ロードスターだけじゃない!名車アタリ年「1989年」を振り返る

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2017年8月、マツダが初代ロードスター(NA)のレストアサービスを2018年初頭よりスタートするというニュースが流れました。NAロードスターがデビューしたのは1989年。もう30年近く前になるんですね。これからもずっと乗り続けたいと考えているNAファンにとって、このニュースは大歓迎されました。

NAロースターがデビューした1989年は、自動車ファンの間では「国産車のヴィンテージイヤー」と呼ばれたりします。ヴィンテージイヤーとはワインの原料となるぶどうが良質だった当たり年のこと。つまり、1989年は現在でも伝説的に扱われる国産車が数多くデビューしたのです。

1980年代、日本は空前の好景気。日本の自動車メーカーは世界の自動車メーカーに肩を並べるべく、潤沢な資金を投じてさまざまなクルマを開発しました。また開発費に余裕があるため、これまでにない斬新なコンセプトのクルマを作ることもできました。1989年はそんなクルマが一気に登場。その中には、ロードスターをはじめ、現在でも多くのファンがいて中古車市場で高値で取引されているクルマもあります。そんな1989年生まれのクルマを振り返ってみましょう。

■マツダ ロードスター 〜ライトウェイトオープンの魅力を世界に再確認させた立役者

デビュー時の正式名称はユーノスロードスター。マツダは1989年から販売チャンネルを5系統に増やします。その中でユーノスはプレミアムブランドの役割を担いました。ユーノスロードスターは1989年9月に登場。かつてヨーロッパを中心に人気があったFRの2シーターライトウェイトオープンスポーツ。しかしその栄光は'80年代には影をひそめ、ハイパワー車やコンパクトなFF1.5BOXが主流になっていました。そんな時代にマツダは再び、クルマと一体になって走る心地良さを世に示そうとしたのです。

NAロードスターが登場したとき、世界の自動車メーカーは「売れるわけない」と鼻で笑ったと言います。それはそうです。かつて自分たちが一時代を築いたものの、その流れが完全に廃れて誰も見向きもしなくなったカテゴリーなのですから。ところが登場するやいなや、NAロードスターは納車まで半年以上かかるほどのバックオーダーを抱えることに。もちろん海外でも大ヒット。これに慌てたのは他の自動車メーカーです。マツダが切り開いたブルーオーシャンに競合車を投入すべく大急ぎでクルマを開発。これにより生まれがのがメルセデス・ベンツSLK、BMW Z3、ポルシェボクスターなどです。

▲1990年8月に追加されたVスペシャルのインテリアはタンの本革とウッドステアリングに

NAロードスターが搭載した1.6Lエンジンは最高出力120ps、最大トルク14.0kg-mと、決してハイパワーなものではありません。でもこれを高回転まで回し背中からぐいぐい押されるような感覚を味わいながら走るのはとても気持ちよく、まさに“人馬一体”という言葉がふさわしいものでした。また当時の若者は、自分のクルマを手に入れて女の子とデートすることに憧れたもの。ホンダプレリュードや日産シルビアなど「デートカー」と呼ばれるカテゴリーに、NAロードスターも入ることになります。

▲NAロードスターには限定車も多い。写真は1991年12月に300台限定で発売されたM2 1001

NAロードスターはデビュー時から乗り続けているオーナーが多くいると同時に、免許を取ったけれど今どきのクルマはどうもしっくりこないという若者が乗ったりもしています。専門店で話を聞くと、最近はAT限定免許を取得する人も多いので、MTだけでなくATの需要も高いそうです。

2017年9月現在の中古車価格帯は40万〜190万円で、全国で約240台が流通しています。マツダがレストアプランを実施することを発表したこともあり、NAロードスターはこれからも多くの人に愛されながら長く残るクルマになるのではないでしょうか。

■日産スカイラインGT-R 〜レースで勝つためにGT-Rの冠が復活

ハコスカ、そしてケンメリ。第一世代と呼ばれるスカイラインGT-Rの歴史に幕が下ろされ、そして第二世代GT-Rの歴史がスタートするまでに16年の歳月がかかりました。途中、スポーツ性能を高めてグレード名に“R”がついたスカイラインは登場するものの(R30のターボRSなど)、GT-Rの称号は与えられませんでした。

1989年8月、16年ぶりに復活したBNR32型スカイラインGT-Rは、当時の日産が展開していた「901運動」(90年代までに技術で世界一を目指すというクルマづくりの目標)の集大成となったモデルです。搭載される2.6L直6ツインターボエンジン「RB26DETT」は当時の自主規制いっぱいの最高出力280psを発生。最大トルクは36.0kg-mを発生します。しかしこの数値はあくまで自主規制があったために抑えられたもの。ライトチューンを施すだけで400ps、さらにチューンすればそれ以上の数値を出します。

駆動方式は電子制御トルクスプリット4WDシステム「ATTESA(アテーサ)E-TS」で、FRならではのコーナリング性能と4WDの安定性を両立。そして足回りには電子制御四輪操舵機構「SUPER HICAS」が組み込まれました。

