9月ももう終盤となり、10月が近づいてきました。早い地域だと、10月上旬からチラホラとイチョウの黄葉が始まり、本格的な秋の深まりを知らせてくれます。
イチョウは、秋の代名詞として俳句などの日本文学によく登場しており、有名な文豪たちもイチョウに関する作品を多く残しています。
今回は、そんなイチョウの歴史や文学作品についてご紹介します。


イチョウは「生きた化石」?イチョウは一度絶滅したはずだった?

イチョウはとても古くから存在する植物で、約2億年以上前にはすでに存在していたとされています。イチョウは、当時地球を牛耳っていた恐竜の仲間とともに世界に広く繁栄しました。しかし、ほとんどの種類は氷河期などの気候変動によって絶滅してしまいました。今残っているのは、私たちが目にする一種類のみなんだそうです。
日本では一度絶滅したイチョウは、中国から仏教とともに持ち込まれたとされていますが、実は比較的暖かかった日本の中国地方では生き残っていたのではないか、という説もあり、氷河期後のイチョウの歴史は多くの謎に包まれています。
遥か昔に存在していたイチョウは、どんな形、色、匂いをさせていたのでしょうか。想像がつきませんよね。

推定樹齢1100年!法量のイチョウ


夏目漱石作品、イチョウの句。実はあの有名な俳句のルーツとなっていた?

秋の代名詞とも言われるイチョウは、日本の四季を詠む俳句にもよく登場します。みなさんもご存知の夏目漱石は、イチョウを季語として以下のような俳句を書きました。
鐘つけば銀杏ちるなり建長寺 / 夏目漱石
この俳句、何かに似ていると思いませんか?そうなんです。実はこの俳句、みなさんもご存知の正岡子規の代表作、
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 / 正岡子規
のルーツとなった作品なんです。大学の同級生であり、友人でもあった二人は、ともに多大な影響を受けあいながら創作活動をしていました。俳句に関しては、子規が漱石の先生となっていたようです。
新聞に「鐘つけば」の句が掲載されてから少しして、子規は旅に出ます。その際に立ち寄った奈良で、きっと漱石のことを思い出して「柿くへば」の句を詠んだのでしょう。二人の深い友情がうかがえますね。

赤く実る柿と法隆寺

今回は、秋の「イチョウ」についてご紹介しました。
イチョウの黄葉や独特な香りは、私たちに秋の深まりを感じさせてくれるため、日本の四季を表すために様々な文学作品に登場しています。
イチョウの葉は、1〜2時間ほどで一斉に散ってしまいます。綺麗な黄葉を見逃さないように、いつもよりちょこっとだけ顔を上げなら外を出歩いてみてはいかがでしょうか。

<参考・参照サイト>
株式会社常盤植物化学研究所
広島工業大学
TOSSランド:http://www1.kcn.ne.jp/〜zubat/houryuuji/kakikueba