活況を呈するIPOだが、ベンチャー企業の見極めは簡単ではない(撮影:梅谷秀司)

国内の株式新規公開(IPO)が依然として活発だ。特にインターネット業界では、来年上場の観測が浮上するメルカリなど、注目株がいくつもある。このうち9月29日に東証マザーズに上場するマネーフォワードは、フィンテック企業の国内代表格のベンチャーだが、上場時点ではたいへんな赤字である。
赤字上場するベンチャーは従来から例があり、ビジネスに精通しているとは限らない個人投資家には判断が難しい投資対象だった。今後もベンチャーの上場が続くと見込まれる以上、赤字企業をどう評価すべきかはぜひ知っておきたい。これを米国在住の起業家で『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』著者のシバタナオキ氏と、世界を旅するIT批評家の尾原和啓氏が対談して考えた(注・対談はネット経由で行われた)。

年商15億円、赤字は8.7億円

尾原:IPOでは、その企業がこれからどの程度成長するのかを見積もるのが最大の論点ですよね。その視点でいうとマネーフォワードのような、すごく成長しているけれど同時に赤字も膨らませてきた企業っていうのは、投資家の眼力が問われます。

シバタ:ぱっと見は確かに大赤字ですからね。直近の通期決算(2016年11月期)は売上高が15.4億円だったのに対し、営業損失が8.7億円です。日本には赤字企業の上場に抵抗感を示す投資家はまだいますし、東証も1部・2部では一定の制限を残しています。


ここでポイントは、いい赤字と悪い赤字があるということなんです。良しあしの見分け方は業態やビジネスモデルによって違いますが、マネーフォワードのようなSaaS(サービスとしてのソフトウエア)型と呼ばれるビジネスモデルに対しては、米国の投資家は割と合理的な基準を持っています。

尾原:SaaSって何なのか、ちょっと説明したほうがいい。ソフトはもともと、パソコンにダウンロードして使ってもらう売り切り型の商品だったけれど、ネット環境の向上を受けて近年、オンラインのサービスとして提供されるように変わってきました。

たとえば文書作成ソフトは以前だったら米マイクロソフトが「ワード」をパソコンにあらかじめバンドルしたりCD-ROMで提供したりしていました。それが近年は、米グーグルがウェブ上で「ドキュメント」というソフトを提供しています。

マネーフォワードの場合は個人向けに家計簿・資産管理アプリ、企業向けに会計ソフトを提供していて、どちらもSaaS型のビジネスです。

シバタ:米国にはこういうSaaS型ビジネスを手掛けるベンチャーがすごくたくさんあります。そしてそういう企業は総じて、赤字の最中にIPOするのですね。たとえばファイル管理ソフトを法人向けに展開しているBox(2015年1月米ニューヨーク証券取引所上場)なんかがそうです。

SaaSはどうしても、創業当初はマーケティングの費用が先行します。それを、売上高を伸ばしながら、長い期間をかけて回収していきます。リアルビジネスでもこういう傾向はありますが、その度合いがもっと顕著なのがSaaS。じゃあどの程度の赤字なら許容されるのか。もちろん無限に許容されるわけじゃありません。米国の投資家は、2つの要素を掛け合わせて判断しています。

VCが重視する「40%ルール」

シバタ:1つは売上高の成長率、もう1つは営業利益率。この合計が40%を超えればいい。たとえば売上高が前年同期比100%増、つまり倍増していれば、営業利益率はマイナス60%までOK。赤字でもいいんです。

逆に売上高の伸びが鈍化して20%しか成長していなければ、営業利益率は20%以上なければならない。これを「40%ルール」といいます。ルールといっても、上場市場の審査ルールではなくて、ベンチャーキャピタル(VC)などが使っている投資基準ですね。

尾原:マネーフォワードの場合、直近四半期(2017年3〜5月期)の売上高成長率は99.7%、営業利益率はマイナス16%。直近の四半期では、さっきのルールの水準を大きく上回っている。

シバタ:はい。赤字の要因は主にマーケティングコストなのですが、さっきのルールからすると、無謀な投資をしているわけではないといえます。米国での上場だったら全然問題がない水準です。

尾原:40%ルールというのは、SaaSのビジネス展開に不可欠なマーケティング費用の回収期間をざっくり見るための指標であるわけですね。

シバタ:マネーフォワードの場合、企業向け会計ソフトの顧客コストを何カ月で回収できそうか。概算すると、大体8〜12カ月で回収する感じです。これは米国のSaaS型企業と比べるとかなり健全です。

こういった、顧客1社の将来にわたる売上総額が顧客獲得等費用を上回ることを、「ユニットエコノミクス」が成立しているといいます。最近のVCが非常に重視している指標です。論理的にいえばユニットエコノミクスが成立するかぎり投資を続けたほうが、一時的な赤字は増えるとしても、将来の利益総額は上昇します。

