―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

というのも、麻里は気づいてしまったのだ。

“女は30歳過ぎてからが魅力的?年齢を重ねるほど、色気が増す?”

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意したが、優良物件の男たちとのデートはうまくいかず、元彼に心なびくものの、「結婚」という言葉を出した途端に引かれてしまう。そして麻里は、とうとう自分を騙した既婚男・浩一を利用することに決めた。




「独身の素敵な男性を紹介してもらえませんか」

自分を騙した男に遠慮はいらない。麻里は敢えて、抑揚のない冷めた声を出してみる。

既婚(それも二児のパパ)であることがバレたにもかかわらず、なぜか執拗に自分に許しを乞うてくる男を、何となくいたぶってやりたい気持ちもあった。

婚活がスムーズに進まず、ストレスが溜まっているのかもしれない。

「も...もちろんだよ!うちの会社の、デキる後輩を紹介するよ」

すると浩一は、意外にもウキウキと声を弾ませ、嬉しそうに答える。

「え...浩一さんの会社の人なんて、みんな遊んでるでしょ?普通の、真面目な男性はいませんか」

下手に出る既婚男に対して、麻里の態度はどんどん付け上がる。

しかし浩一は、ますます媚びるように、まるで子どもをあやすような甘い口調で言った。

「麻里ちゃん、それは偏見だよ。表に出回ってない、本当に真面目で優秀な男はいるんだよ。僕に任せて」

一体何が楽しくて、彼は独身男とのバーターを買って出るのだろう。よっぽど家庭が崩壊でもしているのか、それとも単に暇なのか。

―男って、本当によく分からないわ。

麻里は心の中で溜息をつきながらも、この既婚男に淡い期待を寄せた。


既婚者まで利用し始めた麻里。理想の男を期待するが...?


出会うのは、軒並み65点の男ばかり?


「嘘つきの既婚者なんかが、本当に素敵な独身男なんて連れてくるのぉ?」

親友のみゆきは形の良い唇を尖らせ、不信を露わにした。

食事会の少し前に集合し、あれこれと策を練るのは習慣になっている。麻布十番の『上島珈琲店』で、二人は声を潜めて今夜の予習をする。

「それは保証できないけど、たまには変わりダネを試すのもいいじゃない。最近の食事会も、いつも同じようなメンバーで飽きたでしょ」

「たしかにそうね...。私なんか、この前は二度めましてどころか、三度めましての男に遭遇したの。ホラ、商社マンの朝倉さん」

「あぁ、あの人...」

その男なら、麻里も知っていた。

外見も悪くはなく、ヨーロッパ駐在が控えているという一見優良物件の男なのだが、商社マンで36歳独身というのは、ちょっとイケてない。

おまけに、慶應内部生だという彼は、会話の節々で少々高飛車な発言が目立った。イイ歳して“プラウド・オブ・慶應”という我の強さも、女たちの夫候補から外れる理由の一つだろう。




「何ていうか、皆悪くはないけど、軒並み65点くらいの男ばっかりよね。私たちもそんな風に思われないうちに、やっぱり20代のうちに結婚しなきゃなのよ...!」

全く、みゆきの言う通りだった。

条件は悪くもないのに、出会うのは、どうしてか一癖も二癖もある男ばかりだ。

もちろん、結婚目線となると、自分たちの評価はやたらとシビアになる。「ちょっとイイかも」と思っても、とにかく減点方式で欠点が気になり、いつまでも駒を進めることができないのは自覚している。

結婚など考えていない頃は、もっと自由に男に好意を持ち、不意に胸がときめくことも多かったはずだ。(なんせ、あのサトシにも恋したのだから)

だが、それも仕方がない。そういった厄介な女二人が20代の内に結婚、つまり年内婚約するというのが目標なのだ。

夏が終わった時点で恋人がいない現状では、目標達成は困難かもしれない。

それでも一日一日時間は止まってくれないのだから、とにかく若く可愛いうちに、活動するだけするしか道はない。

―あーあ、そこそこ爽やかな外見で、まぁまぁのスペックで、何より普通の性格の人っていないのかしら。そうそう、あんな感じの...。

麻里が何となくぼんやり眺めた視線の先に、行儀よくコーヒーを啜りながら、文庫本を手にする男の姿があった。

歳はおそらく同年代、土曜の夕方に一人ということは、きっと独身だろう。ピンと伸びた姿勢と、ラフだがきちんとした服装も麻里好みだ。

―でもきっと、ああいう人は低スペックだったりするんだわ。そうじゃなきゃ、女が放っておかないもの。

麻里は勝手に結論づけ、二人は食事会へ向かった。


既婚男が連れてきた、凸凹すぎるメンバーとは...!


“表に出ない”のでなく、“出れない”男たち


『トラットリア ケ パッキア』の奥まったテーブル席に案内されたとたん、みゆきと麻里は分かりやすく肩を落とした。

「今日は、別に“合コン”とかじゃないから、みんなで楽しく飲もうよ」

浩一は相変わらず人の好さそうな顔でその場を仕切っているが、男性陣の質は明らかに異質だ。

彼の言った通り、今日は“ザ・お食事会”という感じではない。女性は麻里とみゆきの二人に対して、男性は浩一含む三人だった。

人数など合わさずに、とにかくオススメの男を全員連れて来るようにと麻里が指定したからだ。

しかし、既婚男に期待した自分は、やはり馬鹿だったと思わざるを得ない。逆も然りかもしれないが、男が言う“イイ男”というのは、あてにならない。

新規の二人の男の一人は、チリチリのアフロヘア―とも呼べるような奇抜な髪型をしており、服もギラギラのラインストーンのガイコツ模様の派手なTシャツを着ている。目つきもギロリと妙にガラが悪い。

そしてもう一人は、その対極のような地味でつまらなそうな男で、少々後退した額と、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡からのぞく小さな目が、彼のガリ勉人生を物語っていた。

“表に出ない外銀男”という人種に興味がなくもなかったが、これは出たくても出れないのだろう。しかし二人とも、31歳という男として魅力的な年齢なのが惜しい。

「...かんぱい...」

やっとのことで笑顔を浮かべながら、麻里とみゆきは無言のアイコンタクトで、どう早めに切り上げようかと思案する。

「ちなみに、あともう一人来る予定なんだ。もう着くと思うんだけど...」




浩一はほんわかと微笑み、楽しそうに言った。

この鈍感なのか確信犯なのかよく分からない既婚男には、苛立つよりも脱力してしまう。

しかし、凸凹すぎるメンツながらも一応は社会慣れしたハイスぺ男たちは、わりとスムーズに会話を始めた。そして、どうやらお喋り気質らしいアフロヘア男の趣味の話が中心となる。

彼は見た目に違わず、とにかく音楽を愛しているという。この夏はあらゆるフェスに参加し、それは日本だけに留まらず、世界各国のマニアックなものに赴くのだと熱く語っていた。

ヘタすれば凍りつきかねない雰囲気の中、アフロ氏がお喋りなのは救いとも言えるかもしれない。

だが、自己紹介もおざなりに、彼の延々と続くハードコアな音楽の話を聞くのはやはり疲れる。

しかし、まさに意識が飛びそうになったその瞬間、突如、運命の女神が麻里に微笑んだ。

「おっ、来た来た。こちら、同じく後輩の優樹です」

―うそ...。

振り向いた麻里は、思わず小さく吐息を漏らした。

なんとそこには、『上島珈琲店』で本を読んでいた男が、爽やかな笑みを浮かべていた。

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運命の男、ついに現る?!有頂天になる麻里だが...?