【書評】『私説大阪テレビコメディ史 花登筐と芦屋雁之助』/澤田隆治・著/筑摩書房/2200円+税

【評者】坪内祐三(評論家)

 この『私説大阪テレビコメディ史』のサブタイトルは「花登筐と芦屋雁之助」とある。花登筐は私にとって『細うで繁盛記』の脚本家そして星由里子の再婚相手だ。芦屋雁之助は達者な脇役だなというイメージでその存在を本格的に知ったのは一九八〇年から放送の始まった「裸の大将放浪記」シリーズによってだ。

 一九七〇年代末まで関東のテレビと関西のテレビはかなりの住み分けがあった。東京で関西の芸能番組を見られる機会は少なかった。だからこの「生きた演芸史」(帯の言葉)は本当に貴重だ(澤田さん長生きしてくださってありがとうございますと言いたい)。

 東京でも例外的に知ることの出来た関西の笑いは吉本だが、実は「吉本興業が大阪を代表する笑いの集団として認められるのは昭和四十五年の大阪万博のあと」だという(そう言われてみればそうだ私の小六以降だ)。

 当時の関西の笑いで力を持っていたのは松竹と東宝(東宝テレビ)だった。花登筐は東宝のエース作家だった。週十二本のテレビ番組の脚本・演出を担当し、いずれも高視聴率だった。その時事件が起きた。『やりくりアパート』のレギュラーで花登筐が発見して育てた天才子役中山千夏が菊田一夫演出の梅田コマ劇場の『花のれん』に出演することになった。

 梅田コマならテレビとのかけ持ちが可能だ。ところが菊田に気に入られた中山千夏は東京の芸術座に出演することになった。花登筐の自伝『私の裏切り裏切られ史』に基づく記述だが、澤田氏は花登の「記憶違い」や「勘違い」を正しく指摘する。だが花登が東宝から「裏切られ」たことは本当だ。そして花登は昭和三十四年九月、大村崑、芦屋雁之助・小雁らと共に劇団『笑いの王国』を立ち上げる。

 この本を通読して感じたのは大村崑の存在の大きさだが、その人がいまだ大相撲中継を見てるとチラ映りすることに驚く。

※週刊ポスト2017年9月29日号