シメオネら名将を次々と輩出“アルゼンチンの松下村塾”に潜入

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コパ・アメリカ2015はベスト4全員、翌年の100周年記念大会ではベスト8のうち5カ国をアルゼンチン人監督が占拠した。彼らの活躍は南米だけにとどまらない。シメオネ、ポチェッティーノ、ベリッソら海を渡った新世代の旗手たちは、すでに欧州でも屈指の名将と評価されている。なぜ近年この国から次々と優秀な監督が誕生しているのか? その秘密を探るために、シメオネを輩出した国内屈指の監督養成学校を訪ねた。

インタビュー・文 チヅル・デ・ガルシア
写真 ハビエル・ガルシア・マルティーノ

 ブエノスアイレス郊外の閑静な街、ビセンテ・ロペス。ここには近年、幾人もの優秀な指導者たちが卒業した「ビセンテ・ロペス監督養成学校」がある。

 創立は1993年と比較的新しい学校だが、卒業生のリストを見れば、その実績は説明するまでもない。ラモン・ディアスやオスカル・ルジェリ、セルヒオ・バティスタといったベテランから、ディエゴ・シメオネ、マルセロ・ガジャルドといった若手実力派の代表格までが名を連ね、まだ現役で活躍中の選手たちの名前も数多く見られる。アンドレス・ダレッサンドロも、昨年リーベルプレートからインテルナシオナウ(ブラジル)に戻るまでの1年間は同校に通っていた。

 「一昨年のコパ・アメリカでは、ベスト4に進出した国の監督全員がアルゼンチン人だったことを覚えているでしょう? そのうち2人はここの卒業生なのですよ」。同校の校長を務めるルイス・レスクリウ(70歳)は、そう言いながら満面の笑顔を見せる。当時パラグアイ代表の監督だったラモン・ディアスと、ペルー代表のリカルド・ガレカ監督が同窓生だからだ。

 学校は、ビセンテ・ロペス市が所有する公共スポーツ施設の中にある。教室は2つあり、1つは多目的サロンにプラスチック製の椅子を並べただけのもの、もう1つは狭く散らかっていて用具室と見間違えてしまいそうだ。市から場所を借りて設けられた質素な学校だが、ここから有名な監督たちが巣立って行ったのだと思うと、この飾り気のない雰囲気に魅力と愛着を感じてしまうから不思議なものだ。以下はルイスとの一問一答である。

「用具室かと思った」とチヅルさんもびっくりの狭い教室。驚くなかれ、ここがアルゼンチンの未来の名監督たちの学び場なのだ

欧州との融合、そしてビエルサ

■ シメオネも学んだこの監督養成学校の歴史を簡単に話してもらえますか?

 「創設者はホセ・ファリアス。彼は現役時代、1950年代後半からボカ・ジュニオールやウラカンといったアルゼンチン国内の名門でプレーし、1962年からフランスに渡り、ラシン・パリやストラスブール、トゥールーズで活躍した国際的なプレーヤーで、引退後にフランスサッカー協会公認の指導者の資格を取ってトゥールーズの監督になりました。そしてフランスで5年、アルゼンチンで2年の監督キャリアを経て『指導者育成』の重要性を強く感じ、93年にこの学校を創設したのです。当時の校長はファリアスで私はサブディレクターでしたが、04年にファリアスが亡くなってからは私が校長を務めています」

■ 受講プログラムについて教えてください。

 「修業年限は2年間で、クラスがあるのは月、火、木の週3回。学ぶ科目は技術とトレーニング、戦術と作戦、チーム管理と指導、フィジカル・プレパレーション、ルールとジャッジ、歴史、生物学、教育心理学、心理学、ビデオ解析、脳科学と、全部で11科目あります。すべてサッカーに関する内容で、例えば歴史ならサッカー史、他にも生物学や心理学、脳科学も、サッカーに直接関係した実例とデータを使って授業を行っています」

