人妻が恋するのは、罪なのか。

裕福で安定した生活を手に入れ、良き夫に恵まれ、幸せな妻であるはずだった菜月。

結婚後に出会った彼は、運命の男か、それとも...?

身も蓋もない、無謀で純粋な恋に堕ちてしまった女は、美しく、ひたむきに、強かに、そして醜く成長していく。

人妻の菜月は、独身のフリをして参加した食事会で、独身の達也と出会い、恋に堕ちてしまう。しかし、それを知った達也の恋人・あゆみは、菜月の職場に乗り込み、修羅場と化した。




「菜月さん、大丈夫?本当にごめん...」

数日ぶりに聞く達也の声は、やはり身体の隅々まで染み渡るような心地良さがあった。

「達也くん...」

美加と別れてからほどなく、今日の騒動を聞きつけた達也は焦って電話をかけてきた。彼は謝罪を繰り返し、例の彼女が厄介で、連絡が取れなかった旨などを必死に説明する。

しかし、職場で罵倒され、親友を悲しませるという女同士の修羅場を二度も経験したあとでは、菜月の心はほとんど折れかけていた。

「大丈夫じゃない...。美加にまで知られちゃったの。私、もう達也くんには、会えないよ...」

思い切って言ってしまうと、目にどっと涙が溢れた。

スマホ越しに、達也が息を飲むのが分かる。

「菜月さん...」

きっと、自分たちはここで終わるだろう。

もう、達也に会えない。

今の菜月にとって、それ以上に悲しいことなんて他にはない。

「そうだよね。本当にごめん。しばらく会わない方がいいよね」

覚悟はしていたはずだった。

それでも、達也に呆気なく同調されると、菜月は身体が引き裂かれるような深い悲しみに襲われた。


別れを決意した二人。しかし、その余波は意外な場所にまで及ぶ...?


男に溺れた女への罰


いつかは終わると思いながら、いつまでも続くと思っていた日々。

まるで熱病にでも浮かされたように、禁断の関係に酔っていただけなのだろうか。

―達也くんに、捨てられたー

別れを切り出したのは菜月の方なのに、そんな苦い思いは消えなかった。

達也は、あのあゆみという女とすっかり良い関係に戻っているかもしれない。それどころか、独身の二人は、結婚だってできるのだ。

裏切られたような寂しさと、狂いそうなほどの嫉妬に苛まれ、菜月は自分一人が不貞の罰を背負わされたような気持ちになる。

しかしそれは、単なる心痛だけでは終わらなかった。

「お客様の話を真に受けるわけじゃないんですけど...一応、スタジオにもイメージがあるので、菜月先生にはしばらくレッスンをお休みしてもらった方がいいかと...」

実質の、クビだった。

当然だ。ヨガスタジオは、心身の健康を謳っているのだ。

スタジオのオーナーは優しい口調で言葉を慎重に選んでくれたが、その気遣いは、かえって菜月を傷つけた。

自分がいわば“腫れ物”のような存在となってしまったことを思い知らされたからだ。

また、あれから美加にも何度も連絡を試みたが、返信も応答も一切ない。

もともと社交的でもなく、友だちも少ない菜月は、気づけば以前よりもずっと孤独な主婦になっていた。






「最近やたら多いね。いい歳の女の、こういうニュース」

週末のワイドショーを観ながら、夫の宗一が大して興味もなさそうに呟く。

テレビでは、40代半ばの女性議員と30代男性との密会を延々と報じていた。二人とも、既婚者だそうだ。

―年上の女性が若い男の肉体に溺れると、理性が働かなくなっちゃうのはよくある話ですよ。優秀な人なのに、もったいないですねぇ...-

有名な男性コメンテーターが物知り顔で断言するのに、菜月は小さな苛立ちを覚える。

少し前まで、この種の報道を全くの他人事として眺めていた。

世間には情欲を求める大人がこれほど存在するものかと、正直に言えば、少々批判的な目線すら持ち合わせていたかもしれない。

だが、今の菜月には、ただただ同情心しか湧かなかった。

悪意たっぷりに、テレビ画面いっぱいに映し出された女性議員の顔。年齢にしては相当綺麗な人だが、晒し者にされているとしか思えない。

「菜月」

気づくと、宗一がこちらをじっと見据えていた。

「こういう人種と違って、僕は君を頭の良い女性だと思ってるからね。ほどほどにしておいてくれよ。コーヒーのおかわり、くれる?」

天気の話でもするかのような自然さで、彼は事もなげに言った。


夫は、妻の浮気に気づいていた...?!


