以前掲載の記事「銀行はもういらない。経済の歴史をひっくり返す『仮想通貨』の破壊力」で、通貨の概念を覆すほどの可能性を秘めたデジタルコインの有益性について説いた無料メルマガ『グローバル時代、こんな見方も…』の著者、スティーブ・オーさん。今回は「デジタルコインの有益性」と「金融市場」の危険性について考察しています。

デジタルコイン、テーマは「自由・公正・人権」── 変わりゆく通貨のパラダイム 2

デジタルコインの「破壊力」、コインが各国権威を脅かす存在であることなどについて書いた「銀行はもういらない。経済の歴史をひっくり返す『仮想通貨』の破壊力」の後、中国や韓国が大きな規制を発表して、コイン市場に衝撃が走った。ただ、その後のリバウンドも大きく、そこでコイン市場を買い上げた売買代金は24時間の最多記録を更新した。

中国当局の規制内容については、今もなお全容が明らかにされていないものの、「全取引所恒久閉鎖」などといった外部の極端な発信はさておき、今回のショックの規模と、その後のリカバリーとのコントラストが今のコイン市場の性格を端的に表している。

「下がれば買っておいてもいい」といったコイン支持者は、世界中でその数を増やしていると言えそうで、このようなトレンドに対し米国では、銀行界の権威的人物が極端な表現を用いてコインを全否定するなど、コイン支持の広がりをくいとめようとする姿勢が鮮明になっている。昨年までとは全く異なるレベルのコイン攻撃が世界中で見られ、業界権威とデジタルコインの熾烈な戦いは口火を切ったばかりと言えそうである。

人権改善に一役買うデジタルコイン

お金は人々に自由を与え、人生のセキュリティを提供してくれる。それは世界中、どこの人々にとっても同じことだ。

いわゆる99%の人々が、お金に関心を持つのはこうした部分であって、決して皆が贅沢な無駄遣い、環境破壊な大量消費にお金を欲しがっているわけではない。それは各国有権者の共通した価値観でありながら、民主政治に反映されない「不思議」が世界で蔓延している。

政府要職に就く者、とりわけG7要人の多くは、個人への規制を残したまま、大企業の自由を擁立するタイプのグローバル化を信望している。個人の権利が十分に尊重されない就労環境の整備を目指し、GDP成長とインフレ経済を絶対視する政策を市民に押し付けている。

そのインフレ経済を最も必要としているのが、英語で言うフィアットマネー、すなわち恣意の通貨(紙幣)である。中央組織が発行する紙幣の利用に利子を課し、それはまさにカネがカネを生む制度社会の大もとであり、その維持にはインフレ経済が欠かせない。

これに対し、デジタルコインの多くは、ディ・セントラライズド・カーレンシーと定義され、中央集権な権威組織を持たない。つまり、わずか数名による非公開の会合で、一通貨辺りの価値(発行量)が変更されることもなければ、誰かが使用料(利子)を徴収することもない。集権制度ゆえに起こり得る失政が国民生活を直撃したり、縁故主義な運営によって通貨の運命を左右することもない。

そして何よりも、コインは特定仲介業者、すなわち銀行を必要としないことから、恣意的な「バンキング格差」が起こりにくいことが注目されている。

先進国の政治的な都合で制裁を課される国々の市民は、その多くが自国政治への参加すらままならない罪なき人々であるにもかかわらず、送金はおろか、口座を自由に開設する権利すら長年奪われ続けている。Eコマースが普通なこの21世紀に、通貨にすらアクセスできない人々の存在は極めて深刻な人権問題だ。

そうした国々では、今では銀行口座を持つことより、スマートフォンを入手することの方がたやすいとされ、コインはこれらの人々へバンキングの機会をもたらしている。コインを利用することで彼らの経済活動の枠は広がり、悪い格差、貧困改善の一つの突破口となり得ることを人類に示している。

こうしたことがコインの本質であり、それが世界のコインアダプターの支持を集める大きな理由の一つであって、投機性、犯罪利用ばかりを強調することは、コインを考える上でその本質を完全に欠いてしまっている。

本当に「危険」なのはデジタルコインか金融市場か──「1BTC=1,000万円」への壁

残念なことに、社会はデジタルコインの投機性を強調する人の声の方が届きやすい。コインの存在を煙たがり、通貨とそれに準ずる既得権を温存したいメンバーが各国の運営に深く携わっているからだ。

