15-16年シーズンの「SEIMEI」を2シーズンぶりに採用した羽生結弦【写真:Getty Images】

写真拡大

【小塚崇彦 非定期連載】演技曲の再演が「必要な戦略の一つ」である理由とは?

 いよいよ本格的なシーズン開幕を迎えたフィギュアスケート界。2月に平昌五輪が控え、バンクーバー五輪代表の小塚崇彦氏がビギナーでも楽しめるように、現役スケーターの話題からフィギュア界の裏側まで、さまざま語る非定期連載。今回のテーマは「羽生結弦の『SEIMEI』に見る、フィギュア選手の“再演”の意味」――。

 今シーズン開幕前に大きな話題を呼んだ一つは、羽生の17-18年シーズン、フリーの選曲だった。陰陽師をモチーフとし、独特の世界観を創り出した「SEIMEI」を2シーズンぶりに採用。ファンの間で「神曲」と言われた伝説のナンバーの再演について、小塚氏は感想をこう話す。

「オリンピックを控える今シーズンは音楽の選曲も重要になる。どんな選曲をするかは注目点でしたが、聞いた瞬間、『勝負をかけてきたな』と。世界最高得点を出しているプログラム。彼の持つ波長と曲が持つ波長が、とても合っている感じがします。いろいろと期待してしまいます」

 以前、使用した15-16年シーズンは、グランプリ(GP)ファイナルでフリー219.48点、SP110.95点の合計330.43点で世界歴代最高得点を更新するなど、高得点を連発。選手としてワンランク引き上げる要因となった。しかし、同じ曲を再び演じることが、なぜ勝負をかけることにつながるのか。

 かつてのプログラムをリメイクする選手は決して珍しくなく、トリノ五輪では荒川静香が過去に演じた「トゥーランドット」に戻して優勝。そんな例を引き合いに出しながら、小塚氏はスケーターにとって再演の意味を分析する。

「自分に合ったプログラムを滑ることで、順位的なものだけではなく、その曲のジャンルに対しての自分のレベルをもっと上に高められるもの。そういうところも目指して、多くの選手が過去のプログラムをリメイクし、現在の自分に合う形にして戻してくる。羽生選手に限らず、自分が滑りやすいプログラムで滑ることで勝負をかけるのは、必要な戦略の一つだと思います」

現役時代に再演を経験した小塚氏「曲は成績だけでなく選手の器も成長させる」

 小塚氏自身、現役時代に再演を決断した経験がある。フリーで、12年から「序奏とロンド・カプリチオーソ」、14年から「イオ・チ・サロ」と、ともに2年連続で演じた。当時を振り返りながら、こう話す。

「シーズンで滑っていく過程で、自分の技術がアップグレードされていきます。その中で、シーズン中にどうプログラムを作り上げていくか。シーズンが終わった際に100%のものが完成したと思っていても、自分の技術や表現力が上がることで、100%と思っていたものも120%、150%と成長していけます。再演は1年かけて曲を新たに作り込み、体に馴染ませていく作業がない分、上乗せがしやすい。その点において、心地良かった曲に戻して滑ることに意義があると思います」

 しかし、実際には1シーズンで曲を完璧に作り上げるのは、至難の業だという。「選手にとって、1シーズンは短い。なかなか滑り切れないものなんです」と語る。

「きっちりうまくハマって上乗せする場合もあれば、70%ぐらいしかできてないから、もう1シーズンかけて自分のものにする場合もある。2シーズン連続、もしくは過去に使った曲に戻すのは、自分の実力が上がっているからこそ、過去の自分に挑戦したいという気持ちの表れ。守りではなく、もっと自分を高めたいという挑戦の意味合いが強いと思います」

 いかにスケーターにおいて、曲がもたらす影響が大きいか伺い知れる。「選手にとって演技曲とはどんな存在なのか」と問うと、小塚氏はこんな風に表現した。

「自分を成長させてくれるものです。自分の波長が合って表現しやすい環境を作ってくれることもあれば、これまでの自分のレパートリーになくて新しい挑戦として自分の体を曲に合わせていくこともある。どちらのパターンもありますが、成績だけではなく、選手の器も成長させてくれるものが曲です」

 自らの“パートナー”というべきもの。では、そんな重要な存在を、どう選ぶのか。いくつかのパターンに分かれるという。

選手はいかにして選ぶのか? 曲は「養成ギプス」の役割を果たすことも…

 1つ目はすべて自分で決める、2つ目は振付師と共同で決める、3つ目は振付師が決める、だ。

「3つ目の場合は先生が3、4曲を持ってきてくれてその中から選ぶことが多い。『君にすごく合っているから』と1曲だけを持ってこられることも稀にあります」という。

 果たして、どのパターンが理想的なのか。小塚氏は自身の体験をもとに持論を語る。

「自分で音楽を決めると、自分のやりたいジャンルが偏りがちになります。その先を見越し、成長するために何をすべきか、客観的に見てもらった方が、良いと考えていた。なので、自分は試合で使用する曲はなるべく自分に足りなところを振付師と話し、音楽も決めてもらうようにしていました。その結果、メジャーな曲は少なく、みんなが知らないような曲を自分の曲にしていくことが多かったです」

 曲選びで重要となる客観性。一般的には2、3つ目の例が多いという。

「筋トレと一緒です。なぜ、筋トレにトレーナーをつけるかと言えば、自分でどれだけメニューを考え、自分の中で120%のパフォーマンスをしているつもりでも、それは自身で考えているものだから100%。だからこそ、トレーナーにメニューを作ってもらい、決めていくことによって、自分にはないマインドや可能性が広がってくる。“養成ギプス”のような役割をも果たすこともあります」

 スケーターにとって、自らを高めてくれる演技曲。羽生は再演を決断し、多くの選手が運命の五輪シーズンに勝負をかけて選曲している。リンクに奏でられる音色は、選手の戦う覚悟の響きでもある。

◇小塚 崇彦(こづか・たかひこ)

1989年2月27日、愛知県生まれ。28歳。中京大中京―中京大―中京大大学院―トヨタ自動車で活躍。06年の世界ジュニア選手権、10年の全日本選手権優勝。同年のバンクーバー五輪8位入賞。11年世界選手権銀メダル。15年12月の全日本選手権を最後に引退。引退後はトヨタ自動車の強化運動部に所属し、スポーツの普及・発展に尽力するほか、アイスショーにも出演。現役時代と変わらない美しいスケーティングで人気を博している。