妻を、元の安全な場所に戻してあげよう


宗一は、妻の異変に、比較的早い段階から気づいていた。

世間一般的には、夫は妻の浮気に気づかないなどと言われているが、自分はそれほど間抜けでも、自惚れた男でもない。

ヨガインストラクターという他愛もない仕事なのに、彼女の帰宅時間は頻繁に遅くなった。クローゼットには、見慣れない凝ったデザインの下着が増えた。

そして何より妻は、宗一が寝静まるまで、ベッドに入らなくなった。

そんな彼女に違和感を持たない方が難しい。

海外出張から自宅に戻ったときも、菜月の態度は明らかにおかしかった。

これまでぼんやりと宙を見つめたり、夜中にコソコソとスマホをいじっていた彼女が、急に献身的な妻の顔に戻っていたのだ。

しかし、その瞳は今にも泣きだしそうなほど潤んでおり、宗一に笑顔を向けながらも、その視線は自分を通り抜け、他の男を見つめているような気がした。




5つ年下の、愛する妻。

彼女と出会ったのは、当時の遊び友達の美加を介しての食事会だった。

宗一は、一目で彼女を妻にすると決めた。

凛とした綺麗な外見をしていて、一歩引いて他者を立てるような上品な佇まいが印象的だった。

清純で穢れのない雰囲気とは裏腹に、そう世間知らずというわけでもなく、男たちの俗っぽい冗談もサラリと受け答えするような頭の良さにも強く惹かれた。

しかし一番驚いたのは、まるで別人格のような夜の顔だ。

菜月はベッドの上で、普段からは想像もできないほど妖艶になる。豊かで淫らな肢体は、男の本能をたっぷり刺激するのだ。

最初こそ、どこの男に教え込まれたのかと強く嫉妬したものだが、本人に自覚はなく、それは天性のものだと理解した。

男にとって、こんな女を妻にするほど、幸福なことがあるだろうか。

「あなたの奥さん、浮気してますよ?」

だから、突然知らない女の電話を受けたときは、怒りや衝撃よりも、「ああ、やはりそうなったか」と、宗一は静かに落胆した。

菜月は30歳を過ぎてもその魅力を一切損なうことはなく、それどころか、豊かな生活を送る妻として、ますます魅力を増していた。

男の目に触れるのは危険だとは分かっていたし、あんな身体を持つ女だから、“いつか”そんなことも起きるかもしれないと、心のどこかに杞憂があったのだ。

「ご連絡ありがとうございます。申し訳ございません。ご迷惑は掛けないように、こちらできちんと解決しますので」

あまりに冷静な宗一に、女は不服そうに言葉を詰まらせたが、大人しく電話を切った。

―...可哀想に。

おそらく、一時の熱に浮かれているだろう妻。

不思議なほど、怒りや嫉妬は湧かなかった。

面倒なトラブルに巻き込まれ、辛い思いをしている。宗一は、そんな彼女をただ哀れに思った。妻への愛情は、気づかぬうちに、父性愛のようなものに変化していたのかもしれない。

ここは自分が上手く立ち回り、菜月を元の安全な場所に戻してやらなければならない。

彼女を守ってやれるのは、自分しかいないのだ。宗一は夫として、そんな使命感に駆られていた。

しかし、妻がさらなる裏切りを重ねることになるとは、さすがに予想していなかった。

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夫が勘づいたことに追い詰められる菜月。とうとう離婚をもくろむ...?!