日本ではすでに6店舗を展開するブルーボトル。ネスレによる出資で出店が加速する可能性は?(写真:今井康一)

コーヒーファンには衝撃的なニュースだったかもしれない。9月15日、米ブルーボトルコーヒーが株式68%を食品世界最大手ネスレに売却、傘下入りすると発表したのである。
報道によると、ネスレの出資額は約5億〜7億ドル(約560億〜約780億円)と膨大だ。突然の巨額出資に、日本や米国のファンからは「ビジネス的には大正解」「大好きなロックバンドが大手レーベルに心を売ったような気分」と、賛否両論の声が飛び交っている。
サンフランシスコのファーマーズマーケットに小さなコーヒー店を出してから15年。サードウェーブの旗手にどんな転機が訪れているのか。来日中の創業者ジェームス・フリーマン氏、ブライアン・ミーハンCEO、そして日本代表の井川沙紀氏を直撃した。

「ネスレの一部にはならない」

――ネスレによる大型出資が決まった経緯は。

ブライアン・ミーハン(以下、ミーハン):私の友人が、ネスレのサステイナビリティ(持続可能性)委員会にいて、彼のことはかなり長いこと知っている。彼は、後に(カリフォルニア州)パロアルトの店舗になる場所を紹介してくれたことがあるし、彼の娘さんはニューヨークにあるロックフェラーセンター店の常連でもある。彼自身がまず、ブルーボトルのビックファンだったことが大きい。


創業者のフリーマン氏(左)と、ネスレとの交渉をまとめたミーハンCEO(右、写真:今井康一)

ブルーボトルは大型の出資元を探していたわけではない。が、そういう縁がある中で、ネスレの新たなCEOとなったマーク・シュナイダー氏と知り合った。彼は目下、ネスレの再編に力を入れていて、事業分野の中ではコーヒー、地域の中では北米を強化しようとしている。そうした中で、「ブルーボトルと話してみたらどうか」といろいろな人に言われていたようだ。ネスレは「家の中」の事業から、「家の外」の事業へと軸足を移そうとしていて、ブルーボトルから多くのことを学べると考えたわけだ。

今回の出資で大事な点は、今後もブルーボトルは独立した企業として運営され、ネスレは私たちのビジネスには一切関与しないということだ。ブルーボトルがネスレの一部になることはなく、いまと同じように独立した形で事業を続ける。今回の出資でブルーボトルの投資家はネスレだけになる。つまり、ジェームスと私はよりおいしいコーヒーを出すことに集中できるわけだ。

ジェームス・フリーマン(以下フリーマン):ありがたい限りだね。

――出資はすぐ決まったのですか。


今後もブルーボトルの経営陣は変わらない(写真:今井康一)

ミーハン:シュナイダーCEOから電話をもらったのは2月で、その後、ブルックリンにある焙煎所に招いた。そこからカフェを見てもらったりして1日一緒に過ごした。一緒にランチをしたときには、ブルーボトルはとてもスペシャルな会社だとわかってくれたようだ。

――出資先を探していなかったにもかかわらず、ネスレに決めた理由は。68%というのはかなり大型の出資です。

ミーハン:200人以上の投資家とやり取りするより、1社だけとやり取りするほうが楽だ。ブルーボトルは今後成長を考えるうえで、株式公開するという道もあった。しかし、(米ハンバーガーチェーンの)シェイクシャックも最近上場したが、株式公開するということは自分の会社をコントロールしにくくなるということだ。

252人の投資家が1社に変わった

一方、ネスレとの契約では、彼らが私たちの何を支援するか、また何を支援しないか、というのをブルーボトルが決めることができる。こういう提携において「何について支援しないか、協業しないか」を決められることは最も重要なことだ。

上場した場合、誰が投資しているのかもわからないし、四半期決算を出さないといけないから、より短期的な視野で利益を出すことを求められるようになる。質の高いコーヒー、すばらしい顧客体験よりも、利益を出さないといけないかもしれないということだ。私たちにとっては、長期的視野に立って、いいコーヒーと顧客体験を提供することだけに集中できる投資家がいるほうが望ましい。

――今後、ネスレが出資を増やす可能性は。

フリーマン:それはある。68%という数字は、私やブライアン以外の投資家が持っていた持株比率で、それをすべてネスレに譲渡したから68%になった。つまり、252人の投資家が1社に変わったわけだ。これでずいぶんシンプルになった。もちろん、過去の投資家たちも、ネスレに株式を譲渡したことを喜んでいるし、私たちもブルーボトルがここまでになるのを支えてくれた投資家に感謝している。彼らが私たちのビジネスに口を出すことは一切なかったから。

ミーハン:将来的にネスレが出資額を増やすこともあるという契約を結んでいるが、出資比率は68%を維持したままとなる。将来を考えたときに、これはブルーボトルにとっては、とても魅力的な取引だ。特に日本での事業を考えた場合は。昨日も沙紀と、今後日本のどこの施設や設備に投資し、どの都市でビジネスをするかという話をしていたところだ。

