そんな中、ゲームを落ち着かせ、さらに正確無比な一撃必殺のスルーパスを通せるイニエスタは、攻撃の切り札的存在に位置づけられた。とはいえ、すでにオーバー30でフル稼働は難しい。そのため前監督のルイス・エンリケは、重要な試合でその能力を発揮してもらおうと、ことさら温存する傾向が強かった。
 
 しかし、その構想はイニエスタに試合勘の喪失というマイナスの作用をもたらし、果ては本来の輝きまで失わせる結果となった。
 失意のまま昨シーズンを終え、進退問題が頭をよぎり始めたイニエスタは、新監督に就任したエルネスト・バルベルデと話し合いの場を持った。その新指揮官とのミーティングで、「中盤再生のための重要な戦力のひとり」として位置付けられているという手応えを得たことで、イニエスタは今夏の残留を決意したのだった。
 
 今シーズンに華麗なる復活を遂げ、煮え切れない幹部連中に「契約延長」か「サイクル終焉による退団」か、態度を明確にさせることが、イニエスタの考えるシナリオだ。
 
 本人はあと数年間、第一線で活躍できると確信している。それは直近の代表戦でも実証した。9月2日のイタリア戦では、63本のパスを供給し、その中で犯したパスミスはわずか2回だけ。全3得点のうち2ゴールに絡む出色の働きを見せた。
 
 このイニエスタの活躍の背景には、戦術的な要因もある。この試合でイニエスタは、普段のバルサで本職とするゾーン(左インサイドハーフ)よりも中央寄りでプレー。多くの仲間とパス交換できる環境にあった。チーム全体がコンパクトな陣形を維持したことも追い風となり、チームメイトが背後を取る動きを見せると、それに呼応して次々と絶妙なパスを繰り出した。
 
 状況判断の正確さと素早さはさすがの一言で、とりわけイスコとは良好なコンビを形成。70分までプレーしたイタリア戦、90分間プレーした3日後のリヒテンシュタイン戦、いずれでも健在ぶりを示した。
 
 この本来のパフォーマンスをバルサでも見せられれば、イニエスタが再びメインキャストに返り咲くのは時間の問題だろう。
 
 イニエスタは口数が少なく、シャイな人間だ。そんな彼が低いトーンで明確に「ノー」を発した今回のメッセージは、かなりの重みがある。自らの発言が新たな火種を作る格好となったバルトメウ会長にとっては、強烈なブーメランとなって跳ね返ってくる威力を持っている。
 
文:ラモン・ベサ(エル・パイス紙)
翻訳:下村正幸
※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙の記事を翻訳配信しています。