ブンデスリーガが開幕して1カ月が経過した。今季から導入されたビデオ判定は、技術的な問題によってオフサイド判定の補助を一時的に取りやめるなどの問題もあったが、徐々にリーグの一部分になりつつある。
 

ドルトムント対ケルン戦で、判定をめぐり主審に詰め寄るケルンの選手たち

 ブンデスリーガで導入された「ビデオ・アシスト」は、FIFAなどで導入されている「ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)」とは厳密にいえば異なる。VARはビデオ審判から報告を受けた主審がピッチ脇で実際に映像を見て判断を下すのに対し、ブンデスでは試合会場ではなくケルンの映像センターでビデオ審判が判定を訂正し、現場で笛を吹く主審は基本的にビデオ審判の訂正をそのまま受け入れる。主審の権限は制限されるわけだが、中断時間を短くすることで試合の流れが失われないように配慮したシステムと言える。

 ビデオ判定の導入には、判定をより正確にするだけではなく、プレースピードの向上によってもはや肉眼だけでは見極められなくなった審判を、批判から守る狙いもあった。「ビデオ判定は重要な場面で審判を助けているよ。より判定が正確になるなら、私はビデオ判定に賛成だ。誤審には試合を決定づけてしまうものもあるからね」と、ドイツ代表のヨアヒム・レーヴ監督はビデオ判定を支持。実際に開幕節から試合を左右しかねない判定ミスがビデオ判定によって正されていた。

 しかし第4節のドルトムント対ケルン戦で、ビデオ判定は新たな問題を引き起こしてしまった。ビデオ判定が行なわれたにもかかわらず、ルールに反したゴールが認められてしまったのだ。

 議論となるシーンが起きたのは、ドルトムントの1点リードで迎えた前半終了間際だ。ドルトムントのCKに対して、ケルンのGKティモ・ホルンがキャッチを試みるも、接触でバランスを崩してボールをこぼしてしまう。このこぼれ球をドルトムントのソクラテス・パパスタソプーロスがいち早く右足で押し込み、ネットを揺らした。

 このプレーに対し、パトリック・イトリッヒ主審はキーパーチャージがあったとして笛を鳴らし、ドルトムントのファウルを宣告。ところがビデオ判定の結果、ファウルはなかったという判定になり、ドルトムントのゴールが認められたのだ。
 
 問題は、ボールがゴールラインを越える前にイトリッヒ主審が笛を吹いてしまったことだ。主審が笛を吹いた時点でプレーは止まっており、その後ボールがラインを越えたならば、ルール上、ゴールは認められない。つまり今回のケースでは、ビデオ判定が行なわれたうえ、競技規則に則さない形でゴールが認められてしまったのだ。

 結果的にケルンは0-5で大敗。最下位に沈むチームにとって、前半終了間際の追加点が与えた影響は無視できなかった。

 当然、ケルン陣営はこの「イレギュラーなゴール」に猛抗議。ヨルク・シュマットケSDはハーフタイムにテレビの映像車へ駆け込み、「そこで映像を確認したが、状況は明らかだ。ドルトムントでの試合で、0-1でハーフタイムに入るのと0-2でハーフタイムを迎えるのでは大きな違いがある。私はビデオ判定に賛成だが、ルールは守らなければならない」とし、異議申し立てを行なうとぶちまけた。

 これに対してドルトムント陣営の反応は冷ややかだった。「抗議したいのならすればいい。でもそれは猟奇的で、バカげている」とミヒャエル・ツォルクSDが突っぱねれば、ハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOも「笛が鳴ったのが数センチ、ラインを越える前だったのか後だったのか? そんなことを言うのは本当に笑える。ひどいバッドルーザーだと言わざるを得ない」と冷笑した。

 現実的な問題として、笛が吹かれるタイミングが違っていたとしてもゴールを防ぎようがなかったのは明らかだ。もし仮にゴールライン数センチのところからドロップボールで試合が再開されていたとしたら、ケルンはどうするつもりだったのだろうか?

『ビルト』紙にサッカーコラムを寄稿するマティアス・レーゲルマン氏も「ルール上は認められないゴールだ。しかし、スポーツには明文化されていない重要なルールがある。フェアプレーだ。ケルンは誠実に、笛はピッチ上の何にも影響を与えず、ゴールは防ぎようがなかったことを認めるべきだ」として、異議申し立てを行なうべきではないと意見を述べた。

 結局、ケルンは「申し立てが認められる可能性が低い」という理由で抗議を行なわず、ドルトムントのヴァツケCEOもケルンへの非難を撤回したことで事態は収束をみた。今回のケースでは、ルールに則さない形でゴールが認められたという点を除けば、判定自体は正しく行なわれた。つまり、そもそもビデオ判定の存在意義そのものを揺るがす出来事ではなかった。

 ビデオ判定を導入したことで、今後もピッチ上で起きる事象とルールに矛盾が起こる可能性はある。ビデオ判定に応じたルールの改正も必要だろう。しかし、これをもってビデオ判定がサッカーを台無しにしたという意見はいささか感情的すぎるのではないか。これまで試合を決定づけかねない誤審がビデオ判定によっていくつも正されてきた。その事実は無視され、今回の問題では、ビデオ判定を快く思っていない反対派が大騒ぎをしている。結局のところ、彼らは感情に支配され続けており、そこに合理的な判断はないのだ。

 例えば、この試合のドルトムントの3点目はビデオ判定によるPKで生まれたが、ケルンのDFがシュートをブロックしたのが腕だったことは、ドルトムントの選手も観客もほとんど気付いていなかった。正しい判定ではあったが、ドルトムントにとっては棚ぼたのようなPKだった。

 だが、それでもドルトムントのゴール裏に陣取るファンはなぜか「お前たちがサッカーを壊した」とビデオ判定の導入を決めたリーグへの批判を叫んでいた。

 判定ミスが起きれば文句を言い、正しい判定が行なわれてもひいきのチームに不利益であれば猛抗議し、ひいきのチームに有利な判定がなされてもやはり批判する。正しいか正しくないかは問題ではなく、単に気に食わないだけなのだ。何をやっても批判されるのであれば、より正しい判定が行なわれるようにするしかないだろう。
 
 確かに、ビデオ判定でより判定が正確になったことと引き換えに失われたこともある。映像を確認できないスタジアムの観客が腑に落ちないのは理解できるし、予想外のところでPKが与えられたり、思わぬ形でゴールが取り消されたりすることに慣れるのには時間が必要だろう。

 ボールがネットを揺らしてもすぐにはゴールを喜べなくなったという不満もある。だが、それはビデオ判定導入以前から、多かれ少なかれあったことだ。もともと審判をリスペクトせず、いたずらに批判を浴びせてきたことが、そんな事態を招いた一因であることを忘れてはならない。

 いまや大きなビジネスとなった現代サッカーでは1試合で何十億円、何百億円という規模のお金が動くこともあるし、ひとつのプレーが選手の人生を変えてしまうかもしれない。「たかがサッカー」と割り切るのは簡単なことではない。そうであれば、なおさらビデオ判定が必要なのではないだろうか。

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