鬱病ではないけれど、心の底から笑ったことのない精神科医。そんなメンタルヘルスの専門家が頼ったのは、占い師だった…。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介するのは、精神療法やカウンセリングと占いの意外な共通点を浮き彫りにする1冊です。

春日武彦『鬱屈精神科医、占いにすがる』を読んだ。「不安感と不全感と迷い」に精神を覆い尽くされた状態に陥っているという著者。生まれてこの方、ずっとそんな調子で、心の底から笑ったことが一度もなく、ここ5年くらいがことさら不調であるが、鬱病というわけではない。診断的にはパーソナリティの問題であろうという。だいじょうぶか、この精神科医。

カウンセラーに相談という手もあるが、いわば手の内を知っている同業者に悩みを打ち明けるのは双方が気まずい。文学で安らぎを得られることもあったが、救いは訪れない。お手軽さも極まるが、次は占い師にすがって、救われたいと考える。本気なのか、現役の精神科医、いくら寄る辺なくても占い師とは……。

著者は60歳前後の数年で計5回、5人の占い師を訪ねている。ネットで調べて評判のよかった池袋の女性占い師。60歳近くのごく普通のオバサンだった。精神科医というと大概の占い師は警戒モードに入るものだが、オーラが見えるという霊感カウンセリングのこの人は平然としていて、なかなか話させ上手である。

著者は思いの丈を、ややまとまりを欠きながらも延々と語る。自分でも話の焦点が合っていないことを実感している。占い師は問う。「もしあなたの患者さんが今おっしゃったようなことを語ったとしたら、あなたは担当医としてどんなふうに答えますか」。そこで精神科医らしい対処法を語る。すると占い師は「まさにそれがわたしの言いたいことです。お分かりになっているじゃありませんか」

さすがにこの切り返しには、著者も「ずるいなあ」と思う。オーラが見えるなら、想像もつかないシュールなかつ意表をついた助言をしてくれなければ困る。「あなたがいうような不安材料はありません。あったほうが納得は行くんでしょうけどね」。不平そうな筆者に、占い師は別の話題、家族関係を振ってくる。

一人っ子だった自分への、一貫性を欠いた母親の愛情がつらかった。父親はいつも不在だった。不安じゃなかった日なんて物心ついてから1日も……淡々と語っていると、不意に嗚咽したのだった。号泣しそうになる。「存分に泣いていいんですよ。泣くことで人はカタルシスを得られますからね」とのたまう。

ふざけるな、それは精神科医であるオレが患者に言う台詞だろう、と腹が立つ。しかし、馬鹿げた発想だが、精神科医が占い師に敗北したように感じられたという。実は、泣いたら結構すっきりした。こんなことになって、精神科医として面目ないではないか。翌日、冷静になって思う。ただの素人カウンセラーに過ぎない。とはいうものの、あの占い師は「本物」だったのかもしれない。

翌週訪ねたのは原宿の「占いの館」。独自に作成したタロットと、星占いの男性である。タロットではスサノヲが出た。精神科医から見たスサノヲは境界性パーソナリティー障害に近い。星占いからは安倍晋三が出た。思いもよらぬ指摘は傾聴に値すると著者は考える。占い師ケースタディはこの2件だけである。

占い師巡りの具体的な話が続くと面白かったのだが、全5章中の2章で終わってしまった。精神療法、カウンセリングを実際に行っている筆者の、クレームを出さずに仕事を続けられている一応の目安がある。その企業秘密6項目を公開している。結局、聴き手は相手に心ゆくまで「一人相撲」をとらせる。著者は行司に近いのであろう。占い師もそれと共通した構造を持っているらしい。

「母によって救いをもたらされるという図式(それはわたしを認めてくれるということだ)に憧れていたわたしにとって、ひょっとしたら占ってもらう行為自体がその図式の切実な模倣であったのかもしれない」というのが結論である。著者の人間関係は「わたしと母」だけで成立する。そういう世界の本だ。

編集長 柴田忠男

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出典元:まぐまぐニュース!