しかし、時価総額20兆円規模(9月2日)にまで成長した市場を暗に投機の場、犯罪の温床と印象付けるには大きな無理がある。日本を含む世界中のメジャーな銀行が、独自または共同コインの開発に躍起になっているのも、投機商品を市場に送り出したいからでないことは明らかだ。

中央権威の不在を理由にしたコインの犯罪利用も取り沙汰されるが、それは紙幣の犯罪利用に比べれば極めて稀なケースである。古今東西、詐欺のほとんどはカネを巡ってのことであり、それは強大な権威の存在と、厳格な法規制の下で起こっている。

一方で、政界や裏社会における紙幣の犯罪利用は一向になくならない。当局がその根絶を目指す様子もない。コインは「危険、犯罪の温床」とする論者もまた、「紙幣は安全」だとする理論を示していない。

同じく、中央集権的な権威当局が目を光らせているはずの証券市場においても、その真意を問いたくなる上場(金集め)が数多く存在する。

例えば、投資銀行や取引所が「広く一般に資金調達を行うに値する企業」と、一定のお墨付きを与えているにもかかわらず、長期に渡って公募価格を下回って推移する銘柄が数多く存在する。上場初年度や翌年に突如、赤字転落する企業さえ出現している。無配や「微配」で何年もやり過ごす上場企業が無数にある。そして世界中で、ナショナルブランド、トップ企業までもが株主や社会を欺く不正行為に手を染め、株価暴落を招くという信じられない事件が相次いでいる──。

コインの上場(ICO)では、企業は目論見書に似た役割のホワイトペーパーによって、自社コインの特徴や技術論文、上場の目的や意義などを投資家向けに公開している。新通貨の流通開始と、新興企業の資金調達を併せ持ったような機能を持つICOはまさにフィンテックの真髄である。

フィアットマネーが国家に特化した通貨であるのに対し、国境知らずのコインは「分野」に特化した通貨であると見ることもできる。ビットコインなどの初期のコインは、フィアットマネーの不便さと理不尽さを補おうと出現したが、直近ではそうしたことに加え、様々な分野やテクノロジーに特化したコインが増えている。多くのコインに共通していることは「ディ・セントラライズド」であり、メンテチームはいても、コインの価値を調整したり、利子を課す権威を持たないことである。

もちろん、こうしたことだけでコインへの投資が安全、公正と言うわけではないが、投資家は初期の段階(コイン価が低位にある段階)で資金を投入できるため、ある意味、株式より「安全」との見方も成立する。上場後、数年のうちに、コイン価が数倍〜数十倍へと上昇するケースも数多くある。それだけでも、現在の株式投資以上にリスクを取る価値があると言えるかもしれない(但し、ICOに参加せず、上場直後に飛び乗るはタブー)。

投資マネーが向かう先には、あらゆる形で弱者搾取が存在する。今後とも上場ブームに乗じた怪しいコインや、一部の取扱い業者の行き過ぎた振る舞いには十分注意が必要なのは事実である。また、コインが一つの資産クラスとして社会に浸透するまでは、高ボラティリティな環境も避けられそうにない。

しかし、だからと言って、それを「中央権威不在ゆえ」といった議論にすり替えるべきではない。真に投資家保護を目的とした規制は理に適うが、それを中央集権組織に任せる必要はない。世界中、どの市場においても、価格操作またはそれに準じた行為は存在するし、また詐欺、犯罪利用は社会問題であって、通貨の権威不在や中央統制の有無が問題なのではない──。

2017年に入り、ビットコインの価格は1トロイオンスの金価を超え、5月にはその2倍に達し、現在も3倍を超える価格で取引されている。「資産」として捉えれる面もあり、デジタル・ゴールドとも呼ばれるビットコインの可能性を考えれば、「1BTC=1,000千万円」も夢物語ではない。

しかし、過去の投稿でも述べたように、そこへの到達には、主要国のフィアット通貨や証券市場への挑戦という高い壁が立ちはだかっている。言わずとも、通貨発行権は地上最大の権威である。よって、権威の影響力が及ばないタイプのコインが、その洗礼を受け続けることはこの先避けられそうにない。イノベーションや新ビジネスへの適応には柔軟な米国さえも、こと金融に至っては他国同様、またはそれ以上に非常に厳格な姿勢を貫いている。

