緑に囲まれ、明るい陽光が差し込むカフェに、爽やかなレモンイエローのトップスにチェックのサブリナパンツというスタイルで現れた女優の松峰莉璃さん。リラックスしたやわらかな笑みに、インタビューを控え緊張していたその場の雰囲気もあっという間に和む。

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緑に囲まれ、明るい陽光が差し込むカフェに、爽やかなレモンイエローのトップスにチェックのサブリナパンツというスタイルで現れた女優の松峰莉璃さん。リラックスしたやわらかな笑みに、インタビューを控え緊張していたその場の雰囲気もあっという間に和む。日本語と中国語で進めたインタビューだったが、その中国語はやや北京の味わいを感じさせるとても耳に心地良い話し方だった。

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松峰さんといえば舞台をはじめ、ドラマ「鋼鉄年代」や「偽装者」、映画「羅曼蒂克消亡史」への出演のほか、ここ数年は脚本や演出も手掛け、多方面で活躍。そして今年7月には出産し、新たに「母親」という役も手にしている。

▼ドラマ「鋼鉄年代」で一躍注目集める

1997年から中央戯劇学院に留学した松峰さんは中国語もゼロから学ぶなど、最初は苦労が絶えなかったそうだが、在学中から数々の舞台を経験。2011年のドラマ「鋼鉄年代」の鈴木加代役で見せた一途な日本人女性の姿で一躍注目を集めるようになる。

その後も、「当時は学校の先輩後輩の関係で仕事をいただけることが多く、そうこうするうちに、そのまま中国に住み続けることに。歴史のある国や街が好きで、中国の、特に北京の人たちの自分の国や街に誇りをもつ生き方に学生時代から惹かれていたのも理由の一つ」と中国での活動を続けている。

▼変わりつつある抗日ドラマ

日本人俳優の中では抗日ドラマの出演数は実は少ない方だという松峰さんだが、「史実としての戦争を役者として演じるのも一つの仕事。一方であまりに事実とかけ離れた内容であれば、遠慮させていただくというのが、私が脚本を選ぶ上での原則です。ただ、悪役でもその役柄を自分のものにし、演じていくことこそが、私にとって非常に幸せなことなので、基本的にどんな役も演じてみたい」と語る。

またその抗日ドラマも、「日本人役で出演する作品の場合、監督と結構話をしますし、他の役者さんたちも少しずつですが、これはおかしいという声を挙げるようになってきています。例えばドラマ『偽装者』も、実在したはずもない女性軍人の役ですが、監督自らが残虐さだけではない人間味のある役に書き直したいと提案してくださったりと、今は作り手側の意識も変化してきています。政府も極端に事実とかけ離れた作品を禁止した経緯もあり、現在の抗日ドラマはだいぶ良くなってきていると思います」とした。

▼激変する中国と、変わりつつある日本人像

留学当時と現在の中国を比べると、「全部変わった」というほど様変わりする姿を目のあたりにしてきた松峰さん。

同時に、中国人の日本人像にも変化が生じているという。当時、第一線で活躍していた60年代生まれの中国人が思い描く日本人像は高倉健や山口百恵。松峰さんの世代とは違う日本人のイメージにプレッシャーを感じることも多かったというが、「今仕事を一緒にしているのはほとんど80後(1980年代生まれ)や85後(1985年代生まれ)で、その多くが海外経験があり、私が留学してみたいと思い、実現したのと同じような感覚と年齢で海外に行って、受け入れたものや考え方も似ているので、この世代が大好きです。彼らにとって日本人はもう高倉健でも山口百恵でもなく、初音ミクなんです。相手の国籍は関係ないというオーラが感じられ、楽しくて気が合うならいつでもウェルカムというスタンスも私と似ています。今は仕事も生活も、友人たちとはすごくうまくいっており、日本人だからこうしなきゃいけないというプレッシャーがだいぶ減りました」とその変化について語ってくれた。

▼母となって見えてきたもの

「一度仕事を始めてしまうと、他はどうでもよくなってしまうほど今までの私は仕事中毒でした。でも今は子供ができて、大変だけど、楽しさもいっぱい。今後は生活をもっと楽しみたいです」と母となったことによる変化の大きさを実感し、まだ子育てと仕事のバランスがうまく取れないとしつつも、「ここ数年続けてきた脚本と演出の仕事のほか、今年は一昨年に書き上げた脚本で映画を撮る予定で、もしかしたら監督もすることになるかもしれません」と子育てに仕事に奮闘する日々となりそうだ。

そんな松峰さんだが、妊娠・出産を経て、特に痛感したのが中国人の優しさだったという。「妊娠してお腹が目立ってくると、日本ではありえないほど、周りが大事にしてくれて、もう最後の方はなんだか楽しくなっちゃって、このままもっとこの皇帝気分を味わっていたいと思ってしまったくらいです。出産後も、道を歩いているだけで、見知らぬ人でも子供や私に話しかけてきてくれます。仕事にしても、日本だと子供がいることを理由として言い出せないような雰囲気がありますが、中国だと家族は大事だから優先すべきというスタンスで、すごくありがたいです。これは日本にぜひ訴えかけていきたいですね」と力説。

▼いつまでも変わらないことで伝えるもの

今年は日中国交正常化45周年。両国の相互理解を進める上で、どのような努力が必要かという質問には、「個人としては国籍にこだわらないスタイルを貫き、私が変わらないようにしようと思います。一個人なので、社会に対する影響はそれほど大きくないかもしれません。でも、こういう日本人もいるんだということが、何かの変化のきっかけになればうれしいですね。また社会としては、日本人にもっと中国に興味を持ってもらえればと思います。中国人は好奇心旺盛で、エネルギッシュで、興味がわいた国や場所にはどんどん赴きます。事実、現在多くの中国人が日本を訪れています。一方の日本人は逆にだんだん外に向かなくなってきているように感じます。日本の若い世代が中国ともっとつながるようなチャンスを見つけてくだされば、今後もいい関係を築いていけるのではないかと思います」と語った。(提供/人民網日本語版・文:玄番登史江)