メディアも“2強独裁”スペインで反2強を掲げる雑誌の挑戦

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Panenka
パネンカ(スペイン)
http://www.panenka.org/
2011年に創刊されたバルセロナ発のサッカーカルチャー誌

「サッカーがくれた夢を取り戻す」。
11のマニフェストに込められた想い 前編

INTERVIEW with
アイトール・ラグーナス(編集長)

ロジェル・クリアク(デスク)

アレックス・ロペス・ベンドレル(営業・広告)

経済危機にあったスペインで、紙媒体は消滅する寸前とも言われていた中で創刊した『Panenka』。サッカー界を2強が支配し「勝者を過剰評価する国」で、彼らが掲げる“社会、文化、歴史的な現象としてのサッカー”というコンセプトが受け入れられた理由はどこにあるのか。「パネンカの11のマニフェスト」に込められた思いを探る。

インタビュー・文 木村浩嗣
写真 エドゥ・フェレール・アルコベル

「不透明」な中での創刊
プールに飛び込むのは決めていたが、水があるかどうかは確かではなかった

──まず『パネンカ』という名前の由来をお聞きしたいのですが?

アイトール「サッカーメディアがバルセロナとレアル・マドリーに支配されている時代にカウンターカルチャーになり得る雑誌を出そうという行為が、サッカー界で言えばアントニーン・パネンカの蹴ったあのPK(注)に相当するのではと考えたんだ。この名前ならインターナショナルなサッカーを取り上げる雑誌だとすぐにわかるし、昔のサッカーに対するオマージュでもある。アントニーンの行為は勇敢でリスキーで大胆不敵でチャレンジ精神にあふれ意表を突き自由であり情熱もある。創刊した2011年のスペインは経済危機の真っ最中であり、しかも紙のジャーナリズムは消滅する寸前とも言われていた。そんな真っただ中に雑誌を出したんだからね」

注:1976年の欧州選手権決勝、西ドイツ戦で5人目のPKキッカーとして登場したパネンカは、GKが動くのを待って真ん中に浮き球を蹴り込み、祖国チェコスロバキアを優勝に導いた。

──パネンカは決まると美しいですが、GKが動かないと難なくキャッチされ馬鹿げた行為だと思われる。そんな恐怖はなかったんですか?

ロジェル「ペレが言っていたよね。『パネンカを蹴れるのは天才か頭がおかしいヤツかだ』と(笑)。『俺たちはどっちかというと天才ではなくクレージーだった』といつも言っているんだ。経済的な逆境で120ページのこんな紙の雑誌を出したんだからね。読者層が特定できている今と違って、当時はどういうふうな反応が返ってくるのかはまったくわからなかった。正直言って恐怖はあったけど、反面好機でもあった。危機だからこそジャーナリストが団結できたという面もある。アイトールがこの冒険に際して記者やイラストレーター、カメラマンを説得できた裏には危機感があったからだと思う」

アレックス「恐怖というより、不透明感と呼んだ方がいいかもしれない。この商品が好かれるだけでなく相手に伝わり一定の顧客を獲得できるかというのは、まったくわからなかった。プールに飛び込むのは決めていたが、水があるかどうかは確かではなかったんだ。だけど幸いなことに創刊するとすぐ、このプロジェクトを続けるよう祝福し励ましてくれる大勢の人に出会えた。従来のメディアにはなかった記事のテーマ、その語り口を見つけたからだと思う」

──そうした好評は予想外のものでしたか?

アイトール「我われがサッカーを理解するのと同じ見方をする人が向こう側にいるのかどうかは、アレックスが言ったように不透明だった。我われはサッカーを90分間の試合だけだとは考えていない。スポーツとしてのサッカーに興味があるのはもちろんだが、それ以上に社会現象、文化現象、歴史的な現象としてのサッカーに興味を持っている。そういう視点がこのスペインという地で受け入れられるのかどうかは謎だった」

アレックス「この5年間、我われがやってこられた鍵は、長期的な視点を持たず過剰な期待もしかなったからだと思う。実は最初の創刊ゼロ号は紙ではなくPDFで出したんだ。そうしたら反応が良くて紙で出すことにした。1号目も2号目もPDFから紙へというパターンだった。“チョロ”シメオネが言うところの『1試合、1試合』というやつだよ。受け入れる側がどのくらいいるのか探りながら、少しずつ前進して行った」

アイトール「言っておきたいのは、この雑誌は市場調査によって生まれたのではなく、ジャーナリスティックな必要性から生まれたということだ。君はジャーナリストだからわかってくれると思うが、この雑誌にはサッカーへの愛だけではなくジャーナリズムへの愛が込められている。そういう雑誌は『パネンカ』の前にはスペインにはなかった。ドイツやフランスにはあるのに。ビジネスとしてではなく、ジャーナリズムのあり方としてこの国にも必要だと考えた。印刷会社を探し、広告を出してくれる会社を探すなどのビジネス的なことを学んでいったのは創刊後のことだ」

──あなたはドイツに住んでいたそうですが、当地の『エルフ・フロインデ』にも影響を受けたのですか?