――残りの32%は誰が持つことになるんですか。

ミーハン:ジェームス、沙紀、私などブルーボトルの経営陣だ。

――200人以上いた投資家が1社になると、意思決定もだいぶスムーズになりますね。

フリーマン:これまでもずいぶん楽で、これ以上簡単になるということはないと思うんだけどね。これまで役員会は私とブライアン、それから(ブルーボトルに出資している)インデックス・キャピタルなどの代表者が出ていたんだが、1度として「あー、これがやりたいのに役員に反対された!」ということはなかったからね。

顧客には行動で見せていくしかない

――今回の傘下入りについては賛否両論があります。特にブルーボトルファンからは、残念だとか、ガッカリしたという声も出ています。


「ガッカリするファンがいるのはわかる」と話すフリーマン氏(写真:今井康一)

フリーマン:ガッカリというのはあるだろうね。そういう声があるのは仕方ない。私の好きな本の中に、『The Elemens of Style』という本があって、その中に「Show. Don’t tell(行動で示せ。伝える必要はない)」というフレーズが出てくるが、まさにその通りだと思っている。私たちがやるべきことは、行動で示すことであって、懐疑的な人たちにいろいろなことを伝えることではない。来週、あるいは来月、2カ月後でもいいからお客さんに店に来てもらって、見てもらうしかない。

――特に米国では、ネスレが過去に環境問題を起こしたことなどについて厳しい見方があります。ブルーボトルのブランドイメージに悪影響を与えることはないですか。

ミーハン:可能性としてないとはいえない。ブルーボトルは環境、サステイナビリティにおける先進的企業であり、ネスレにとって私たちと組むことは意義のあることだろう。一方、ネスレは新たにとても進歩的な社長を迎え、役員会直轄のサステイナビリティ委員会を設けている。ジェームスと私は、今後もCEOと直接やり取りをすることになるので、何か環境面で気になることがあれば、直接声を上げることができる。

ネスレは過去に(環境面で)いくつかミスを犯したことを踏まえて、原料の生産やビジネス上のモラル、人権問題などの面において改善をしようとしている。そして、こうした面において先進的な取り組みをしている。

――今回の件は、従業員にとってもショックだったのでは。

フリーマン:従業員にとってとらえ方はまちまちで、出資の利点をすぐに理解した人もいれば、受け入れるのに時間がかった人もいる。いずれにしても、ものすごいリアクションがあったのは確かで、だからこそ私とブライアンはいろいろな地域を回って、従業員に会おうと思った。彼らに質問がある場合、直接私たちに聞けるように。

――従業員にはいろいろなメッセージを出したのですね。

フリーマン:ものすごくたくさん。かなりコミュニケーションを図った。まず、報道が出る前にすべての従業員に知らせた。それはすごく大事なことだから。それから、ブライアンや私がメールを送ったり、「よくある質問(FAQ)」形式のメモを送ったり。その中には、顧客から出資について質問があった場合、どう答えるかというのもある。顧客の中には、今回の件を心配している人もいるからだ。

ミーハン:こういう発表があった場合、CEOやオペレーションも一緒に変わるというのはよくあることだ。だが、私たちが伝えたのは、ネスレから出資は受けるが、ブルーボトルは独立したままだし、ジェームスも井川さんも私もそのまま経営陣として残り、何一つ変わらないということだ。

ネスレのCEOからは、「ブルーボトルのビジネスに関与したくて出資したわけではない。君とジェームスにビジネスを続けてもらいたいし、そうしてもらうことが私たちにとっても重要だ」と言われている。

マンハッタンに9月だけで4店オープン

――日本では来月に東京・三軒茶屋、来年には京都に出店します。米国でもマイアミやボストンに進出するなど、すごい勢いで出店しています。

フリーマン:確かにそう感じるが、ここまでずっとそうだった。つねに、自分あるいは、私たちがこなせるより早いペースで出店をしているように感じてきた。

ミーハン:その点で、私たちはすばらしいチームに恵まれている。先日もニューヨークのワールドトレードセンターに出店をしており、今月はマンハッタンだけで4店舗オープンする予定になっている。2月に、ブルックリンに1万4000平方フィート規模の焙煎所や(バリスタ用の)トレーニング施設を開設したことで、新しい店舗に必要なコーヒーを焙煎したり、人を訓練できるようになったことが大きい。

――ネスレの出資によって出店が加速することは。

ミーハン:それはない。店舗をまかせられるスタッフやバリスタ、それから店舗デザインができる建築家や施工会社がそろって初めて出店ができるわけだから。いきなり500店出すといったことは考えられない。

――ジェームスさんは以前、新しい店舗をオープンする際は、その候補地を自ら見に行くと話していましたね。

フリーマン:すべてには足を運べていない。が、ありがたいことにブライアンは、とてもいい不動産を見つける能力に長けていて、これまでオープンした場所にはほとんど最初に訪れてくれている。ただ、最近はそのブライアンでさえ「全部まわれないかも」と言い始めているんだけどね(笑)。今回、日本でも3都市をまわっていろいろ見る予定だ。

