定時帰りの、腰掛けOLたち。

楽な仕事に給湯室での井戸端会議、充実したアフターファイブ。

”安定”という鎧を手に入れた彼女たちは保守的で、誰かが幸せにしてくれるのを待っている。

丸の内の大手損保会社に勤める愛華(26)も、その一人。典型的な腰掛けOLである彼女には、実はこんなあだ名がある。

“にゃんにゃんOL”、と。

元OLのアリサ(29)から檄を飛ばされながらも、意中の商社マン・和樹に“可愛い”と褒められ喜び、そして無意味な資格取得に燃える愛華。

そんな愛華が、少しずつ変わり始めた...?




理不尽なことだらけの世の中で


「愛華ちゃん、結衣ちゃんの話聞いた?」

昼休み15分前。

今日はどこでランチをしようかとPCで検索していると、隣の席に座る一つ上の先輩・梨香子がそっと小声で話しかけてきた。

「...えっと?結衣ちゃんの話って何ですか?」

結衣は、以前から社内の既婚者とあらぬ関係にある。私は知っているけれど、そのことだろうか?

それならば知らないフリをしてあげるのが結衣のためかな、などと考えている間に、 梨香子はまくしたてるように話し始めた。

「ヤダ〜愛華ちゃん知らないの?結衣ちゃん、部長とずっと不倫してて、それが上にバレて今大問題になってるのよ。」

バレたことは、知らなかった。社内でそんな人たちはごまんといるだろうが、何かあったのだろうか。

「それで結衣ちゃん、五反田へ飛ばされるらしいの。」

「...え?丸の内オフィスから飛ばされるってことですか!?」

胸がドクン、と鳴る。結衣は以前から、食事会などに行くたびに“丸の内で働いている”ことを強調していた。

丸の内OLという響きの良さを誰よりも気に入っており、自分の価値はそこにあると信じて疑っていなかったのに。

それなのに、五反田に飛ばされるなんて...。

「でも、部長の方は何もお咎めなし。今日も元気に営業中、だってさ。」

思わず、キーボードを叩く手が止まった。


理不尽すぎる世の中だから?まだ拭えない、男女の待遇差


会社にとって重要なのはお飾りOLではない


たしかに、結衣は許されぬことをした。今のご時世、最もご法度な行為だ。テレビをつければ芸能人や政治家のそんなニュースばかりだし。

でも、一つだけ腑に落ちないことがある。

何で、結衣だけ処罰を受けるのだろうか?
どうして、部長の方は何にもないのだろうか?

「でもそれって、おかしくないですか?全然平等じゃない気がします!」

普段、私はどちらかというと物静かな部類に入ると思う。だから自分でも、こんな大きな声が出たことにびっくりした。

何よりも、目の前の梨香子がびっくりしていた。

「まぁ、でも仕方ないと言うか何というか...実際に、部長は部長だし、私たちは寿退社を勧められているような身分だし。」

決して、皆と同じように働いているとは思っていない。私たちの方が圧倒的に仕事量は少ないし、楽をさせてもらっている。

それでも、結局はこの結末なのかと思うと、妙にやるせない気持ちになった自分がいた。






「という訳で、まさかの結衣が飛ばされることになっちゃって。」

「えっ...そうなの!?何で結衣ちゃんが?」

目の前に座って驚いている相手は、アリサさんではない。スーツをカッコよく着こなす、和樹だ。

実は今日、和樹と初デートの日だった。それなのに、こんな話題をしてしまった自分って...言った端から後悔する。もっと楽しい話題をすべきだわ。

せっかく今日のために昨日ネイルに行き、先週末ヘアサロンに行ってちょっと秋らしいカラーリングにしたのに。

でもそんなことより、和樹の興味は結衣の左遷にあるようだった。

「結衣ちゃん、何かしたの?あの子計算高そうに見えたけどなぁ。」

「社内不倫がバレてしまったみたいなの。」

「あらら、それはダメだ。そりゃ結衣ちゃん、飛ばされるね。」

和樹の発言に、少しだけ違和感を覚える。やっぱり、結衣の方が飛ばされて当然、のような言い方だったから。


結婚したら辞めるんでしょ?にゃんにゃんOL達の社会においての価値とは


にゃんにゃんOL達の夢は何?


「和樹さんもそう思います?」

丸ビル最上階にあり、リニューアルオープンしたばかりの『ブリーズ・オブ・トウキョウ』のトマトと瓜のガスパッチョを食べながら、さりげなく問いただす。




「そうだなぁ。立場を考えると、異動しても仕事に支障をきたさない結衣ちゃんのほうが、会社としては飛ばしやすいんだろうね」

やっぱり、そうなのか...和樹の言うことは当たっている。会社からしても、私たちを飛ばしたところで痛くも痒くもない。結局、ただのお飾りでしかない。

-どれだけ頑張っても、結局報われないのかな...

そんなことを思うと、一体何を目標にしていいのか益々分からなくなる。

元からそこまで仕事において明確な目標がある訳でもないのに、更に“目標レス”になってしまう。

「でも、愛華ちゃんや結衣ちゃん達のような職種の子達って、結局はみんな結婚したら辞めていっちゃうんでしょ?」

和樹の発言に、ハッとなる。

そうだった。私の目標は結婚であり、仕事においての目標は...。

目標は、何だったかな?

「だったら仕方ないよね。ちなみに、愛華ちゃんは結婚したら仕事はどうするの?」

もちろん、辞めたい。
辞めて専業主婦か、サロネーゼになるのが夢だから。

「子供ができたら、仕事はして欲しくないんだよねー。女性は家庭に入って欲しいと言うか。」

無邪気に和樹が笑っている。その笑顔を見ながら、何故かまた胸がドクン、と鳴る。

-あれ?これでいいのかな?

何度も言うけれど、今の仕事に未練があるわけでもなければ命を懸けている訳でもない。

でも急に、結婚して家庭に入ると何にもなくなってしまうような不安に襲われた。

幸せな結婚生活と仕事を天秤にかけた時、私は喜んで仕事を手放すと思う。でも、本当にそれでいいのかな。

結衣のように、女性だけが何かを諦めなければいけないのは間違っている。

-安心と引き換えに手に入れられるのは、妥協と諦め?

和樹の優しい笑顔を見つめながら、自分は一体社会において何者なのかと突然不安に襲われた。

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意外に保守的な商社マン。それでも“キラキラした生活”のために結婚したい?