R32GT-Rの電子制御は後のR33、R34に比べるとまだ未成熟で、コーナーを本気で攻めるとクルマがかなり暴れます。筆者が某誌の企画でドリキンことレーシングドライバーの土屋圭市選手に第二世代GT-Rのインプレッションを依頼したとき、「R34は優等生だがR32はじゃじゃ馬。でもコーナーで暴れるのを強引にねじ伏せた先にある速さと楽しさが格別」と話していたのが、今でも忘れられません。

そしてR32GT-Rで忘れてならないのはレースシーンでの活躍です。中でも全日本ツーリングカー選手権(グループA)での活躍は今でもレースファンの語り草になっています。R32GT-Rは'90年からグループAに参戦。開幕戦の西日本サーキットで、前年まで圧倒的な強さを誇ったフォードシエラを周回遅れにして1-2フィニッシュ。以来、'93年まで29戦連続優勝を記録。グループAはGT-R同士のバトルを見るレースになり、どのサーキットも超満員になりました。

R32GT-Rがデビューしてから25年経った2014年。アメリカの「25年ルール」(製造から25年以上経過したクルマは排ガス検査なしでアメリカに輸入できるというクラシックカー登録制度)の対象になった途端に日本の中古車が海外に流出。2017年9月現在、国内での中古車流通量は約100台と、かなり台数が少なくなっています。中古車相場は車両状態によりピンキリ。ガレージ保管されていた低走行車には600万円を超える値が付けられています。

■トヨタセルシオ 〜世界のプレミアムカーに肩を並べた初の国産車

日本の自動車産業は、1970年代中盤には世界で大きな力をつけていました。日本車は日米貿易摩擦を象徴する存在で、'81年には日本の自動車メーカーがアメリカへの輸出を自主規制するまでになります。このときアメリカで人気があった日本車は「安くて燃費がよくて壊れない」ものでした。そして日本の自動車メーカーは大きな目標を打ち立てます。「世界のプレミアムブランドと肩を並べる日本車をつくる」と。

ホンダは'86年にアキュラブランドからレジェンドを、日産は'89年にインフィニティブランドからQ45を発売。そしてトヨタは'89年からアメリカでレクサスを展開します。そこに投入されたのが初代LSでした。

レクサスLSが世界を驚かせたのは、なんといっても静粛性。あまりにも静かすぎてエンジンがかかっていることに気付かないオーナーもいた、なんていう逸話もあるほどです。さらに室内の作り込みや走行性も見事で、メルセデス・ベンツやBMWが震撼したと言います。もちろん、ジャパンメイドで品質は折り紙つき。アメリカの富裕層は喜んでレクサスを迎え入れたのです。

そんなレクサスLSは'89年10月、日本でもセルシオとして発売されます。価格は最も安いA仕様が455万円。エアサスで内装も豪華な最高級グレード、C仕様Fパッケージでも620万円でした。ちなみにメルセデス・ベンツSクラス(W126)の300SEが840万円、500SELが1355万円だったことを考えると、セルシオがいかに安いかがわかります。

セルシオが日本デビューしたときはバブル景気の絶頂期。この時期は今となっては信じられないような価格で高級車やスーパーカーが取引されていましたが、一方で取引先の目を考えると、輸入車には乗れずクラウンを選ぶ中小企業や地方の大手企業の経営者もいました。トヨタのエンブレムがついたセルシオ(ちなみに現在のトヨタのエンブレムを最初につけたのが初代セルシオ)は、そんな人たちも選びやすかったと言います。

初代セルシオの中古車は10年ほど前からほとんど見かけなくなりました。2017年9月現在、2代目(20系)ならまだ全国に130台ほどあり、価格帯は20万〜100万円。最終型(30系)なら全国で660台ほどあり、価格帯は20万〜250万円ほどで取引されています。ただし、セルシオの中古車はVIPカーとしてカスタムされたものが多くなっているので、セルシオのVIPカーが欲しいという人か、意地でもノーマルのセルシオを探して当時の雰囲気を楽しみたいという人以外は、レクサスが日本展開をスタートさせた2005年以降のLSを選ぶのが賢明かもしれません。

 

■他にもある!1989年生まれの名車たち

1989年には他にも、日本にステーションワゴンというジャンルを浸透させたスバルレガシィ、セルシオとともにアメリカでのプレミアムブランド展開を行った日産インフィニティQ45、シルビアとともに走りのFRスポーツモデルとして若者から絶大な支持を得た日産180SXがデビューしました。フルモデルチェンジ組ではトヨタMR2(W20系)、日産フェアレディZ(Z32)、トヨタランドクルーザー80などが登場し、ホンダCR-Xに1.6L VTECのSiRが追加されています。これだけ多くの名車が登場した1989年はまさに「国産車のヴィンテージイヤー」。1989年は、これからもクルマ好きの間で語り継がれていくはずです。

 

(文/高橋 満<ブリッジマン>)