■ ここを卒業すれば誰でも公認の指導者になれるわけですね。

 「学校はAFA(アルゼンチンサッカー協会)とATFA(アルゼンチン監督協会)から認定されていて、2年間の受講を終えて試験に合格すれば資格が与えられ、アルゼンチン国内で監督になれるという流れです。そこからUEFA加盟国で指導許可をもらうためには、FIFA加盟国で5年間の監督経験を積む必要があります。以前は3年で良かったのですが、あまりにもアルゼンチン人の監督が人気なのでCONMEBOL(南米サッカー連盟)が嫉妬して、規約が変わったんですよ(笑)」

■ 外国からも生徒が来ると聞きましたが。

 「近年はコロンビア人の生徒が増えました。彼らはアルゼンチンの指導者育成にとても興味を抱いているだけでなく、この国の情熱的なサッカー文化に憧れているのだそうです」

■ 創立時から同じプログラムで授業を行っているのでしょうか?

 「いえ、少しずつ変えてきています。私はもともと体育教師で、サッカーチームの監督としての経験と、『CeNARD』(国立ハイパフォーマンス・スポーツセンター)で様々な競技のコーチを務めたキャリアを生かしてフィジカル・プレパレーションやトレーニングプログラムの作成を担当しているのですが、時代に合わせて新しい練習法を取り入れています。また、教育心理学においては創立当初はフランスのプログラムに基づいた授業を行っていたのですが、のちにアルゼンチン国内の授業を参考にしながら内容を変えています。脳科学はサッカー界では比較的新しい分野で、2015年から取り入れました。実際にガジャルド監督はリーベルで脳科学の専門家をスタッフに入れてトレーニングを行っています。とにかく今は、時代が目まぐるしい変化を遂げていることもあって、年々その時にふさわしい内容に合わせていく必要がありますね」

■ さっき「アルゼンチン人監督があまりにも人気だから」とジョークを言っていましたが、なぜ近年これほど優れた監督が次々と誕生しているのでしょうか?

 「やはり、欧州で選手としての経験を積んだ者が指導者に転身していることが大きな理由の1つでしょう。アルゼンチン人特有の情熱と勝利へのこだわり、自信、説得力とリーダーシップに、欧州のトレーニングメソッドや戦術を取り込むことによって、多彩で優秀な監督が生まれます。それ以外にも、秩序、責任、相手に対する敬意など、欧州に渡った選手でなければ習得できないピッチ内外での基本的な要素が取り入れられていることも大事なポイントです。特にアルゼンチン代表でマルセロ・ビエルサ監督の指導を受けた世代から、欧州式メソッドとの融合が目立つ傾向を感じますね」

■ ビエルサの指導を受けた元代表選手では、シメオネ、マウリシオ・ポチェッティーノ、ガジャルド、エドゥアルド・ベリッソなどが監督として成功していますが、ビエルサがアルゼンチンの指導者に与えた影響はどのようなものだったのでしょう?

 「とにかくビエルサの指導法そのものが、従来のアルゼンチンにおける典型的なトレーニングメソッドとは大きく異なります。一昔前までのアルゼンチンでは体力作りとゲーム式練習が基本で、夏季キャンプでも最初の1週間はとにかく走り、その後はとにかく試合に試合を重ねるというやり方でしたが、ビエルサは細かく具体的な戦術練習に力を入れます。代表でビエルサの指導を受けた選手たちは、あのやり方が非常に効果的だったことを身をもって知らされているわけです。でも気をつけてもらいたいのは、ビエルサの指導法をそっくりそのまま真似している者はいないということです。シメオネもポチェッティーノも、それぞれが異なる条件下で独自の判断をもってチームを作っています。いかなる環境に置かれても優れた問題解決能力を発揮するのが、これまたアルゼンチン人の特性なんですよ」

■ 負傷者が出ても若手を起用してチーム力を安定させるポチェッティーノなどはその良い例ですね。

 「その通り。アルゼンチンは社会的・経済的な問題が絶えない国ですが、そのために国民は無意識のうちに即興で解決策を見出す力を養われていて、その場にあるものを使ってトラブルを克服することに慣れているのです。『さあ困った』と腕を組んで考え込んでいたら、問題は山積みになる一方ですからね。決断も早いですよ。この特性こそ、アルゼンチン人監督が国外でも活躍できる理由と言えるでしょう」