――これまで、出店数の目標などを出したことはありませんが、今後もそのスタンスは変わりませんか。

フリーマン:変わることはないだろうね。

目標数字を掲げるのはブルーボトルらしくない

――いいところがあったら、開店したいタイミングでオープンすると。

ミーハン:ネスレが大株主になったことで、これまで以上にそうなるだろう。ネスレ側からは、出店のプレッシャーはまったくかけられていないから。私たちにかけられているプレッシャーといえば、いいコーヒー、そして、すばらしい顧客体験を提供することだ。これはこれで数とは違うプレッシャーなんだけど。たとえば、2020年までに何店舗オープンするという目標を立てることは、まったく「ブルーボトルらしくない」ことだ。

――傘下に入ることで、変わることと変わらないことは。

フリーマン:コーヒーの味が変わらないとも言えないし、店での体験が変わらないとも言えない。なぜなら、現状維持がいいとは思っていないからだ。が、重要なのは、こうした変化が起こるかはブルーボトル次第であるということ。ネスレからは、何か特定の材料を使えとも、コーヒー豆を変えろとも言われていない。もちろん、「クランチ」を店で出してほしいとも言われていない(笑)。私たちのカフェの在り方が変わることもない。

――ちょっとやそっとでは使い切れないほどおカネがあると思いますが、具体的に何に使っていきますか。

ミーハン:先ほどから話しているように、店舗開発やコーヒー豆の調達、雇用、従業員の昇格などに使いたいと思う。さっきも、そろそろサステイナビリティ担当のディレクター職を設けたいと話していたところだ。

今でも、コーヒー栽培者をまわる担当者がいたり、栽培者間でベストプラクティスを共有できるように監査をしてくれるヘルパーがいるが、企業が大きくなるにつれて、多面的に責任も増している。なので、デリシャスネス(おいしさ)、サステイナビリティ、ホスピタリティというそれぞれの分野において人を雇いたいと考えている。すべての面において「カイゼン」を進めないといけない。店舗での体験については、沙紀が最近、米国を含む全社の顧客体験担当のバイスプレジデントに就任したばかりだ。

――カイゼンとは日本的ですね。

フリーマン:ブルーボトルの米国事業は日本からものすごい影響を受けている。日本人は、何かを改善することにおいてはいいやり方を知っている。

米国の企業が日本に進出する際、多くはほかの企業と組んだりするが、私とブライアンは合弁など作らずに、単独で進出することにこだわった。そうすることで、ブルーボトルにとって日本が最も「強い」エリアになると考えたからだ。そして実際、東京での事業はとてもうまくいっていて、東京でのやり方を米国で試すということも行われている。

――デジタル面にも投資するとしています。

井川沙紀:日本のECサイトはメインサイトとは別にやっていて、実験的に第三者のパートナーと組んでいろいろ試してみている。一方、米国では2015年にECサイトを買収していて、サイトのデザインや使い勝手向上などに投資をしてきた。これまでは、ブルーボトルのことを知っている人、家でコーヒーを入れる人をターゲットにしてきたが、今後はより多くの人にリーチできるように教育的なコンテンツをやってみたり、ロイヤルティプログラムのようなものがあってもいいと思っている。

ネスレにとっては「取るに足らない」事業

――韓国や中国に出店する計画は。

フリーマン:可能性としてはあるだろう。日本以外だと、ブルーボトルのファンは、韓国や台湾、シンガポール、中国に多い。ブルーボトルの人気はアジアで非常に高い。いずれにしても、ブルーボトルの出店のフォーカスは、パリやジュネーブといった欧州の都市ではなくて、アジアの都市になるだろう。

――今後、ネスレと共同で商品開発などを行う可能性は。

フリーマン:そういうプレッシャーはないが、意味のあるコラボレーションについてはオープンに考えている。ただ、たとえばネスプレッソで協業するとか、そういった圧力はネスレ側からはかかっていない。彼らは、ブルーボトルのイメージが「薄まる」ようなことはしたくないと考えているんだ。

――ネスレは上場企業ですが、ネスレが出資することによって、今後ブルーボトルの財務情報が開示されることは。

ミーハン:ありがたいことにそれはない。ネスレは非常に大きな企業なので、ブルーボトルはネスレにとって少なくとも業績面ではimmaterial(取るに足らない)ととらえられるからだ。取るに足らないと言われて嬉しかったのは初めてのことだね。

――2002年にブルーボトルを始めてから15年が立ちますが、ネスレの投資も含めてこういう日が来ると思っていましたか。

フリーマン:まったく想像できなかった。ファーマーズマーケットでコーヒーを出すというキャリアに満足していたからね。ただ、新しいことに挑戦したり、変化を経験するのは面白いことだ。

――聞いていると、ブルーボトルにとってずいぶん条件のいい取引です。

フリーマン:今回の件については、ブライアンが1人で世界一の食品会社と対峙して、ブルーボトルで働く約800人のために望ましい条件になるようにまとめてくれた。今回は私たち全員にとって有益な取引になったと思う。