【真夜中のKISSマンガ#01】『溺れるナイフ』の口を塞ぐ強引キス

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こんにちは、少女マンガマイスターの和久井香菜子です。

これから3カ月間、みなさまに「少女マンガにおける素敵チッスの名場面」をあれこれお贈りしていこうと思います。秋の夜長に、みんな悶え死んじゃわないように気をつけてね! 和久井はもうすでにレロレロですが。

今夜のKISSマンガ『溺れるナイフ』

好きな人ができると、もうその人以上の相手なんかいない! って思いますよね。
恋がはじまって溺れる時期が終わるくらいまで、何もかもがキラキラ見えて、その人のやることなすこと全部カッコいい、みたいな。

そうなると、みんなが彼のことを好きになるんじゃないかと心配になったりします。あとで冷静に考えれば、まったく女ウケする人じゃないってわかるんだけど。 『溺れるナイフ』も、まさに相手に狂う衝動的な恋を描いた作品です。

全能感に溢れる少年、コウの魅力がたまらない

『溺れるナイフ』で主人公の夏芽が惹かれるコウちゃんは、神様みたいにキラキラ発光して見える、神聖な男の子です。和久井は小中学生男子にもフツーにときめけるんですが、コウちゃんはいいですよ。

決まりごとや世間体から逃れられずに生きる日本人は、坂本龍馬みたいな世の中に縛られず自由に生きる人にあこがれますね。コウちゃんは地元の大地主の跡取り息子。家が金持ちだからか、金銭感覚が豪快で大人っぽく、そして自由です。「家出しよう」と言って5時間もかかる東京まで夏芽を連れて行っちゃいます。

だけど、自由に振る舞っているのは自暴自棄になっている証拠。両親の愛情に恵まれず、生い立ちが少し複雑なのです。愛情に恵まれなかった薄幸の美少年ですよ、たまりませんね。社会に出る前の若造が、大した根拠もなく世界を見きった気になってる傲慢さって好きです。

一方、主人公の夏芽は東京で中学生向けファッション誌のモデルをやっていた美少女。親の都合で、物語の舞台となる「浮雲町」にやってきます。星が綺麗で、道路に猿が降りてくるようなこの田舎町で、我が物顔で暴れているコウちゃんに出会うのです。

彼の放つオーラに一目で惹かれてしまう夏芽。コウちゃんも、町に馴染まない夏芽に惹かれていくのでしょう、まあ美人だしな。

夏芽は、コウちゃんに追いつきたくて「どうよ。わたし、すごいでしょ」って言わんばかりに、モデルとして大きな仕事に果敢にチャレンジするようになります。自分の世界が広がる恋っていいですよね。がむしゃらに勉強しちゃったり仕事に打ち込んだり、新しい世界に足を踏み入れてみたり。停滞しちゃうと終わりは近いし、終わったあとに何も残らないから。

2人が引き裂かれる前の切ないキス

そうやって追いかけて、自分の気持ちを切々(要約すれば「好きだ」ってことをくどくど)と訴える夏芽に、コウちゃんは言うんです。「付き合うとく?」。ギャー!

付き合うって、ある種の約束です。「私はあなたを選びました」「ほかの人には振り向きません」っていう決めごと。責任です。それまでと同じことをしていても、まったく意味がちがってきますよね。ああ和久井も好きな人から「付き合おう」って言われたい!

夏芽の浮かれっぷりは尋常じゃなくて、「世界が変わった」「世の中は素敵で、わたしは今、無敵で」と、何もかもがキラッキラになります。「付き合おう」のひと言で! わかる! わかるよ!! 好きな人の「付き合おう」って、それくらいのパワーがありますよね。

しかし、浮かれている夏芽と反比例するように、少しずつ不穏な空気も流れ出します。強い光が当たれば濃い影ができるように、ひたひたとどす黒いものが2人に忍び寄ってくるのです(くわしくはマンガでチェック)。そんな中、街を挙げてのお祭りの日がやってきます。

田舎町にやって来た有名人ということで、夏芽は学校でも少し浮き気味。そんな彼女を守るため、このお祭りでコウちゃんは、とある企みをしているのでした。それに気づかず、あとをしつこく追っていく夏芽。すると、突然コウちゃんに人気のない場所へ連れて行かれ、ちょっと強引にされるのがこのキスなのです。

突然キスをされた夏芽はというと、しばらくポケーっとしています。やっぱり好きな人からの強引なキスは萌えますな。だけどこれがきっかけで、とんでもないことが起こるんです。先の展開を知っていると、ますます胸をつくシーンです。

これほどまでに心揺さぶれる少女マンガはない

最高にハッピーになったり、奈落の底に落とされたり。起こる出来事の大きさよりも、感情の揺れ動きのほうがずっと大きい作品です。どのシーンも心揺さぶられて胸が詰まってしまう。実写映画化されましたが、コウちゃん役は菅田将暉くんでしたね。これもたまらなくよかった。『溺れるナイフ』は、何度読み返しても新鮮な感動がある作品です。

(文:和久井香菜子、イラスト:菜々子)