 

 ここで1時間目の授業が終わり、生徒たちが教室から出てきた。すぐ隣のスペースで取材に応じていたルイスに、生徒たちが挨拶に来る。アルゼンチン人同士の挨拶は「頬への軽いキス」または「固い握手」。40人もの生徒が1人ずつ来るため、全員の挨拶が終わるまでにはかなりの時間がかかる。ルイスがどれだけ敬愛されているのかがよくわかる光景だった。

 私がこの学校についてリサーチしていた時、何人かのサッカー関係者の知り合いから「ああ、ルイスのところだね」と言われた。監督養成における第一人者として、アルゼンチンのサッカー界でルイスの名前を知らぬ者はいない。発音が難しいフランス系の「レスクリウ」という苗字を言うまでもなく、「ルイス」だけで通じる。

 「チョロ(シメオネの愛称)はアルゼンチンに帰って来るたびに電話をくれるんですよ」と笑うルイスには、間違いなく教え子を惹きつける求心力がある。

シメオネは攻撃サッカーの信奉者?

■ ここに通っていた頃のシメオネは、どんな生徒でしたか?

 「徹底したビエルサ派でしたね。やれポゼッションだ、戦術的秩序だ、とにかく攻めることがサッカーだ、と唱えていましたよ。情熱的で、授業が終わった後、自分が前に立って講義をしていたくらいです(笑)。それをまた、他の生徒たちが真剣に聞くから面白かったですね。これが、アルゼンチンの主な監督養成学校の長所の1つでしょう。元プロ選手が生徒の中にいることで、例えばロッカールームでの体験談を聞くことができたり、彼らが監督から実際に言われた指示がどんなものだったのかを知ることもできるのです。指導者を目指す者にとって、プロの監督たちが実際にどのような言葉で作戦を伝え、どのように指示を出すかを知ることは大きな価値があります。ちょっと話はそれますが、私はガジャルドが生徒だった時、98年W杯の準々決勝(オランダ戦)でプレーしなかった理由を聞いてみたことがありました。タイムアップ寸前に決勝点を許してしまったあの試合です。当時のダニエル・パサレラ監督はガジャルドを起用しなかった理由はケガだと話していましたが、本人によるとケガなんかしていなかったそうです。自分の判断でガジャルドを使わなかったわけで、采配ミスと指摘されないための言い訳だったということになりますね」

生徒時代から教壇に立って仲間に熱弁を振るっていたというシメオネ。欧州を代表する名監督になっても、その情熱はまったく衰えていない

■ そのガジャルドやシメオネ、ポチェッティーノはビエルサが率いた02年W杯組ですが、その後に続く若手監督たちにスタイルの違いは感じますか?

 「今のところは、まさにその02年W杯組が最も若くて成功している世代なので、変化の兆しはまだ感じません。ペップ・グアルディオラがバルセロナの監督に就任する前にビエルサを訪問して指導者としてのノウハウを聞いたのは有名な話ですが、私もよく生徒からビエルサ式トレーニングのビデオを見せてほしいと頼まれます。さっきも言いましたが、ビエルサのスタイルを丸ごとコピーするのではなく、コンセプトを理解した上で独自のサッカーを展開する傾向が強まっているのは確かでしょう。ホルヘ・サンパオリはその典型です」

 

 「チーム管理と指導」と「トレーニング」の授業を担当する講師ファン・パブロ・ポチェッティーノは、あのマウリシオ・ポチェッティーノの又従弟で、両親兄弟そろって教員という家系で育っている。彼はロサリオの名門ニューウェルス・オールドボーイズ出身組から多くの指導者が生まれていることに注目すべき、と語る。ビエルサをはじめ、サンパオリ、ヘラルド・マルティーノ、ポチェッティーノ、ベリッソ、ダリオ・フランコ、フェルナンド・ガンボア、ガブリエル・エインセなど、ニューウェルスでサッカーの基本を学んだ者の多くがのちに監督になっている事実は確かに興味深い。以下はポチェッティーノとの一問一答である。

ニューウェルスの秘密

■ なぜニューウェルス出身者の多くが指導者になっているのだと思いますか?

