差し引いたものが利益。利益はそんなに出ないが、楽しいからそれでいいと思っている。自分も友人も建築学科出身なので、お店の改装をさせてもらったりして、それも楽しい。

「いろんなお客さんが集まるのが面白いですね。お客さん同士が、アニメとデザインとか、科学と宗教とか、自分では絶対考えないようなことを話しているのも刺激的だし。男性が恋愛相談をしにきたり。お客さんから本業の仕事を発注してもらったことも2度あります」

「今後は、自分は音楽が好きなので、何かのテーマを軸にして音楽のイベントをお店で開きたいですね。それによって共通の関心を持ったお客さんが集まって知り合えたら面白い」

アラサー女子がスナックに求める「異世代との出会い

現在のスナックブームにおいて求められるスナックは、どうやら新しい出会いの場であり、コミュニケーションの場であるらしい。

1970年代後半から1990年代前半にかけて、若者が出会いとコミュニケーションを求める代表的な場はディスコだった。それは、基本的に同じ世代の異性との出会いを求める場だっただろう。

だが、現在のアラサー女子が求めるのは異世代との出会いであり、同世代の女性であっても、違う職種、違う業種で働く人との出会いであり、つながりであり、そこから得られる刺激である。その点は、シェアハウスと似ているように思われる。

次に、五反田の「コワーキングスナック」という変わった名前のスナックを訪れた。編集プロダクションを経営する宮脇淳さんは、自分の会社を移転してスペースが広がったのを機に、社員以外の人が働く場所として、コワーキングスペースを3年前に始めた。


パソコンをたたきながらお酒を飲める、コワーキングスナック。酒場だがたばこのにおいはしない(撮影:尾形文繁)

フリーで働く人たちを見ていると、当然ながら働く場所探しに困っていた。昼は打ち合わせをしてカフェでも仕事、ということはあるが、夜、自宅で仕事というのも落ち着かない場合がある。だから夜、軽くお酒でも飲みながらパソコンもたたける場所というのがあったらいいんじゃないかと考えたのだ。

そこで、2016年7月に、コワーキングスペースとは別のビルに作ったのが「コワーキングスペース分室」としてのコワーキングスナックなのだ。

五反田「仕事のできるスナック」で働くママの目的

宮脇さんはライター交流会を開いていたので、そこで「スナックをするけど、だれかママをしない?」と呼びかけると、即「やります」と言ってきたのが、現ママのサエコさん(27歳)だ。


コワーキングスナックのママ、サエコさんは、ライターでもある。「私の話を聞くのが上手な人を見ていると、自分がインタビューをするときの勉強にもなる」(撮影:尾形文繁)

「アニメ関係の会社にいたんですが、好きなアニメ作家のことなどを書きたくて、まずはライターになろうと思って講座を受けたり宮脇さんの交流会に来ていたんです」

だからママとライターを同時に始めたのだ。ライターとしての仕事はゲームや雑貨関係が多いという。

なぜ、スナックのママを即決できたのか?

「女性が個人として話を聞いてもらえる場って、あまりない。スナックで働くといろんなお客さんの話が聞けるだけでなく、自分の話も聞いてもらえるし、この店は編集、広告などの業界の人が多いので、仕事の参考にもなる。ライターも始めたばかりだし、私の話を聞くのが上手な人を見ていると、自分がインタビューをするときの勉強にもなる」という。

その後フェイスブックやツイッターでもママを募集したところ、20人から問い合わせがあった。今は9人が交代で店に立つ。

取材日にいたゆかりさん(28歳)は最近チーママとして採用されたばかり。学生時代からファッション誌でバイトをしていた。大学卒業後は、いったん企業に就職したが、人に会って取材して原稿を書くのが好きなので、もっと幅を広げたくて、会社を辞めてフリーライターをしている。分野は、美容、医療、芸能などが多い。

「自分の楽しみ」のためにママをやる

「人と話す機会がもらえておカネにもなるって、最高です。たわいもない会話が楽しめて、息抜きになる」


美容・芸能関係のライターをしているゆかりさん。ママの仕事は「人と話せておカネになるって最高」(撮影:尾形文繁)

ママたちはどうも、お客にサービスするというより、自分の楽しみ、息抜きをしているらしい。そのへんが昔ながらのスナックとの違い。もちろんコワーキングスナックの場合、情報収集やスキルアップにも役立つ。

そういえばこの店は禁煙でなんだか空気がきれい。カラオケもない。女性が男性に色気を振りまいたりする場所ではない。やたらとお酒を勧めることもない。

「コワーキングスナックはリアルに人の集まる場所であり、人と人をつなぐメディアなんです。だから、カフェだとちょっと夜集まるには、弱い。バーだと、本格的すぎて敷居が高い。スナックのゆるさがちょうどいいんですね」

夜カフェでは人がつながりにくいというのはあさみさんと同じ考えだ。


「コワーキングスナックは、人と人をつなぐメディア」と宮脇さん(撮影:尾形文繁)

「夜の場所があることで、僕のクライアントさんも、ちょっと立ち寄ってくれたりする。編プロやフリーランサーにとって、そういう場所は貴重です」

SNSでバーチャルにはいくらでも人とつながれる時代だが、リアルでは、同業者しか会わない、同性しか会えない、ということは多い。スナックを通じて、いろいろな出会いが「編集」されているようだ。

コワーキングスナック。ありそうでなかった、なかなかいいアイデアだ。僕もやってみようかな。