あえて女性専用車両に乗る「男性の言い分」
女性専用車両にあえて乗る男性もいる。その理由は何か(撮影:尾形文繁)
知らずに乗り込んだらそれが女性専用車両で、思い切り冷たい視線を浴びた、という経験をしたことがある男性は少なくないはずだ。
しかし、女性専用車両に対する反対の意味を込めて、あえて女性専用車両への乗車を実践している人もいる。横浜市内に住む自称「ドクター差別」こと兼松信之氏は、女性専用車両が登場したときから、その運用方法に異議を唱え、女性専用車両への乗車運動を続けている。
女性専用車両は「任意協力」で成り立っている
異議を唱えているのは、あくまで「女性専用車両の運用方法」なのだという。女性専用車両は男性がほかの車両に乗車するよう、任意に協力を求めるものであって、法律で強制されているわけではない。だからそもそも“専用”という名称を付けることもおかしいのに、鉄道会社は男性の乗車を禁止するかのような運用をしている。だから勘違いをした女性たちが、男性が乗車すると白い目で見たり、注意したりする、という主張なのだ。
兼松氏は鉄道会社に対し、あたかも男性の乗車を禁止するような運用を改め、男性の任意協力のうえに成り立つ制度であることと、男性も利用できるのだということをアナウンスすべきであり、鉄道会社の社員が女性専用車両に乗っている男性にほかの車両への移動を促すような運用はやめるよう求め続けている。
すでにリタイアしている兼松氏は、電車賃を支払い、あらゆる路線の女性専用車両に、仲間とおそろいの「女性専用車は法律上も契約上も誰でも乗れます」というロゴが背中に入ったポロシャツを着用して乗車する運動を続けている。
当然のように白い目で見られるし、口論になった揚げ句、相手の女性から暴力を振るわれたこともあるというが、目的は「男性も乗れるのだということを確認すること」。したがって、「女性専用車両自体に反対しているわけではない」。
それではなぜ、自腹で乗車賃を支払ってまでこのような運動をしているのか。「明らかに男性差別だから。女性はどの車両にも乗れるのに、男だというだけで乗りたい場所に乗れないなんて、こんなバカな話はない。女性の6割が痴漢被害の経験があるらしいが、加害者は男性全体のほんの一部。それなのに、痴漢を働く男とそうでない男をいっしょくたにするなんて、江戸時代の連座制よりひどい」。
そもそも一般車両に乗る女性がいるかぎり、女性専用車両は痴漢撲滅に役立たない、とも兼松氏は指摘。「車内防犯カメラのほうが、よほど効果があることはすでに立証済み」だという。
また、女性専用車両を利用している女性の中に、痴漢被害回避の目的で乗っているわけではない人が多くいることも指摘している。確かにそのとおりなのだ。
痴漢回避目的以外で乗車する人も?
警視庁が2011年に公表した「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」によれば、被害者の年齢は19歳以下が52.2%を占め、20歳代が36.8%、30歳代が9.0%だという。合計で98%。しかし、現実の女性専用車両には50歳代以上の女性もたくさん乗車している。
この報告書では、痴漢に対する意識に関する男女の違いも明らかにしていて、男性は総じて痴漢を犯罪ではなくモラルの問題と考えている、とある。これは、痴漢をやったことがない世の大半の男性は、痴漢が何をしているか、実はあまりご存じないからなのではないかと思う。
「お尻をさわられたくらいで騒ぐなんて大げさだ」とまで言う人は、今や多数派ではないだろうが、「服の上から掌で臀部をなでる」「服の上から乳房にさわる」程度のことしか想像していないのだとしたら、モラルの問題だと思うのもうなずける。それが不快であることには違いはないが、その程度で怖くて電車に乗れなくなるほど心理的なダメージを受けるわけがないのだ。
現在55歳の筆者も10代の頃はよく痴漢に悩まされた。通っていたのが私立の女子校で、制服はセーラー服。制服が痴漢を呼び寄せてしまうのだ。大学に入って私服になったとたん、痴漢に狙われる機会は激減した。この点については、友人の娘も同じ意見だった。が、今度は露出魔に狙われるようになり、これは30歳代後半まで続いた。
派手な服装、露出度の高い服装をしていると狙われやすいと思っている男性も多いが、筆者の肌感覚では全く逆。騒がれないことが最大のポイントなので、おとなしそうに見える人が狙われるのだと思う。筆者は10代の頃、地味で暗そうでやぼったい女のコだったから、おとなしそうに見えて狙われたのだと思っている。
筆者が初めて電車内で痴漢被害に遭ったのは13歳。中学1年のときだ。場所はセオリーどおりドア付近。ひと晩泣き明かし、しばらくは電車に乗るのが怖かった。
一度の経験で警戒心が芽生え、身動きがとれなくなるような電車には近づかないようにし、駅のホーム上で目をつけられたときにはある程度わかるようになった。そしていったん目をつけられると、執拗に追いかけられるということもわかったのだが、これはかなりの恐怖だった。
筆者も積極的に女性専用車両を利用しているが、40年前に女性専用車両があったら、どれほど心理的に救われただろうかと思う。そしてふと思う。自分は痴漢や露出魔と縁が切れて久しい。女性専用車両が痴漢防止を目的にしたものである以上、被害に遭う懸念がほぼない自分に、実は乗る資格はないのかもしれないのだ。
女性専用車両に異議を唱える男性がいる一方で、さらに増やすべきだと考える男性もいる。その理由は、いつ自らに降りかかるかわからない、痴漢えん罪被害から身を守るためだ。
以前に比べれば、被害に遭った女性が声を上げられる環境は整ってきたとは思う。とはいえ、声を上げるということは、10代の女の子が、受けた被害を詳細に言葉で描写するということを意味する。これは相当にハードルが高い。依然として誰にも相談できず、泣き寝入りしている被害者は多いと思う。
突然人生を暗転させる痴漢えん罪問題
その一方で、グループで役割を分担し、被害者を装って相手から金銭を巻き上げる犯罪も起きるようになった。また、純粋に被害者が加害者を間違えるということも起こりうる。どちらにしても、現状では被害者から加害者であると名指しされると、無実でも有罪にされてしまう確率が非常に高い。ごく普通の市民が、ある朝突然人生を狂わされる。映画『それでもボクはやってない』(周防正行監督、2007年公開)によって、この問題は世の男性に広く認識されるようになった(筆者による周防監督へのインタビュー記事はこちら)。
筆者の知人は「混んだ電車で近くに女性がいたら必ず、鞄は肩に掛け両手バンザイがマスト。女性にはできる限り女性専用車両に乗ってほしいし、そのためには女性専用車両をもっと増やしてほしい」という。戦う個人投資家・山口三尊氏も、混んだ電車内では両手バンザイを実践、株式を保有している西武ホールディングスには毎年、男性専用車両の導入を株主提案している。
こういった痴漢冤罪回避意識の高い男性がいる一方で、混んだ電車内で回避努力をすることなく、不用意に若い女性と体を密着させるなど、いつ犯罪集団の餌食になってもおかしくない、スキだらけの男性も多い。現在の鉄道会社のアナウンスは、男性に協力を求める形のものがメインだが、むしろ痴漢被害に遭いやすい若い女性に、女性専用車両の利用を促すアナウンスをぜひ試みてほしいと思う。