銀行の常識は社会の非常識か? その3 両替有料化にみる銀行の体質

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 公共料金の支払いは銀行の口座振替が常識だった時代があった。現在はクレジットカードで公共料金を払うと、ポイントを付与するカードが珍しくない。どちらで払っても同じ金額なのに、ポイントが付くのと付かないのでは長い年月で大きな差が出ることは誰にでもわかる。

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 ポイントとして客に還元できる余禄があるのであれば、還元しない銀行は自分のフトコロに入れているのか?分からないが、そう考えなければ説明がつかない。銀行は何かを勘違いしてしまったのではないか?そうでなければ、他の業態でできることが銀行でできない理由が分からない。

 銀行が両替に手数料を取るようになったことも理解できない。通貨の円滑な流通が銀行にとっての使命である。金利で稼げない時代だから手数料で収入を増加させられないかと、新しい事業分野を開拓して“手数料が必要なんです”なら分かる。今まで当然の如くにやっていた業務から手数料を取るのだからやっぱり銀行は“しっかり”している。だが、日本全国の銀行が同じような時期に同じような金額の手数料を要求するようになったのは“談合”かどうかは別にしても非常に不自然だ。なにしろ両替は銀行でする以外に方法はない。そんな優越的な立場でありながら、両替客から手数料を取ることは“優越的な地位の濫用”に当たらないのだろうか?

 両替機に向かって操作しても、手数料を払わなければ両替してくれない。顧客が自分で両替機を操作する行為のなかのどこに銀行の手数が発生する余地があるのだろう。手数がかかるから手数料を払って下さいというならわかる。機械に両替金をセットする手数はあるだろうが、そのあとは窓口を煩わせないで顧客は用件を済ませる。銀行にとって都合の良い、効率的な手順に顧客が協力しているようなものなのに、顧客に手数料を要求するのは何年経っても腑に落ちない。

 作業が効率化できれば、その分顧客に還元するというのが一般的な商売だろう。かつて両替機の導入により人件費が削減され、まさしく効率化により無料で提供されていたサービスが、ある日突然、システムはそのままに有料化される。これに納得できる人は果たしてどれほどいるだろうか。