2017年の秋分の日は、9月23日です。秋分の日は、お彼岸の中日でもあります。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うように、お彼岸を過ぎると、夏も本格的に終わるなあと実感されるのではないでしょうか。
でもなぜ、秋分の日=お彼岸なのでしょうか。
今回は、太陽の動きと先祖をしのぶ日の意外な関係にに迫りつつ、埼玉県日高市で開催中の「巾着田 曼珠沙華まつり」についてもご紹介します。「巾着田 曼珠沙華まつり」にお出かけの際は、こちら「ひだか巾着田」で事前に天候をチェックしてお出かけください。

別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも呼ばれる、お彼岸のころに咲くヒガンバナ


116年ぶりだった9月22日の祝日も!地球から見た太陽の位置で決まる秋分の日

秋分の日は「祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ」日として、国民の祝日に定められています。お彼岸は、秋分の日の前後3日間を合わせた7日間。このため秋分の日は、お彼岸の中日といわれます。
秋分の日の大きな特徴は、日にちが固定されていないことでしょう。2012年は9月22日でしたが、この日が秋分の日になるのは、1896年以来116年ぶり!のことでした。
なぜ、秋分の日は年によって変わるのでしょうか。
これは秋分の日が二十四節気により決められていることに関係しています。太陰暦では1年の太陽の動きを二十四等分して、季節の変わり目を表しました。地球からみた太陽が、特定の位置にきた瞬間で、二十四節気を表したのです。秋分の日は、太陽が秋分点を通過する日とされています。
ちなみに1年で最も昼が長く夜が短い日が「夏至」で、「冬至」はその逆になります。
そして太陽が秋分点を通過する「秋分」と、春分点を通過する「春分」は、昼と夜の長さがほぼ同じになるのです。

秋の空と言えばうろこ雲


カレンダーどおりではない!? 1年は365日と6時間弱

ご存じのとおり、地球は1年365日かけて太陽の回りを一周するわけですが、正確には365日と6時間弱でまわっています。この6時間弱のずれが4年に一度の閏年(うるうどし)となり、太陽が秋分点を通過する時刻にも少しずつ影響を与えていきます。
このため、秋分の日が9月23日ではない年も出てくるということになるのです。国立天文台によると「今後は9月22日が祝日になる割合が増えていくだろう」と述べています。


西の彼方にあるという、煩悩から解脱した世界「彼岸」

では、なぜこの日がお彼岸の中日となったのでしょう。
秋分の日と春分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈んでいきます。
仏教では、亡くなった方の住む世界を「彼岸(ひがん)」と言い、いま生きているこの世界を「此岸(しがん)」といいます。
もともとの仏教用語では、この世は煩悩や迷いに満ちているが、そこから悟りを開き、解脱した世界が彼岸である、といわれています。その「彼岸」が西にあり、「此岸」が東にあるので、太陽が真西に沈む秋分と春分は、彼岸に通じやすくなると考えられるようになりました。秋分の日は、彼岸にいる先祖を供養し、「いまある生」を考える日でもあるのです。こうした理由がわかると、お彼岸に墓参りに行く意味も納得できますね。

真西に沈む太陽 ※写真はイメージです


天上の花「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」妖しく、美しく

お彼岸にお墓参りをするのは日本だけといわれていますが、農耕民族である日本人の、太陽に対する信仰心も結びついたのでしょう。
彼岸のころに開花することからヒガンバナと呼ばれるのが、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)です。妖しく魅惑的な赤い花は、「天上の花」という意味もあります。
この曼珠沙華が咲き誇る様を見られるのが、埼玉県日高市です。
日高市に流れる高麗川の蛇行により自然に造られた22ヘクタールの川に囲まれた平地に、約500万本の曼珠沙華が咲き誇ります。ぜひ、秋の行楽もかね、訪れてみてはいかがでしょう。

美しくも幻想的な曼珠沙華が咲き誇る