 「ニューウェルスというクラブ自体が『学校』なのだと思います。私たちは、優れた監督になるには『サッカー選手の経験があること』と『教育者であること』の2つが条件であると考えていますが、後者を50年前から提唱してきたのがビエルサの恩師ホルヘ・グリッファです。グリッファは育成の第一人者で、ニューウェルスでガブリエル・バティストゥータを含む数多くの名手を育ててきましたが、無意識のうちに指導者も育てていたのでしょう。私の又従兄(ポチェッティーノ)はニューウェルスの下部組織で14歳の頃からグリッファとビエルサの指導を受けています。今後、ニューウェルス出身者の中からまた国外で活躍する監督が出てくる可能性は高いと思います」

■ リオネル・メッシがサッカーを始めたニューウェルスは、指導者育成所でもあるわけですね。

 「確実な証拠はありませんが、ビエルサ、サンパオリ、ポチェッティーノの3人の例を見れば、実績があることは明らかです。ただ、今アルゼンチン国内で最も高い評価を受けている監督はニューウェルス出身ではありません」

■ ガジャルドですね。

 「そうです。彼は現役時代から非常に賢い選手でしたが、監督になってからはサッカーの知識にますます磨きをかけています。実は今、ガジャルドは一緒に仕事をしているアシスタントコーチ以下スタッフ全員にフランス語を習得させているのですが、これは言うまでもなく、近い将来フランスのクラブで監督をする意思があるからでしょう。リーベルプレートの監督に就任してから2年半の間に南米チャンピオンを含む6つのタイトルをもたらしたガジャルドなら、欧州でも成功する可能性はかなり高いと思います。ガジャルドは『ビエルサからは自分の考えをいかに正確にわかりやすく選手に伝えるかを学んだ』と話していました。リーベルでのガジャルドはとても的確で具体的な指示を出すことで知られていますが、シメオネやポチェッティーノも『伝え方』に精通しています。ビエルサは、目に見えない、図にも描くことのできない貴重な技術を伝承したのです。これももしかしたら、ニューウェルスのルーツに関係しているのかもしれませんね」

 

 取材が終わって帰ろうとしていた時、ルイスは突然思い出したように「日本のサッカー界にはホセ・ペケルマン(現コロンビア代表監督)のような指導者がいい」と言った。ルイスによると、ペケルマンは素晴らしい監督であるだけでなく、指導者育成のプロでもあるという。「それならルイス、あなたこそ日本で指導してはいかがでしょう」と言うと、「いや、私は今年だけで監督対象のクリニックのためにアメリカに2回、ブラジルに2回行くことになっているんです。歳が歳なので、あまり長い間家を離れたくないんですよ」と笑った。

 「教え方を教える」アルゼンチン人もまた、監督同様、海外から引く手数多なのだった。

 

左からファン・パブロ・ポチェッティーノ、ルイス校長、秘書で事務を担当するアルベルト。インタビューに登場しない彼も「学校に不可欠な人」と3人での撮影を希望したことにもルイスの人徳が表れている

Luis LESCURIEUX
ルイス・レスクリウ
(ビセンテ・ロペス監督養成学校校長)

70歳。AFA(アルゼンチンサッカー協会)認定指導者であり体育教師。アルゼンチンのエリートアスリートたちが集まる「CeNARD」でのトレーニング指導およびリーベルプレート、ボカ・ジュニオールといった強豪クラブのジュニアチームでフィジカル・プレパレーションを担当した経歴を持つ。現在は国内だけでなく、アメリカやブラジルでも指導者育成の分野で精力的な活動を行っている。

Juan Pablo POCHETTINO
ファン・パブロ・ポチェッティーノ
(ビセンテ・ロペス監督養成学校講師)

34歳。18歳まで3部リーグのコムニカシオネスでプレーした後、20歳で監督としての資格を取得。若くして指導者育成の現場で高い評価を受けており、「CeNARD」およびフットサル監督養成学校でも講師を務める他、アルゼンチン1部ティグレの下部組織でフィジカルコーチも兼任している。

 
Photos: Javier Garcia Martino, Getty Images