アイトール「いろんなことが無意識に作用して一つの決断はなされるものだ。ドイツに4年間住んでいて『エルフ・フロインデ』が気に入っていたのは確かだ。だけど新雑誌を創刊するために『エルフ・フロインデ』を買っていたのではない。ドイツからバルセロナへ戻った時、いろんな違いにショックを受けた。2006年から10年までいたドイツには経済危機はなく、スペインはそれに喘いでいた。私がドイツにいた4年間にスペインはEUROとW杯で優勝しサッカー界をリードする大国になっていた。サッカーのプレーのクオリティは高くなったのに、ジャーナリズムのそれは低いままだった。そんな時にいろんな仲間と出会い、自然にグループができていた。話し合っているうちにドイツで『エルフ・フロインデ』が根付いているのならスペインでそうならないわけがない、という機運が自然に高まってきた」

陽の当たらないものを愛す
敗者の背景には勝者のそれよりも興味深い物語が隠れている

──「パネンカの11のマニフェスト」というのに目を引かれたのですが、気になった点を質問させてください。マニフェスト,任蓮版埃圓砲茲蟠Υ兇垢襦匹箸いΠ嫐のことを宣言されていますね?

アイトール「最初に言っておきたいのは、5年を経た今もこの冒険が1カ月続くかどうかわからない時点で書かれたマニフェストに我われは忠実であり続けている、ということ。裏切ったことはない。敗者への共感については、スペインというのは勝者を過剰評価する国だと思う。日本のことはわからないがアメリカやドイツには敗北を合理的に受け止め、敗者にも一定の評価を与えるという文化がある」

──日本にも敗者を称える文化があります。

アイトール「だけどスペインの場合はカトリックの影響なのか、敗者になるのは非常にみっともないこととされている。結果がすべて、結果がプロセスを正当化するという考え方も根強い。サッカーの勝敗はディテールで決まり、運も大きく作用するものだ。我われは勝利の欺瞞(ぎまん)をあばき、もっとその奥を見たいと思っている」

ロジェル「ジャーナリスティックな視点から言っても、敗者の背景には勝者のそれよりも興味深い物語が隠れているものなんだ。なのにあまり知られていない。だから発掘する余地が残っている。アントニーン(パネンカ)のように勝利に慣れていない者たちが忘れ去られてしまうのは忍びない」

──マニフェスト△砲浪古というか過去へのメランコリーな感情があふれていますね。

アレックス「その通り。70年代、80年代と比べて我われの生活と同じようにサッカーは大きく変化した。今のサッカーを否定するつもりはないが、昔の良き思い出は抱き続けている。ビジネス化した現在のサッカーは過去の魅力を汚してしまった。前の時代の人たちがサッカーをどう生きていたのかを常に忘れないようにすることは、サッカーが純粋に好きだった頃のエッセンスを忘れたくないということなんだ」

──マニフェストい任蓮崙蛤曄廚箸いΧい言葉が使われています。サッカー界は本当に独裁体制と言えるのでしょうか?

ロジェル「例えばサッカーがビジネスによって支配されている状況や勝者のみを称賛する傾向がここ数年急に強くなっている状況もそう言えると思う。さらに、ほとんどのこの国のサッカーメディアがバルセロナとレアル・マドリーのことばかりを報道している悲しい状況は『独裁』という言葉にぴったりだ。2つのクラブが周囲にメディア環境を作り出しているとも言える。我われはその環境から逃げ、異なったストーリーを語り続けたい」

アイトール「しかも、バルセロナとレアル・マドリーのニュースにあふれているにもかかわらず、この2つのクラブに関しては不透明なことが多い。表面的なことばかりを追いかけ、掘り下げるメディアがないからだ。我われはバルセロナとレアル・マドリーから目を背けない。他のメディアが取り上げない別の角度から、この2つのクラブを見ているだけだ」

──『パネンカ』にバルセロナやレアル・マドリーの選手のインタビューが載ったことはありますか?

ロジェル「シャビ、マスチェラーノ、マルセロの3人にはゆったりとサッカーのことを語ってもらった。例えばインタビュー時間は最低1時間は取ってもらった」

──1時間も! あり得ないですね。今クラブが許可するのは15分間がせいぜいでしょう?

アイトール「クラブ通しではなく向こうからコンタクトを取ってくれた選手もいるからね。毎回同じことを質問されるのに飽きている選手もいるんだ。シャビとマスチェラーノのインタビューを担当したのはロジェルだが、彼らはクラブやチームではなく、サッカーのことを語るのが大好きなんだ」

ロジェル「シャビとマスチェラーノにはリーガを勝つとか負けるとかCLがどうとかの、さっき言った独裁体制下のメディアに載るような質問は一切しなかった。人柄に迫るようなもの、サッカーの何が彼らを引き付けるのかということを語ってもらった。彼らのような有名な選手でも、無名な選手でも我われが興味を持つのは今まで世に出ていないものだ」

──つまり、無名の選手を発掘するだけではなく、有名な選手の未知の部分も発掘したいと考えているわけですね?

アイトール「そうだ。例えばグアルディオラを取り上げた号では、本人はインタビューを受けないから出てもらえなかったが、彼と一緒に働いた選手、フロント、ジャーナリストたちを取材した。スペインのメディアはグアルディオラ贔屓かグアルディオラ嫌いかに別れて、絶賛か批判かの両極端な記事しか載せない。そうではなく、我われは中立の立場から長所と短所を併記して読者に判断してもらう方法を採った」

左からデスクのロジェル、編集長のアイトール、営業・広告のアレックス

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