尾原:僕がマネーフォワードについて注目しているのは、法人向けの会計ソフトという性質上、一度獲得した顧客が簡単には流出しないというところです。ほかに乗り換えるのを躊躇するスイッチングバリアがあるから。だから一度浸透してしまえば、市場を長くドミナントできる。もちろん技術動向や規制の大きな変化で優位性が損なわれることはあるけれど。

弥生っていう、小さい企業や個人事業主向けの会計ソフトをやっている企業があるじゃないですか。マネーフォワードにとってはライバルの1つになる企業です。弥生はもともと、パソコンにインストールして使う旧来型の会計ソフトを長くやってきたのですが、実は今の売上高の半分ぐらいが保守サービスで、そこに税務相談(注:事業名は「業務相談サービス」)が含まれています。

シバタ:へえ、そうなんですね。

尾原:ユーザーから年額で相談を受け付け、公認会計士・税理士につないでいるのですが、要は全国にいる公認会計士・税理士のネットワークという経営資源を生かしているわけです。弥生はソフトの会社であると同時に、会計士というプロフェッショナル人材をオーガナイズするコミュニケーション型のビジネスも行っている。

シバタ:会計ソフトを入り口にした一連のサービスの上で、ネットワーク外部性の効果が発揮できる。ネットワーク外部性というのは、ユーザーが増えるほどそのサービスがどんどんよくなり、ユーザーが離れにくくなることです。これが見込めるビジネスモデルには、先行投資して踏み込む価値がある、というのがネット企業やそこに投資するVCの考え方です。

あらゆるビジネスがサービス化していく


シバタナオキ/元・楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、米スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。スタートアップ企業を経営する傍ら、「決算が読めるようになるノート」をnoteで連載中。経営者やビジネスパーソン、技術者などに向けて決算分析の独自ノウハウを伝授している。近著に『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』。

シバタ:改めてですが、なぜマネーフォワードのIPOをあえて取り上げて考える必要があるのか。それは、この会社が会計ソフトをネットサービスに変えようとしているのと同様に、世の中のありとあらゆるビジネスがネットサービスに変わる可能性があるからです。

マネーフォワードが売りにしている機能そのものは、弥生とそんなに変わらない。でもそれをオンラインで売ると、顧客にとっての価値は大きく変わる。こういう変化が会計だけでなく、これから3〜5年であらゆる分野で起こる可能性があると僕は思います。

そこで登場する企業はどれもマネーフォワード同様、最初は赤字に陥るはずです。それを健全な赤字と評価するのか、投資回収が不可能なビジネスモデルだと見るのか。そういう判断をありとあらゆる産業にいる人ができないといけなくなる。

尾原:そう。あらゆる資源が、保有から利用に変わっていく。中国で今めちゃくちゃ配られているシェア型の自転車の話も、根本的にはこういうモデルですね。

シバタ:遠からず、自動車もシェア自転車みたいになりますね。マイカーを保有するより、シェアリングで利用するときにだけ対価を払うという。

「ピザビジネスの悲劇」

尾原:もう始まっていますよ。日本でもパーク24がカーシェアをやっていて、大型のマンションには結構導入されています。1台あれば5人分とか複数の移動需要は満たせるから、シェア自動車が1台導入されればほかの台数分の新車販売需要が消える可能性がある。これは自動車産業にとってインパクトが極めて大きい。


尾原和啓(おばら かずひろ)/IT批評家。京都大学大学院工学研究科で人工知能を研究。マッキンゼー、グーグル、楽天(執行役員)、リクルートなどで事業立ち上げ・投資に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業技術総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。近年はシンガポールとインドネシア・バリ島をベースに活動。著書の『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』はITビジネスの本質を学べる良書として評判が高い。

ただこういう新しいビジネスモデルで注意しなければいけないのは、市場を開拓するためにマーケティングコストをかけた結果、似たような企業に顧客を奪われてしまうという事態です。

せっかく畑を耕したのに、よそに収穫されちゃうという。これを僕は「ピザビジネスの悲劇」って呼んでいます。デリバリーピザのチェーンって大きいところがいくつかありますが、1社がテレビ広告を打ちまくったおかげで消費者が「ピザの宅配サービスがあるんだ」と認知するようになった。そうしたら広告を打った側じゃなく、競合が伸びちゃったという。

これと同じことが、今ITベンチャーでも起こっています。米ウーバー・テクノロジーズです。運転手と乗客をマッチングするライドシェアの代表的企業ですが、ウーバーが一生懸命運転手に教育を施して市場を作り上げたところを、米リフトのような後発企業が「後のせサクサク!」と言わんばかりにおいしいところをさらっていっている。

ドライバーは複数のアプリを使うことに抵抗がありませんから。そういうリスクはライドシェア以外にもあるので、大赤字のベンチャーが絶対に買いだとは断言できない。

シバタ:そのとおりです。これからの成長率に注目する必要がありますし、そもそも買いだ、売りだ、という評価はマーケットが決めることです。ただひとつ言えるのは、マネーフォワードはSaaS企業のIPOとしては米シリコンバレーのパターンに近い、ある種のお手本の「型」ということ。だから、上場とその後に株価とビジネスがどう推移するかに注目して損はないです。