世界に先駆けて一早くビットコインを貨幣認定したことで知られる日本もまた、その背景には、やはり先回りして、通貨としての規制や監視体制、課税等の基盤固めなど、国家権威を保全したい狙いがありそうである。

冒頭で述べたように、各国の金融・証券当局はコインの規制に本腰を入れ始めている。この先も「投資家保護」と称する様々な規制が敷かれていくことは間違いない。しかし、人々には選択肢があってしかるべきである。フィアットマネーに限った経済活動を全うするのか、コインとの併用か、またコインだけを利用するのかは本来、個々の判断に委ねられるべきである。

見逃せない一つのドル安要因

わずか数ヵ月ほど前まで、メディアは人民元安を報じていた。資本流出が止まらず、手持ちの米ドル、外貨準備を取り崩し、人民元を買い支えていると──。

しかし為替を見れば、事実はその反対であったことが確認できる。人民元は年初から対ドルで買い上げられていて、加えて最近になって中国による米債買い、米ドル買いが続いていたことも報じられている。手持ちの米ドルを取り崩すどころか、米ドルを買い支えていたことが伺える。それでもなお、年初からドル安が進行している背景には、中国ではない「誰か」が、ドルを大量に売っていたのでなくては辻褄が合わない。

その誰かの一人は、やはり今年に入って時価総額を10倍以上に膨らませているコイン市場である可能性が高い。人民元からコイン市場への資本移動は昨年から言われていたとおりであり、そのトレンドが世界でコイン投資を呼び起こし、中でも世界中に拡散している米ドルが一番大きな誘発を受けた可能性がある。そしてドルに限らず、円やウォン、ユーロ等、世界のフィアットマネーからの資本移動も起こっている。

そこで出てくる疑問は、そうした資本移動のトレンドが加速することはないのかということである。過去にそうしたことを何よりも恐れた通貨の権威は、米市民の金所有を禁じ(極少量は可)、紙幣から金への資本移動を食い止めようとした経緯がある。

しかし、グローバル化が進む現代、無数に存在する様々なタイプのコインを全面廃止することなど、もはや誰にもできない。多くのコインアダプターの目線の先にあるものは、フィアットマネーの信用失墜であり、度を超えた増発による通貨価値の低下=購買力低下に歯止めがかからず、いずれそれが加速度的に進行してしまうことを案じている。

現在の金融・不動産等の伝統的なマーケットは、主要国中銀が増発するマネーと、全世界の通貨発行量の数十倍とされる膨大なレバレッジドマネーによって支えられている。これは先の金融危機時、いわゆるレンダー・オブ・ラスト・リゾートが「禁じ手」に乗り出して以降、世界のメジャーな資産市場は、概ね「中銀が支える」という秩序に置き換わってしまったためだ。

集権組織が恣意に介入し、資本構造を支配してしまう今のマーケットの持続性に、いつの日か疑念の目が向けられれば、「取付け騒ぎ」が起こらないとも限らない。また、新規制で恐らく完全管理に向かうことが考えられる、コインを介したチャイナマネーの国外還流停止が、バブル状態にある世界のメジャーな資産市場に与える影響は軽微に留まるだろうか。

2年前、中銀を束ねる一組織、IMFが、SDRに人民元を取り込んだのは、市場の持続性を維持することが目的であったはずである。フィアットマネー経済の「最終章」を引き延ばし、その間にイノベーションを伴う景気浮揚を目指すはずが、政治的な理由、既得権の主張等で加盟国間の強調が一向に進まず、またSDRの利用範囲にも広がりが見られず、目指した機能を担えていないかに映る。

もし水面下で事が順調に運んでいるなら、それほど悲観視する必要はないかもしれない。しかし、準備が整わない状態で仮に次の危機が訪れれば、それは至上最悪の事態へと陥りかねない。ラストリゾートは「ラスト」であり、次に下支えする媒体がないからである。

市場参加者の間では、相場の暴落を「ナイアガラの滝」に大量の水が落ち込む様子に例えることがあるが、ラストリゾートの分裂、フィアットの信用失墜で向かう先はナイアガラの滝壺ではなく、メガリス(メガ・リソスフェア)の崩壊である──。

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出典元:まぐまぐニュース!