「これ、けっこうキッツイわ」
 排ガスとぬる〜い空気でよどんでいるトンネルのなかを、恐々と走る。
 背後から迫ってくるクルマのなかの人たちが、妙な顔でこちらを見る。
 このラン、どう見ても、カラダに良くない。空気は悪いし、危ないし…。
 JR青梅線の終着・奥多摩駅から、国道411号をたどって、奥多摩湖へ向けて走る。が、間違えた。走る道を、ことごとく誤った。
 駅と湖の間には、国道よりも古い道がある。山あいを縫うように伝う「奥多摩むかしみち」だ。
 東京と山梨を結ぶ甲州裏街道として、明治期から旅人の往来を見つめてきたこの道は、「羽黒坂」「不動の上滝」「馬の水飲み場」などを経て山あいを縫うように走っている。

クマの気配とクルマの排気ガス

 奥多摩駅の改札を抜け、おもむろに走り出した中年ランナーは、国道から「むかしみち」へと分け入り、うっそうとした木々の間に続く細道を走る。
 この山道、ひとの気配がなく、中年ランナーもへっぴり腰気味。国道を見下ろせるほど山道を登っていくと、突然、山道を横切るレールに出くわす。
「うわっ、ナニコレ…!?」
 これが、東京都水道局小河内線(水根貨物線)の線路跡だ。
 その名のとおり、小河内ダム(奥多摩湖)建設に使われる資材を運搬するために、東京都水道局が敷いたレールで、1952(昭和27)年から1957(昭和32)年まで貨物列車が走っていた。
 ダム建設を支えた鉄路が、草木の間からかろうじて露出している。
 ひと気のない山道に、朽ちた線路。ちょっと止まってあたりを見まわすと、背筋が寒くなるのを覚えた。
 ク・マ・が・出・そ・う。
 誰もいないし、山あいのど真ん中にいるし、クマさんに出会ったら、もう一巻の終わりだと怖気づく。
「あぶねえ!」と思った中年男は、トレイルランから逃走に体裁を変え、一気に山道を走りぬける。
 この情けないほどの怖がりと独断が、このあとのランをもっと辛くする。
「むかしみち」から外れ、国道を走ることに。これが、キッツイ…。
 先ほどの細道と違い、アスファルトでアゲサゲもゆるく、走りやすいんだけど、こちらはトンネルが多い。
 この国道のトンネルが、ツライ。
 歩道もなく、排ガスを吐き出しながら突っ走るクルマとスレスレに走らなければならない。クルマのほうが、クマよりはるかに、怖い。
 クマとクルマから逃げるように走る中年男を、静かに迎えてくれるのが、水根貨物線のガードレール。
 国道を上から越えるこの鉄道橋が、まるで、マラソンのゴールにあるゲートのようにも見えた。

男女のはしゃぎ声とC11の煙

 2時間のランでたどり着いた小河内ダム。山道のひと気なさとは対照的に、家族連れやデートの男女でにぎやか。
 ダム展望塔にある資料室で、思わず「うおおおお!」と唸ってしまう写真に出会った。そのモノクロの画に、水根貨物線を行くC11形蒸機とホッパ車の姿が写っている。
 このダムと氷川駅(現・奥多摩駅)の間を結ぶ線路の山あいに、C11の煙が立ちのぼる風景を、妄想する…。
 この夏、雨が少なかったせいか、ダムの土壁が晒されていて、痛々しい。
「雨を降らせる機械って、あれか…」
 この小河内ダムの脇には、あの人口降雨装置が置かれている小屋がある。
 パカッと屋根が開き、雨を降らせる特殊な物質がふわふわと空に舞う光景を想像し、ダム脇の食堂で注文した「とろろめし定食」の素朴な味と湖畔の空気をカラダに取り入れると、まっすぐなココロを取り戻した気分…。
「バスに乗って帰ろうよ、素直に」

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年10月号に掲載された第16回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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